メタボドミノをぶっ飛ばせ! 『腸! いい話』

土屋 敦2012年01月13日 印刷向け表示
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昔、『腸は考える」という本を読んで以来の「腸マニア」である。その本の最初の章「腸は小さな脳である」という題にやられた。自分の体のなかに、自分(脳?)以外に考えている存在があり、それが体や脳にも影響を与えている、そう想像すると、何だか自分と別人格の「体の声」に耳を澄ましたくなる。セロトニン、セクレチン、ガストリンなんていうホルモンの名を呪文のように意味もなく覚えた。

その後しばらくして、「腸は第二の脳である」とうたったMichael D. Gershonの『The Second Brain』という本が話題になり、日本でも翻訳されたりもする。そして21世紀、科学本、ニセ科学本含めて、静かな「腸は第二の脳」ブームがはじまった。そもそも腸という言葉は、言葉遊びに向いている。腸脳力、腸内革命など、なんだか親しみやすい、というか、どうかと思う題名の本がたびたび出た(とここまで書いて気づいたが、冒頭に私が書いた「腸マニア」も「蝶マニア」を連想させる)が、それもブームゆえだろう。

で、この本である。

腸!  いい話 (朝日新書)
作者:伊藤 裕
出版社:朝日新聞出版
発売日:2011-11-11
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このタイトルも、かなりどうかと思う。タイトルのみならず、見出しや小見出しでも「腸いいやつ」「腸宝すべき」「腸本人」「腸美人」と、しつこい。

しかし、それも著者の柔軟で楽しげ、自由闊達な考えの現れのひとつと見ていいだろう。京都大学医学部を出て、ハーバードやスタンフォードで研究、現在は慶応大学教授を務める著者は、おそらくめちゃくちゃ頭がよいのだろうが(あるはそれゆえか)、文章は極めてやわらく、自由で、親しみやすく、とてもわかりやすい。『腸は考える』から20年を経て、腸研究や腸をめぐる医療が今、どのようになっているのかを知りたい私には最適の一冊であった。

例えば著者はミトコンドリアを原発に例える。古代、メタン生成菌は、猛毒であった酸素をエネルギーに変える「パワープラント」であるミトコンドリアを体内に取り込むことで、ATPというエネルギー源を大量に確保して、真核生物となった。そしてそれは、やがてわれわれのような生物となるのだが、そのパワープラントは、うまく使いこなさないと「メルトダウン」を起こして活性酸素という極めてキケンな廃棄物をばらまき、老化、がんを引き起こし、我々を死に至らしめる。生きるためにミトコンドリア原発を手に入れたゆえに、その廃棄物によってわれわれは初めて死というものを経験するようになった、というわけだ。

こういった巧いたとえが随所にあるゆえ、大変読みやすく、また読んでいて興味が尽きないのである。

また本書には、腸を手がかりに「メタボリックドミノ」、すなわち肥満とメタボリックシンドロームによって次々に動脈硬化や慢性腎臓病、糖尿病、脳血管障害、心臓病などを起こしてしまう事態を防ぐという意図もある。著者は医師であるゆえ、さまざまな生活習慣病で苦しむ人をなくそうという、実際的な目論見を持って本書を書いているのだ。

最新の治療法や病気の解釈の紹介だけでなく、単細胞生物から線虫、ショウジョウバエからマウス、サルに至るまで確実に寿命を延ばす方法である「CR」や、長寿の源になるサーチュイン遺伝子などに触れつつ、具体的な腸の鍛え方や生活習慣の変え方などを教えてくれる。やるべきことはそう難しくはないうえ、説得力があるので、メタボ防止の実用書としてもすぐにでも実践したくなる。

さらに、私としては、何より著者が「本読み」であることにぐっと来る。冒頭から『親指はなぜ太いのか』『世界平和はナマコとともに』『火の賜物』とHONZ好みの本が次々と登場するだけでなく、各章にはダンテ、ロマン・ロラン、漱石に鴎外などからの引用が添えられる。講談社学術文庫『からだの知恵』あたりは著者の仕事を考えれば理解できるが、マリヴォーの戯曲独楽吟などからの引用を見ると、著者は多忙な仕事と研究の傍ら、最新の論文と専門書に目を通しつつ、さら一般書の新刊を読むと同時に古典文庫を棚の右から左まで全部読んでいるのではないか、という気がしてくる。「面白スゴい研究者マニア」でもある私としては、今後も「書き手」としての著者に大いに注目してゆきたい。

なお他にどんな本をだしているのかと調べて出てきたのがこれ。

心血管内分泌検査から読み解く降圧薬俺流処方
作者:伊藤 裕
出版社:南山堂
発売日:2011-10-01
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  • 丸善&ジュンク堂

医師向けの専門書なのに燦然と輝く「俺流」の文字。ますます伊藤先生のファンになりました!

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