『命がけで南極に住んでみた』科学者たちの楽園、南極大陸

久保 洋介2013年10月25日 印刷向け表示
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命がけで南極に住んでみた
作者:ゲイブリエル ウォーカー
出版社:柏書房
発売日:2013-09
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地球最後のフロンティアを綴る最高のサイエンス・ルポだ。

本書を書店で見かけたとき、「南極はそんなに興味ないし」と平積みされている本の前を一旦通り過ぎたが、著者名が目に入った瞬間に引き返した。ゲイブリエル・ウォーカーといえば、サイモン・シンが絶賛し日本では毎日出版文化賞受賞した『スノーボールアース』の著者である。帯には「人を拒み続ける醜寒の大陸に長期滞在」という文字が目につき、さらにプロローグを立ち読みしてみると著者は過去5回も訪問した南極フリークだという!

人気サイエンスライターが自ら心酔する対象を綴ったというので、これは期待大と思い読んでみると、やはり期待を裏切らない。出張中の飛行機通路側席で読んでいたのだが、ページをめくる手を止めるのに苦労し、隣のおじさんがトイレに行くのを何度か遮ってしまったほどだ。南極大陸の自然史を彼女以上に興味深く書けるのは、この地球上にいないだろう。

本書で描かれているのは、ペンギンやアザラシといった動物たちの活動、ニュートリノ実験など最先端の科学実験、地球の気候史を示す重要事実の発見、そしてそこで暮らす奇人変人たちの奮闘ぶりである。南極は氷の無味乾燥な大陸という先入観を持っていたが、本書で見事に打ち砕かれることとなる。

本書は三部だてであり、第一部では、南極東部の沿岸を紹介する。ここは辺り一面氷だらけという劣悪な環境下にもかかわらず、多くの動植物が活動しており、「南極のエイリアン」というべき奇妙な生物にお目にかかることができる。例えば南極の有孔虫。一般的に、有孔虫のような単細胞生物は食物連鎖の最底辺で捕食の対象と考えられているが、南極の有孔虫は自分より大きな甲殻類の肉をむさぼり食う性質を有している。有孔虫が蟹の内部に侵入して肉を食べると想像しただけで気持ち悪いが、南極では極限の飢餓と逆境に耐えるために世の中の常識を覆す成長をした生物が数多く生息しているのだ。

第二部では、南極東部の奥地、高原地帯へと進んでいく。そこは南極点よりも標高が高く、頂上は海抜3,000mほどの氷床が最も厚い地域である。そこで研究者たちは3,000mもの分厚い氷をドリルで掘り、地下を探査している。一見、南極で禁止されている資源探査のように見えるかもしれないが、研究者たちが追い求めるのは石油やガスなどの資源ではなく、地下奥深くに閉じ込められた氷だ。

地下3,000mの氷は、約80万年前にできた氷であり、その氷を調べることで当時の気候状況が分かるという、まるで地球の気候史を示す古文書のような存在である。最近では、80万年分の氷を調査した結果、今日の地球の二酸化炭素量は過去80万年のうちで異常に高い数値であることが分かってきているという。ここ南極での実験により、近年の温室効果ガスの増加は地球の周期的なものではなく人為的な介入の結果ということが証明されつつあるのだ。

そして第三部では、南極西部の南極半島を取りあげる。南極西部氷床は滑りやすい岩の上にのっているため、氷が海に崩落する可能性が高く、温暖化の影響を一番受けやすい地域である。南極半島の3つの棚氷のうち2つはここ10年余りで崩壊してしまっている。今後も崩壊が進み、南極西部氷床が全て溶けた場合、地球上の海抜は今よりも3.5m上昇すると言われており、東京は洪水の脅威にさらされることになるだろう。ここは科学者たちが固唾をのんで見守っている地域である。

以上のように、本書は地域別にそこで行われる科学者たちの研究を紹介しているが、本書の醍醐味はこれら研究テーマに取り組む科学者たちの奮闘や南極での生活である。本書で紹介されている科学者やサポート部隊の人たちはみな生き生きとしており(もちろん環境は劣悪なのでみな命がけだ)、南極という地での生活を心底楽しんでいることがヒシヒシと伝わってくる。毎日3時間ペンギンをストーカーのように追い続ける科学者はいるわ、南極に落ちた隕石を血眼になって探す隕石ハンターもいるわ、味にうるさいフランス人研究者を黙らせるために黙々と美味しいパンを作りつづけるシェフもいる。一つ一つ紹介していくことはできないので、ぜひ本書を手にとって読んでみてほしい。

個性溢れる科学者たちの生活に関する逸話も面白い。例えば、南極では、気温がマイナス数十度に達する冬期に行われるおバカな行事があるそうだ。気温が−67℃(—90°F)に達すると基地の人々はそわそわしだすという。そして気温−73℃(—100°F)に到達すると突然アナウンスが鳴り、それを聞いた人々は93℃(200°F)まで暖められた基地内のサウナに直行する。そこで体を暖めたあと、なんと、すぐさますっ裸で外にでて、気温差300°Fを体験して喜ぶという。まるで子どもの遊びである(もちろん南極は科学研究の地なので、一部例外を除いて、子どもはいない)。

正直、本書を手にとるまで南極がこれほどバラエティに富んだ場所とは知らなかった。さすがに訪れたいとは思わないが(個人的に寒いとこが嫌いなので)、地球の果てで何が行われているのかという知的好奇心を満たしてくれる良書である。

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同じ著者の鉄板サイエンス・ノンフィクション『スノーボールアース』。書評はこちら

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