『種子のデザイン』

土屋 敦2011年10月03日 印刷向け表示
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季節はずれの話題で申し訳ないが、畑で完熟させたスイカはめちゃくちゃうまい。皮に近い白い部分が薄くなり、あとはすべて赤く熟し、濃厚な味わいで甘い。すなわち、皮に近い部分がかじっても、瓜っぽい、青臭い味はせず、中心部と同様に甘いので、皮ギリギリまで幸福な気持ちで食べることができる。

店には出回らない。畑をやっている人間だけが味わえる贅沢、ということで、我が家でも育てていたが、どこまで熟させるかは、実はカラスやタヌキとの戦いであり、スイカの具合を見て、明日収穫しようと決めて翌朝見に行くと、スイカは無残に割られ、アリがたかっているという事態に多々遭遇する。

だが、ある日、完璧なまでに熟した、無傷のスイカを見つけた。喜んでそのスイカを持ち上げた途端、スイカはいきなり破裂した。スイカが爆発するのは中国だけでない。砕け散ったスイカを呆然と眺めながら、以前誰かが「スイカは包丁の刃を当てたとたん、自らは弾けるように割れるぐらいのものが美味」と言っていたのを思い出した。聞いた当時は大げさな物言いだと思っていたのだが、実際にそういうことは起こるのだ。

さて、なぜこの話を思い出したのかというと、こんな本を読んだからだ。

種子のデザイン  旅するかたち (INAX BOOKLET)
作者:岡本 素治
出版社:INAXo
発売日:2011-09-20
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スイカが割れるのも、本来はそれまで守っていた種子をこの世界に放ち、子孫を増やすため。本書は、子孫を増やすためにさまざまに「デザイン」された種子に関する本だ。写真を中心に構成され、眺めているだけで楽しい。

例えば東南アジアに生息するアルソミトラ。つる性の植物で、熱帯雨林の高木をよじ登って高きに至り、そこで実をつける。やがて実が割れ、風が吹くと、幅15cmほどもある美しく透明な羽を持った種が滑空し、広がってゆく。

この種子は飛行機のモデルになった。20世紀初頭、ボヘミアのエトリッヒ父子が人間が乗れるアルソミトラ型グライダーおよびエンジン付きのアルソミトラ型飛行機を製作したが、安定性に欠けたため、尾翼を付け加えた「鳩型」に改良し、これは第一次世界大戦で活躍したそうだ。

尚、アルソミトラ型の翼が安定性を欠くのは当たり前だ。不安定な翼で種がランダムに散るからこそ、自らの遺伝子を拡散できる。

ちなみにアルソミトラの種子の滑空の様子はこちらで見ることができる。

http://www.youtube.com/watch?v=e2zeldDrxa0

妙にスピリチャルなBGMが気になるが、上記動画のyoutubeページから、さまざまな種子散布の映像を辿ることも可能だ。

風でなく水に子孫を託す植物も多い。海岸植物の多くは、種子内に空気室を持つなどして比重を軽くし、防水加工で海水の侵入を防ぎつつ、海を渡る旅に出る。

自らの力で種を飛ばす植物もいる。例えばテッポウウリ。実が熟すと内部の圧力が高くなり、シャンパンのコルク栓が飛ぶように、ポーンと種が飛び出るそうだ。

そして種子を運ぶ有効な手段のひとつが、動物を利用すること。主に哺乳類の毛に付着して運ばれる「くっつきむし」の類と、実を鳥や動物に食べてもらって未消化の種が糞とともに排出されるパターンがある。

前者のなかには「ライオンゴロシ」なる物騒な名前のものもある。錨型の強力な棘が四方八方に伸びた種子で、体についたこの種子を動物が口で取ると今度は口の中にひっかかり、やがて何も食べられなくなり、百獣の王ライオンでさえ死んでしまう、と言われているそうだ。

後者は甘い果実というご褒美と交換に種子を運んでもらうわけだが、中には固い種だが甘い実そっくりに赤く色づいて、間違えて鳥が食べるのを待つという、セコイ戦略を持つものもいたりする。

「動物」にはもちろん人間も入る。ちなみにうちの長男の場合、家のトイレがコンポスト型トイレだったせいもあり、2歳の頃から、実際アチコチに種子をばらまいていた。トマトの種を拡散した話はこの本にも書いたが(とさりげなく自著を宣伝)、他にも木苺やら桑やらの種を体内を通過させて運搬していた。種に毒のあるイチイの実を食べたときはちょっと心配したが、見事おむつの中のウンチから種子だけが現れた。

さらにアケビを見つけては食べ散らかして種を飛ばす。タンポポの綿帽子を見つければ、ふーっと吹いて綿毛を飛ばし、友達とオナモミの種を投げ合って遊び、カラスノエンドウやタネツケバナの熟したさやを見つければ、触って種を弾けさせ、ジュズダマを投げ、「どんぐりでっぽう」で、どんぐりを飛ばす。そういう行動を見てると、子どもの遊び行動=種子の拡散と思えるほどだ。どこかの植物学者がその種の研究でもしていないものだろうか。

さて、話が逸れた。そんなふうに、植物たちがさまざまに工夫して種子拡散作戦を繰り広げているなか、まったく別の生き方をしている植物がいる。

フタゴヤシ。

その種子は世界最大で、ヤシでありながら、重すぎて海を漂流することはできない。それゆえ、遠くに子孫を広げることはできず、親木の近くにどすん、と種を落とすだけだ。そして着床してから発芽までは2年かかる。それからゆっくりゆっくり育って、新たな実をつけるまで30年、ついた実が熟すまで6〜7年。そのうち、重い実がどすん、と落ちてまた芽が出るまで2年……。

その植物界に屹立した、孤高の戦略ゆえ、セーシェル諸島の2つの島にしか生息していない。

いやぁ好きだなぁ。フタゴヤシ。すぐさま彼らに会いにゆき、一晩中語り明かしたい気持ちだ。

巻末には、監修者らのエッセー。それがまたよい。監修者の岡本素治のエッセーのタイトルは、

「ボクが木の実ならこう考える」

木の実の立場でものを考える人に出会ったのは初めてである。

続いて小林正明の文章の冒頭。

「私はこの場所を動くことができない。でも私の子供たちはできるだけ遠くに広がって生きていってほしい」

こっちは植物そのものに成りきっている。

続く脇山桃子に至っては、

「声が聞こえたよ!」

「誰の声?」

それは時空を超えて、今、目覚めた種子たちの声です。

もうスピリチャルか、という書き出し。誤解のないよう書いておくが、その後の内容はいずれも科学的でかつ興味深いのだが、とにかく3人とも、植物と種に思い入れたっぷりで、実に良い感じなのだ。

少しだけ残念なのは、本書の体裁がいわゆる展覧会のカタログ風であること(というか、実際にINAXギャラリーで行われた「種子のデザイン/旅するかたち」展と併せて発行された、カタログの役目も果たしている本である)。

だからこそ、1500円(税抜)という価格で買えるわけだが、価格が2倍、3倍でも、ハードカバーで、写真や内容をさらに充実させたものだったら、一生本棚に置いておきたい本となるところだろう。

尚、ブックデザインは本当に素晴らしい。アートディレクターは祖父江慎。さらにフォントディレクターに紺野慎一とあるのも、書体マニアにはぐっと来るところだ。

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風が変えた世界史: モンスーン・偏西風・砂漠
作者:宮崎正勝
出版社:原書房
発売日:2011-08-25
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風といえば、この本がわりと面白かった。風、すなわち大気循環を軸に世界史を見直そう、という試み。縦割りに捉えていた世界の歴史が、吹き渡る風によって繋がる、という感じ。

驚くべき雲の科学
作者:リチャード・ハンブリン
出版社:草思社
発売日:2011-09-24
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風が雲を作り、水を分配すると『風が変えた世界史』にあった。こちらは最近出た雲の写真集。スペースシャトルの飛行機雲、ウイングクラウド、衝撃波の雲など、人間が作り出した雲の写真が特に面白い。

植物の私生活
作者:デービッド アッテンボロー
出版社:山と溪谷社
発売日:1998-03-01
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植物の生存戦略を読みものとして楽しむならこれ。『鳥たちの私生活』も最高に面白い。

身近な草木の実とタネハンドブック
作者:多田 多恵子
出版社:文一総合出版
発売日:2010-09-18
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大好きな文一総合出版のハンドブックシリーズのなかの一冊。

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