『野生のオーケストラが聴こえる』 音の来た道

高村 和久2013年12月09日 印刷向け表示
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野生のオーケストラが聴こえる―― サウンドスケープ生態学と音楽の起源
作者:バーニー・クラウス
出版社:みすず書房
発売日:2013-10-19
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思い返せば、自然の音を一番聴いていたのは、たぶん小学生の時だった。だからだろうか、本書を読むと懐かしい気持ちになる。そして旅に出たい気持ちになる。

目で観るのが風景ならば、耳で聴くのは「サウンドスケープ(音風景)」だ。サウンドスケープは「ある瞬間にわたしたちの耳に届くすべての音」という意味で、1960年代後半にカナダの作曲家マリー・シェーファーが作った言葉だ。

本書の著者は、自然のサウンドスケープを初めて採用したアルバム『In A Wild Sanctuary』を1968年に発表した専門家で、40年以上も自然を録音し続けてきた。そのコレクションは、生物の数にして15000種類以上、時間にして4500時間以上に及ぶ。

もともとはスタジオギタリストとして音楽業界でキャリアをスタートし、フォークバンド『ウィーヴァーズ』のメンバーとなった。バンドの解散後、『ビーヴァー&クラウス』を結成、アナログシンセサイザーを駆使して『地獄の黙示録』や『奥様は魔女』などの音楽を担当し、ドアーズやスティービー・ワンダーらのセッションに参加した。そして、相棒のビーヴァーが亡くなった時、業界を去り、齢40にして大学院に入学して博士号を取得する。そもそも、自然の音に触れたのは、ダブルスーツにウィングチップの靴だった相棒が汚れる場所(森)を渋ったのがきっかけだというから、人生なにがあるかわからない。担当になり、カリフォルニアの森でヘッドフォンをつけた著者は、この世のものとは思えない素晴らしい音を聴いた。本書の表現を借りれば、「宇宙の遥か彼方で起きた超新星の爆発をハッブルの望遠鏡越しに見た天文学者も同じような感想を持つのではないか」。

「サウンドスケープ」には3つの基本音源がある。非生物による自然の音である「ジオフォニー」、人間以外の野生生物が発する「バイオフォニー」、そして人間が発する「アンソロフォニー」だ。ジオフォニーとは、たとえば、波の音や、氷河が動く音や、小枝に雪が積もった時のかすかな音だ。波の音は、じつはものすごく奥深い。まず、それがタンザニアのビーチなのか、カリフォルニアのビッグ・サーなのか、イギリス東アングリアなのか、はたまた内陸の淡水湖なのかで、音が全く異なる。さらに、同じ場所であっても、天候、水温、季節などの動的要素が異なる結果を導く。録音する際には、波打ち際と波打ち際から80m手前など、複数の異なるポイントでの録音を統合すると良いそうだ。

「バイオフォニー」、野生生物の音というと、どのようなものを想像されるだろうか?本書で挙げられているのは、たとえば、イソギンチャクが異物(マイク)を飲み込んだ時の音や、巣の入り口に置かれたマイクを取り除こうと相談しているハリアリ(蟻)の音だ。イソギンチャクがマイクを吐き出す時の「ブー」という音は、いかにも不満そうでおもしろい。本書には、本書向けの音声再生サイトが特設されており、紹介されているサウンドスケープを、PCやスマートフォンで聴きながら読むことができる。昆虫の幼虫の鳴き声や、マウンテンゴリラの歌も興味深い。オオカミの遠吠えには「崇高」という言葉が思い浮かぶ。

1980年代初頭、カリフォルニア科学アカデミーの依頼でケニアのマサイマラ国立保護区での連続録音を行った際、著者は、生物の声が全体に統一されていることに気づいた。昆虫・カエル・ハイエナ・ゾウ・コウモリは、お互いにタイミングを合わせている。後に「ニッチ仮説」と呼ばれるこの考えは、科学アカデミーのメンバーには一蹴された。曰く、アフリカにやったのは、展示用のサウンドスケープを録音するためであって新しい仮説を持ち帰るためではない。しかし、著者は思いとどまることは無かった。「自分の目と耳で確認したことの意味はよくわかっていた。その重要性についても確信していた。」著者は、スペクトログラムを用いて各地のサウンドスケープを解析していく。

人間も、もちろん「野生のオーケストラ」の奏者だ。バヤカ族の女性たちが雨上がりに歌う声は、鳥や昆虫の音に合い、10秒近い間森に反響して、楽器のような神秘的な音になる。アメリカインディアンのネズパース族の音楽は、オレゴンの峡谷を吹き抜ける風と葦が奏でる、巨大なパイプオルガンのような音に由来している。

また、人間の影響は好ましいものだけではない。むしろ現在は悪影響が支配的だ。スペクトログラムを用いた分析は、森林やサンゴの生態系が経済活動で大きなダメージを受けていることを明らかにする。著者が録音したものの半分は、もう聴くことが出来ない音となった。

嘆いていると、妻が肘でわたしを突っつきながら、50%はまだ残っているってことでしょ、と言って現実に立ち返らせてくれた。

「人間が不在で、土壌が豊かな場所」で実験したところ、サウンドスケープの回復は条件付きで可能だという結論が得られた。著者の想像と期待は、1万6千年前(最終氷期)の豊かな音まで遡る。その頃の地球の音を聴いたら、やっぱり懐かしいと思うだろうか。

コケの自然誌
作者:ロビン・ウォール・キマラー
出版社:築地書館
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野生のうたが聞こえる (講談社学術文庫)
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