11月のこれから売る本-トーハン 吉村博光

吉村 博光2013年11月22日 印刷向け表示
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やなせたかしさんの「アンパンマンのマーチ」がとても好きです。10年以上前に姪っ子と一緒に何度か聴いているうちに、その歌詞の凄さに気づいたのです。「なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!」私はチャップリンの映画『モダンタイムス』を想い出しました。こ、これが、子どもの歌!?

発展した社会においては、自分が何のために汗を流しているのかわからず、日々を過ごさせ“られて”しまいがちなんだと思います。少なくとも、私はそれに抗っていきたい。そんなふうに聴いたのです。幸いなことに私はずっと、お客様のことを思い浮かべながら、実にたくさんの本に触れ、読み、お薦めする仕事をしてまいりました。その間にお送した本のお薦めメールの配信通数は、延べ1億通以上にものぼります。ただその一方、世の中ではむしろ、商品やお客様の個々の「顔」や「想い」よりも、全体の数値を「正義」として語られることが多くなってきたように感じます。

震災直後、この「アンパンマンのマーチ」のラジオリクエストが急増した、という事実を最近知りました。リクエストしたのは大人たちです。11月のこれから売る本では、やなせさんの思いを支えに「正義」について、考えてみたいと思います。

劣化国家
作者:ニーアル ファーガソン
出版社:東洋経済新報社
発売日:2013-09-20
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本書は、いま最もすぐれた知性と目されるハーバード大教授が示した、先進国の未来像について本です。アメリカ、イギリス、そして日本。かつてフランシス・フクヤマが、堂々と勝利を宣言した「経済自由主義」というブランドが輝きを失った原因を分析しています。かつて豊かだった国が成長をとめた状態を「定常状態」と表現しその原因を「法と制度」に求めた、アダムスミス『国富論』の洞察にひらめきを得て、西洋世界の衰退を説明した大変示唆に富む一冊です。

「乱雑で粗野な構造こそが、活力の秘密だ」私は、この本のなかで紹介されているこの一文に目をとめました。かつて経済誌「エコノミスト」の編集長をつとめたウォルター・バジョットが、ダーウィンの進化論から連想した考え方です。制度としての「規制」は今後増えるのかどうか詳しいところは私にはわかりません。しかし、生活者の実感として“乱雑さ”が失われつつあることは確かであると感じています。満員の終電車のなかで、シートに横たわる酔客を見る機会は、確実に少なくなりました。

我々は、狭い視野で「デレバレッジ」や「規制緩和」など特定の何かを悪者にしがちです。しかし、それでは、物事は改善されないばかりか弱者(新たな芽)すら巻き込んで衰退するのではないかと危惧しています。本書を読んで、傷口を見つけて短絡的に薬を処方するのではなく、私達は正義の逆転に気づくべきなんだと感じました。

(011)わたしが正義について語るなら (ポプラ新書)
作者:やなせたかし
出版社:ポプラ社
発売日:2013-11-06
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突然ですが、私の父の名前は正義(まさよし)といいます。名前のとおり正義感が強く、しかも愛情に裏打ちされていたので、子どもの目から見てとても格好良い父でした。じゃあ私はというと、高橋秀実さんの『からくり民主主義』や、サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』が好きで、自分もきっとプロパガンダに冒された「正義」を抱えているに違いないとビクビクしています。ですから、皆の前でちょっと「私なりの正義」を口にしようとすると、何だか胸がドキドキしてしまうような人間です。わが子の顔を眺めつつ、「お前のお父さんは、ジイジよりも格好悪くてごめんな」と、ついつい心の奥でつぶやいてしまいます。

本書には、戦争を体験したやなせさんが感じた“大事なこと”が、いくつも書かれていました。例えば「正義というものはあやふやなものだ」ということ。そして「正義はある日突然逆転する」ということなどです。

本屋さんにおいては、売れる本から優先して置くという「正義」は、とてもわかりやすく素晴らしいものです。でも、現実的には、それとは逆に力が働くでしょう。作り手は「売れていない商品=売れない商品」という論理を拒みつづけるでしょうし、売り手は「他店で売れてなくても自店では売れる」本を演出しようと努力し続けるでしょう。わかりやすい「正義」には反しますが、実は私は、その「想い」をこそ大事にしたいと思います。それが“乱雑さ”の源泉だからです。

ちなみに、アンパンマンのマーチの「愛と勇気だけがともだちさ」というのは少し寂しい歌詞だと思ってましたが、本書によるとこれは、戦いに友達を巻き込んじゃいけないという意味があるようです。本書を通して、私はやなせさんから、大きな力をもらいました。

自殺
作者:末井 昭
出版社:朝日出版社
発売日:2013-11-01
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60年前に母親をダイナマイト心中でなくした伝説の編集者の方が書いた本です。自殺を肯定するとか否定するとかいう次元を超えていて、種々の悩みが吹っ飛ぶ本です。とくに、この本の「まえがき」を読まずして、自殺について語るなかれだと私は思います。恐縮ながら、いくつか抜粋させていただきます。「結局ね、自殺する人のこと、競争社会の『負け組』として片付けてるんですよ。『負け組だから死んでもしょうがない』『自分は勝ち組だから関係ない』と。『ああはなりたくないね』と。」「どうしても死にたいと思う人は、まじめで優しい人たちなんです。」。

どうでしょうか。「正義」と密接にかかわってくる感じがするんですよね。競争社会で負けるのは良くない、とか。辛いことは誰にでもあるのに耐えられないのは良くない、とか。目に見えない「正義」が自殺者を生み出してるんじゃないか、と思ってしまいます。果ては、とにかく自殺は良くない、とか。「正義」は単細胞なことが多いです。その裏で立ち行かなくなる人は、きっとその逆の人たちなんだろうと思います。

本書は、出版社のブログに書かれた大人気連載の単行本化です。こんな身内の自殺の話をおおっぴらにするなんて、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、著者は長い間、そのことを人に言えなかったそうです。乗り越えることができたのは、芸術家の篠原勝之さんが、単純にネタとして笑ってくれたことがキッカケなのだそうです。これは篠原さんの優しさですよね。オビでは、漫画家の西原理恵子さんが「優しい末井さんが、優しく語る自殺の本」と書かれています。本書を通して流れているのは、硬くて怖い「正義」ではなく、柔らかくて優しい「正義」の視点のように感じました。だから、読んだ後、皆さん脱力するのかもしれないですね。

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」
作者:渡邉 格
出版社:講談社
発売日:2013-09-25
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自分を誤魔化さずに生きている著者の姿に、猛烈に感動しました。こんな生き方はナカナカできません。著者は、世の中の「これは天然酵母のパンだ」という基準を疑います。そして、自分なりに本物を見つけようと努力します。例え原料費が上がり、高いパンしか作れなくなっても、それはそれです。しかし結果的には、そこに本物を求めるお客様がついてくるわけです。著者が営むパン屋さんは、「利益は搾取なので利潤は求めない」「必要な休みをとり、普通のパン屋みたいに毎日営業しない」、考え方は従来型の経済活動とは大違いです。でも、腐敗ではなく発酵を生み、「金」ではなく「菌」とともに、健全に暮らしているのです。

最初にご紹介した、『劣化国家』がいうところの定常状態を生み出した、従来の正義を反転させ、新しい正義を提示した本といえるかもしれません。こういう人があらわれて、また、その価値を分かち合うためにこうして本が生み出されるようになったのは、世の中の好ましい変化なのかもしれませんが、許容力が減った世の中の危機的な状況を示しているともいえます。世の中に、このような声に反応する(私のような)人が多くなっているわけですから。鼓腹撃壌の世の中では、人々はこんなことは考えず、ただ遊んでいるだけでしょう。

「正義」はこのままいくのでしょうか。

人々は安くて腐らないパンを食べていれば、良いのかもしれません。大人は競争社会で負けないように、その集団の常識に従えばよいのかもしれません。国は当面、デレバレッジや規制緩和による傷口に、手当てをしつづけていれば良いのかもしれません。

では私は、本をめぐる「効用の最大化の為に」何をなすべきなのでしょうか。

吉村博光

トーハン勤務

夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。

ほんをうえるプロジェクト https://www.facebook.com/honwoueru

TEL:03-3266-9582

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