なにわの爆笑王に学ぶ『青春の上方落語』的修行論

仲野 徹2014年01月04日 印刷向け表示
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あけましておめでとうございます。お正月の三箇日はいかがすごされましたでしょうか。私儀、元旦の朝から、大阪は天満天神繁昌亭へ行き、贔屓の笑福亭福笑師匠に大笑いさせてもらってきました。

繁昌亭というのは、10年近く前にできた上方落語の定席である。その成功もあって、いまや上方落語協会は200名を超える落語家をかかえる大所帯だ。しかし、上方落語というのは、戦後の一時期、世代交代がうまく進まず、漫才におされたこともあって、ほんとうに壊滅に近い状態に陥っていた。

そこから復興できたのは、後に四天王と呼ばれるようになる四人の落語家、六代目笑福亭松鶴桂米朝三代目桂春団治、桂小文枝(後の五代目文枝、いまの文枝=以前の三枝は六代目)の努力があったからこそなのだ。

松鶴の弟子である鶴瓶仁鶴、米朝の弟子であるざこば、春団治の弟子である福團治、文枝の弟子である文珍、そして、米朝の弟子で独特の芸風により一世を風靡した枝雀の弟子である南光、という6人の爆笑王たちが、弟子としての立場から思い出話を語る。落語作家小佐田定雄が編集しただけあって、それぞれの落語家の声が聞こえてくるようなライブ感あふれる本になっている。

どのエピソードも笑える。なにしろ笑える。ノンフィクションとはいうものの、そこは語るのが落語家さんたち、多少の脚色があるのだろう。実話にしてはおもしろすぎる新作落語みたいな経験談が次々と繰り広げられていくので、読んで笑えるという点だけでも十二分に楽しめる。

しかし、この本を単に落語についてのおもろい本として読むだけではあまりにもったいない。これら6人の落語家さんの語る修行話にはいくつもの共通項がある。その項をつないでみると、深遠な『師弟論』あるいは『修行論』として読み取ることもできるという秀逸の一冊だ。

まずは師匠の選び方である。基本はインスピレーション。中には、南光のように、枝雀(当時の小米)の深夜放送が面白いというだけで、落語を聞いたこともなかったのに、梅田の陸橋で弟子入りを申し入れた強者までいる。みなが、文珍の言うように『師匠が私に赤い糸を投げかけた』ように感じたのだ。ただ、あくまでも弟子側から一方的に感じた、ということではあるが。

『師匠とは芸で結ばれてるというのと、信頼して、好きで入ってますから、親子以上のものを感じますね』と文珍が語るように、師弟の絆はそれほど固い。しかし、そのはじまりは熟考や比較ではなく、直感なのである。内田樹の『先生はえらい』にあるように、この人についていこうと思ったら、そのときからその人は先生であり、すべてを学びたくなるなのだ。

今はまったくなくなってしまっているらしいが、かつては内弟子生活をおくるのが普通であった。とはいうものの師匠の家というのは決して大きなものではなかった。弟子同士の相部屋などはあたりまえ、南光が内弟子としてはいった時、なんと、師匠の小米は妻と下宿生活であった。そんなことをされたら大家さんも大変だ。

このような例は極端であるとしても、濃密な人間関係の中で、師匠の一挙手一投足に接する。そして、師匠が考えていることを慮りながらお世話する。そうすることによって、弟子は師匠のすべてを学び取っていった。

文珍が言うように、師匠とは親子以上の関係である。しかし、師匠の奥さんとは、そうではない。師匠のことなら無理でも聞けるが、弟子たちは、師匠の奥さんとの関係に苦労した。いや、そう簡単に片付けることができるものではなく、おかみさんの方も大変だったらしい。

ある落語家さんに、いまの若い人はがまんできなくなったから内弟子の制度がなくなったのか、と聞いたことがある。その答えは意外にもノー。弟子以上に、おかみさんの方がもたなくなった、という理由の方が大きいとのことだった。

おかみさんと弟子は、ともに師匠を愛する『恋敵』のような関係になるのかと思う。そして、弟子と師匠は、ともに、おかみさんと仲良くやっていかなければならない宿命を背負うという意味では『戦友』のような関係だ。おそらくそのような複雑な関係から、師弟の関係はより密接になっていったのではないだろうか。

稽古は厳しかった。テープレコーダーなど珍しかった時代である。それに、たとえあったとしても、仁鶴が言うように『テープにとったりという失礼なことは絶対にできませんでした』のである。師匠に対する尊敬のあり方が違った。直接稽古をつけてもらうしかなかった。

それも『稽古の前に覚えるな、白紙で来い』となると、一期一会の真剣勝負だ。ざこばなど、米朝に1時間叱られ続けたことがあるという。直弟子だけに対して厳しいのではない、小文枝の弟子であった文珍でさえ米朝にぼろくそに叱られていた。自分の弟子だけでなく、どの落語家にもわけへだてなく稽古をつける、というのが、落語界における、もうひとつ大きな意味での師弟関係なのである。

いい話だと思ったのは、仁鶴が語る枝雀との関係である。爆発的な人気を得たのは仁鶴の方がかなり早かったので、仁鶴がかなり年上だと思っていた。しかし、実際には仁鶴の方が二歳年長なだけで、アマチュア時代からライバルであり同志であった。聞いた話では、二人はできているのではないかという噂があったくらい仲がよかったらしい。その二人が米朝に稽古をつけてもらうことがよくあった。仁鶴は回想している。

”一人が差し向かいで稽古をつけてもろて、もう一人は横で見学させてもらうことがなんべんもありました。自分はまた別の噺を教えていただくんですけど、人が教えてもらってるネタというのは緊張もせえへんから、その気になったらおぼえやすいんです。

 お稽古が終わったら、阪急電車の武庫之荘駅への帰り道にあった公園のベンチに腰掛けて、二人でそれぞれがいまの稽古でおぼえてることを教えあったりもしました。”

稽古をつけてもらうのが大きなプレッシャーであったことがよくわかる。そして、稽古がいかに厳しくとも、良き仲間がいるからこそがんばれることも。

マンツーマンで伝統を教える落語と、多数を相手に新しいことを教える大学とでは目的が違うことはわかっている。時代が違うのも重々承知している。しかし、何かを次の世代へと伝える真髄というのはこういったところにあると思えてならない。人に教える身として、大いに笑いながらも、学ぶべきことにあふれかえっている本だった。上方落語について何も知らない人でも十二分に楽しみながらためになる、一粒で二度美味しいお勧めの一冊である。


随筆 上方落語の四天王――松鶴・米朝・文枝・春団治
作者:戸田 学
出版社:岩波書店
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上方落語中興の祖、四天王についての本。


師弟 ~吉本新喜劇・岡八朗師匠と歩んだ31年~ (ヨシモトブックス)
作者:オール巨人
出版社:ワニブックス
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吉本新喜劇の大スターであった岡八朗を唯一の師匠と仰ぐオール巨人の本。レビューはこちら


上岡龍太郎 話芸一代
作者:戸田学
出版社:青土社
発売日:2013-09-20
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師匠なしで独自の話芸を磨き上げていった上岡龍太郎。上岡の伝統芸能に対する思いとこの本の内容を比較してみるのもおもしろい。

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