蝶13万頭との対話。『謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか?』

土屋 敦2013年10月23日 印刷向け表示
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謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか?
作者:栗田 昌裕
出版社:PHP研究所
発売日:2013-09-07
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アサギマダラは定期的に国境と海を渡ることが証明されている唯一の蝶だ。毎年、秋と冬に1000〜2000kmもの旅をするのだが、実はそれが発見されたのは80年代初頭のこと。私が子どもの頃に読んだ図鑑にはそんなことは一言も載っていなかった。

その発見を受けて、アサギマダラはどこからどこへ、どのようなルートで旅をするのかを解き明かす方法として、「マーキング調査」が始まった。蝶の翅に捕獲場所や月日、マーキングした人の名前を識別できる記号などを油性マーカーで書き込み、ふたたび放つ。それが誰かに再捕獲されると、アサギマダラの旅のルートが見えてくるのだ。

著者がマーキングしたアサギマダラの数は、なんと10年間で13万頭。これは驚くべき数字で、もちろんアサギマダラに世界で一番多く出会った人物ということになる。しかも著者は医師であり、研究者ではない。趣味としてアサギマダラに没頭する「ただのおじさん」なのだ。

なぜ、著者はそこまでアサギマダラにのめり込むのか。本書の第1章冒頭には、「アサギマダラ24の魅力」という一覧が載っている。そもそも「旅をする」事自体が魅力だし、もちろんその翅の美しさや独特の飛び方も人を引き付けるだろう。それ以外に著者が挙げているものいくつかピックアップする。

・舐める−−他の蝶のように「吸う」のではなく、枯葉を舐め、人の手も舐める。

・酔う−−スナビキソウで吸蜜中は酔ったように無反応になり、手づかみできます。

・速い−−実質2日で740km以上もの海上移動をする例があります。

・毒草を食べる−−ガガイモ科の有毒植物を食べ、毒を蓄積して防御に利用します。

・飛び方が多様−−著者の観察では24通りもの飛び方のパターンがあります。

・気象を読む−−台風を上手に活用して移動したり、雨が降る前に一気に移動したりします。

・鋭い嗅覚−−仲間の匂いのついたネットや指に「ストーカー行為」をします。

・グルメである−−PA物質を含む植物を敏感に発見して集まる天賦の才能を持っています。

「おお魅力的だ!」と著者がのめり込むのも無理もない、と思う変態人と、「だから何?」というまっとうな方に分かれるかもしれないが、前者の方に本書を強く薦める次第だ。個人的には白いタオルをグルグル回すと寄ってくるところに萌える(←変態)

なお、ここに記されたPA物質とは、ピロリジジンアルカロイドのこと。雄が雌を惹きつけるフェロモンはこの物質から作られる。雄はPA物質を含む枯葉などの群がってひたすら舐め、PA物質を体内に取り込む。そして、腹部から筆の穂先のような突起物である「ヘアペンシル」を出して、フェロモンを操って雌を誘うのだ。アサギマダラの行動範囲は広い。仲間の匂いを追う「ストーカー」行為とともに、低くなりがちな雌を出会う確率を高める仕組みでもあるのだろう。

さらに、このヘアペンシルは、雌を誘うこと以外のコミュニケーションにも役立てられているかもしれない、と著者は言う。アサギマダラは「大名行列」のような不思議な集団移動をしたり、一旦バラバラに分かれて旅をしても、また同じ場所に合流し、ときに1000頭を超えて群れることもある。コミュニケーションに関して「特別な能力」があっても不思議ではないというのだ。

著者のアサギマダラへののめり込みぶりの凄まじさは、ただ調査するだけでは飽きたらず、「自分でマーキングした蝶に再会すること」を目標として(もちろん、「のめりこみ」だけでなく、このことには、統計的調査として大きな意味があるのだ)、小笠原諸島の父島や沖縄の与那国島や台湾まで足を伸ばし、実際に「再捕獲」してしまうところにある。

1000km以上離れたところで、自分が放した蝶を意図的に再び捕まえることの成功した例は、著者が挑戦するまで一度もなかったらしい。最初の再捕獲は、奄美大島と喜界島で2004年に達成。その際のことを著者はこう言う。

自然と生物に日常でも旅先でも最大限に注意を払い、「よく読み」、直観を磨くように心がけました。

すると、自然が大きく連動して動く様子が少しずつ、実感を伴ってわかってくるようになりました。

「科学的でない」と言われかねない言葉ではあるが、なんだかすごい。武道の達人の言葉のようだ。なにしろ、世界一アサギマダラと出会い、実際に13万頭という、とんでもない数の蝶をマーキングした人物。そのリアルな言葉には不思議な説得力がある。

著者はアサギマダラとの印象的な再会をいくつか記す。例えば本来奄美大島にアサギマダラがいないと思われていた9月下旬、帰りの飛行機の搭乗時間が迫るなか、台風一過の湯湾岳の道路脇で、著者はふらふらと飛ぶアサギマダラを発見する。それは、福島のグランデコスキー場から放った著者自身が放った蝶であった。台風でボロボロになった翅。これは感動的な再会だったことだろう。同時に、常識をくつがえす発見でもあったのだ。

さらに愛知県の三ヶ根山でのこと。知り合いが、著者が福島で放蝶したアサギマダラを捕獲し、著者に見せに来た。その際、別のアサギマダラが1頭、ひらひらと著者の回りを飛び回り、右手の人差指に止まった。なんとその蝶もまた、著者が福島から放ったものだったのだ。両手に一頭ずつ、自分が放った蝶がいる。この「確率を超えた現象」に著者は呆然とする。

もちろん著者は、そのことから非科学的な結論を出すわけではない。昆虫に関しては専門家ではないが、医学における研究者だ。統計的に有意な結果を目指すため、一ヶ月で1万頭以上を捕獲を目指してマーキングし、ふたたび放つことを繰り返し、調査によって出た再捕獲率を式に当てはめ、簡易拡散モデルによる総個体数の推定も行う著者は、専門家並に科学的な態度を保っているといえるだろう。

その上でなお、著者はこう書く。

アサギマダラは不思議な能力を持っていると思う。

周辺を飛び回るときにそれを感じる。

何かを発しているのではないか。

「アサギマダラは何を思っているか」。「この蝶に生命の『心の謎』を追究するヒントが潜んでいる」。そんなふうにも著者は記す。繰り返しになるが、13万頭もの膨大な数のアサギマダラとの出会っているという、ある意味、「プロを超えたアマチュア」であり、ほとんど「常人を超えた人」とも言える。そんな人物が、蝶との「心の対話」を続けるなかで、人智を超えた奥深い生命の神秘を感じている点は、むしろ人間の科学的な探究心の原点であるとも思えるのだ。

本書はプロのライターが書いたように構成はこなれてもいないし、文章も流麗ではない。過去の捕獲例の淡々とした記述も多い(それはアサギマダラを捕獲しようという人には有用なものだろう)。しかし、逆にそのことで、著者の生の驚きや喜びがリアルに感じられる。

観察し、予測し、検証し、解釈する。かつてファーブルがしたように。そして自然の不思議さを素直に受け止めて驚き、感動する。まさに「センス・オブ・ワンダー」に満ちた一冊だ。もちろんアサギマダラに会いに行きたい!と思った方にもすぐに役立つ実用書でもある。

最後に、本書に書かれた著者からのメッセージを引用する。

未来を担う方々が、

優雅で魅力的で小さな生き物を子細に観察し、

強靭で柔軟な生命活動に直に接する機会を得て、

不思議・意外・発見・感動体験を積み重ね、

関連する動植物と気象の知識を増し、

気候を含む自然環境を大きく捉える目を養い、

自然への人間の営みの影響をより具体的に捉え、

あらゆる環境の予測し難い変動に対して、

直面するさまざまな問題を解決するための

高い知的能力と直感力とを獲得されますように。

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