学生メンバー応募レビュー『おれは伊平次』

土屋 敦2011年12月24日 印刷向け表示
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今週と来週の週末、HONZ学生メンバー合格者が応募の際に書いたレビューを掲載します。

まず最初は、井上卓磨さんのレビューです。

おれは伊平次 (講談社文庫)
作者:神坂 次郎
出版社:講談社
発売日:2002-08
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本書の著者、神坂次郎氏は、徹底した資料収集と丹念な現地取材によって歴史の中に埋もれた無名の人間に光を当て、その自由闊達な生き様を紹介してくれる、さながら歴史のキュレーターのような存在である。氏の著作によってキュレーションされた人物としては、終生在野の学者を貫いた南方熊楠先生が有名であるが、本書の主人公である村岡伊平次も南方先生に負けず劣らず破天荒な人物である。

物語の舞台は明治十七年の島原から始まる。著者曰く「陽気で向う気が強く、性癖いささか乱調、血の燥ぎやすいたち」である伊平次はこの時十七歳。登場早々に悪漢に襲われている娘を助け恋に落ち結婚式を挙げるが、その式のさなかでかつて結婚を約束し、今この瞬間にいたるまでころりと忘れていた女シホが現れる。シホは号泣しそれを見た妻も号泣、その様子にいたたまれなくなった伊平次の母も号泣する。気まずくなった伊平次はついに小便に行くと偽って遁走……。のっけからこんな調子で伊平次の波乱万丈な旅は始まる。

長崎にたどり着いた伊平次はこの物語を共に旅する仲間、ちゃんめら松と末五郎に出会うが、ここでも長崎に在留するイギリス人と問題を起こしてしまい日本から逃走、香港に高飛びする。香港に流れ着いた伊平次は騙されて無一文になったり、偶然再会したかつての婚約者シホに助けられ一安心と思っていたら海賊屋敷に連れ込まれ命からがら逃げ出したりといった、てんやわんやの日々を送る。そんな生活の中で伊平次は軍事探偵の上原勇作中尉と出会う。彼と旅を共にするなかで、伊平次は愛国心に目覚めるとともに当地で苦しむ「からゆき女」と呼ばれる女衒によって海外に売り飛ばされた日本人娼婦の悲惨な生活の実態を目の当たりにする。そこで伊平次は上原中尉との旅の別れに際して大陸奥地で苦しむからゆき女達を助けることを心に誓う。こうして伊平次の人買いや無頼相手のからゆき女救出闘争の日々が始まり、次々とからゆき女を救出していく……。

と、ここまで読むと読者は義侠心溢れる日本快男児の痛快な冒険劇の始まりを期待するところであろう。ところがなんと愛国心を胸に女衒に売り飛ばされた日本人娘たちを助けることを使命にしていたはずの伊平次は、同じ愛国心を理由に国士を名乗り今度は自分が女衒になってしまう。「えっ!!なんで?」と読者は思うかもしれないが、国士伊平次が女衒になるに至るまでの過程は本当に爆笑ものなので、こればかりは読者自身に読み進めてもらいたい。とんでもなくぶっ飛んだコペルニクス的転回である。少年漫画ならば人類に絶望しただのなんだのといったネガティブな感情で悪に染まっていくのが定石なのかもしれないがそこは我らが伊平次、からゆき女救出の闘士の時から女衒に至る時まで彼の心を支配するのは一貫してポジティブな愛国心なのである。

 その後、国士でありかつ女衒の伊平次はシンガポールを拠点として東南アジア一帯でのからゆき貿易、シンガポール市警公認(?)の賭博場で財を築き(ついでながらその後シンガポール市警の警察官にもなっている)、挙句の果てには南洋の島の国王に気に入られその娘を妻にもらい今度はサンゴ礁に囲まれた小島タカトデン王国の国王伊平次殿下になってしまう。王宮の屋根にひるがえる日の丸の旗を見上げて伊平次殿下は絶叫する、「天皇陛下よ!大日本帝国に、いま、一つの領土が加わりました」と。はたから見ると滑稽ではあるのだが本人は大真面目なのである。この王国でも行商、真珠で莫大な富を築くが日露開戦の噂を聞き、またしても妻子を残して出奔、国士として日露戦争の資金集めに奔走する。物語のクライマックスでは日本海海戦で敗れたバルチック艦隊がマニラ湾に逃走してきたという話を聞くやちゃんめら松や末五郎達を引き連れて攻めかかりバルチック艦隊の軍艦三隻を鹵獲してしまう。もはや怪物としかいいようのない生き様である。

ツッコミどころ満載の伊平次の性格・行動とそれを冷静な文体で書く著者との相性も抜群。本書をジャンル分けするとすればピカレスクノンフィクションになるはずなのだが、こんなに陽気で読みながらなんども吹き出してしまう悪人本はそうそうないと思う。一人の男がここまで痛快な人生を送ったのかと考えると、ただでさえ楽天的な自分は、さらに病的なまでに楽天的になってしまった気がする。本当にこれからの人生この本より面白い本に出会えるのか心配になってしまうほどの面白さで、ぶっ飛んだ笑いを求める人達にぜひともお薦めしたい一冊だ。

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