あとがきは先に読むな! 実録『捨てる女』に人生を学ぶ

仲野 徹2013年12月04日 印刷向け表示
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捨てる女
作者:内澤 旬子
出版社:本の雑誌社
発売日:2013-11-20
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  • 紀伊國屋書店
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エンターテインメントノンフィクション、縮めてエンタメノンフの姉御格、内澤旬子さんの『捨てる女』。売れているらしい。ならばレビューを書くこともないかという気もする。しかし、書きたい。それくらいおもしろかった。こんなに小気味よくポンポンと書かれていて、笑えて、その上、どん引きさせられ、最後にディープに考えさせられる本など読んだことがない。

子供のころから何でもかんでもため込むのが好きだった内澤さんが、乳がんあるいはその治療による体質の変化のせいか、”何もない部屋に住みたくなった”のである。mottainaiのマータイさんには悪いけど、捨てまくってすっきりして、がんを攻撃するナチュラルキラー細胞を増やそう、という話である。その話は時系列に沿ってレベルⅠからⅣへとすすんでいく。

いきなりずんずん捨てていくのかというとそうでもない。実際、レベルⅠではたいしたものは捨てられていない。それよりも、なんでそんなもん素直に捨てられへんのやっ!と言いたくなる話まで出てくる。靴が捨てにくいのはなんとなくわかる。考えてみると、鞄や財布も捨てにくいから、革系は捨てにくいのかもしれんので、そこまではいい。

が、冷蔵庫にあった、サハリンのおばあさんが “なにか” の実で作った12年もののジャムとか、推定20年(以上)ものの梅酒とか、すぐ捨ててくれよ…。でないと、いっこも話が進まんやないの。と、読みながらつっこんでいたのであるが、これくらいのことで驚いてはいかんのである。それに、ジャムも梅酒もけっこう美味しかったらしいし。

意図的に残してあったわけではないのであるが、風呂の水を二ヶ月もはったままにしてあった。たとえ忘れていても、気づいた時点でふつう捨てるわな。しかしさすがは生来の捨てられない女、内澤さんは違う。そのまま沸かしてはいろうとする。しかし、沸かしはしたがはいれなかった。“暖められて死にかけたボウフラとボウフラの排泄物のようなかたまり” があったり “底にはあの釣り道具屋などで売られている真っ赤なアカミミズがにょんにょんと蠢いておられ” たりしたら、そら無理やわ。

レベルⅡは、おもに、あの名作『飼い喰い』の豚小屋となる家界隈の話である。少しく安心したことに、ここでは捨てるスイッチが入った。スイッチがはいる前も怖かったが、はいったらもっと怖い。家の中にあったもの、神棚から五月人形まで、神をも恐れず捨てまくる。しかし、怖いのはそれだけではない。いちばん怖いのは、怪しげなタイ人パブで繰り広げられた、ちょめとちゃめの見せっこである。さすがのわたしでも、ちょめとちゃめについて詳しく書くのはためらわれてしまうので省略。

そして東日本大震災。レベルⅢでは、地震をきっかけに、東電に払う電気代がもったいないからという理由でコンセントのついたものを、そして、買い占めに対する怒りからトイレットペーパーを捨てることを決意。流したことはあるだろうが、あなたはトイレットペーパーを捨てたことがあるだろうか? “トイレットペーパーを捨てる” というのは文法的には正しいし、意味もわかるが、あまり使われない文である。

ここでの“トイレットペーパーを捨てる”というのは、ゴミ箱へ捨てる、というような即物的な意味ではなく、“配偶者を捨てる”というような概念的な意味においてなのである。こう書いてもまだわかりにくい、というか、意味がよけいわからないかもしれない。ひとことでいうと、トイレットペーパーを使わないようにする、ということなのである。げげっ、どうやって、というのは、本を読んでくだされ。イラスト入りで詳しく書いていただいておりまするゆえ。いや、ほんとに驚愕。

いよいよ最後のレベルⅣは当然のことながら凄まじい。イラストレーターとしても活躍される内澤さんが、仕事に趣味にと集めてこられた本を捨てる。そして、描いてきた絵を捨てる。正しくは売りさばくのであるが、気持ちとしては捨てるのと同じだろう。そしてすべてを捨て終わった女・内澤さんの胸に去来したものは…

ここまででも、十分にこの本は楽しめる。いや、それどころか、読んだことのない新機軸といっていいほどの、すごいというしかないエッセイ集だ。しかし、すでに好評を博しつつある本。ここまでだけなら、どうしてもレビューを書こうとまでは思わなかった。ならばどうしてレビューしたかというと、その理由は、たった4ページのあとがきにある。

そこまでの240ページにおよぶ本文は、もしかすると、あとがきのためのプロローグにすぎないのかもしれない。あとがきだけを読んだとしても、なにもわからないし面白くもないだろう。しかし、ここまでの『捨てる女』の思い切りのよい生き方を読んだ後の、このあとがき。すくなくともわたしにとっては『スティング』や『推定無罪』といった映画のラストを見た時のような驚きであった。

この本だけは、間違えてもあとがきを先に読むようなことをしてはいけない。でないと、せっかくの、人の生き方についての大事な教えを学び取る機会を失ってしまう。


世界屠畜紀行 THEWORLDSSLAUGHTERHOUSETOUR (角川文庫)
作者:内澤 旬子
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2011-05-25
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やっぱり内澤さんといえばこの本でしょう。

飼い喰い――三匹の豚とわたし
作者:内澤 旬子
出版社:岩波書店
発売日:2012-02-23
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『捨てる女』はこの本との併読がお勧め。特に第二章をきちんと理解するために。

内澤旬子のこの人を見よ
作者:内澤 旬子
出版社:小学館
発売日:2013-08-21
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鋭く人を観察しつつ、ぎりぎりのところでやさしさがある。

そのうえ特製『立版古』付き!まだ組み立ててないけど…

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