『ヒューマン』 -なぜヒトは人間になれたのか

2012年1月29日 印刷向け表示
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ヒューマン  なぜヒトは人間になれたのか

作者:NHKスペシャル取材班
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2012-01-20
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NHKスペシャル『ヒューマン』が始まった。本書は、このシリーズと連動して発売された書籍だ。番組を担当した4人のプロデューサー・ディレクターが、それぞれの回の内容を書きおろしている。テレビのほうは、先週の日曜に第1回が放映された。本書における第一章の内容にあたるが、見事に互いに補完し合っている。テレビでは、本では表現しきれないインタビューやシミュレーションの動画が流された。一方、本のほうには、1時間しかないテレビ番組に入りきらない内容や、取材の裏側が書かれている。見事なクロスメディアだ。今後、電子化(?)が進展したら、NHKが持っているコンテンツはすごい資産になるのではないだろうか。

本書の終章によれば、今回の企画は、「ヒューマン」というテーマで検討しているあいだに徐々に展望が広がっていったものだという。今まで「人間」という切り口では研究されていなかった分野、つまり、脳科学、遺伝子学、心理学、経済学などの分野において、精力的な研究成果が2000年代中頃までに蓄積されていた。例えば、シラミのミトコンドリアDNAを解析する事により、(我々)ホモ・サピエンスと、50から60万年前に進化的に分岐したネアンデルタール人、160万年前に分岐したホモ・エレクトスが、それぞれ、なんらかの形で同じ地域で暮らし、長期にわたって身体的な接触があったと思われることがわかった。また、fMRIを用いて脳の活動を観察することにより、他人が痛みを受けているのを見たときに、自分の脳でも不快感や嫌悪感に関係する部分が活性化していることがわかった。つまり、痛みを共感しているということだ。これだけだったら良い話だが、条件を変えて「罰を受けるのがふさわしい人だ」と思っている場合には、脳で報酬系が働く。うれしく思っているということだ。本書では、このような脳の動きは、20万年前から今に至る過程においてホモ・サピエンスが習得したものではないかと考えていく。共感することには互いに協力する組織を築く効果が、罰することには外敵やフリーライダーを防ぐ効果がある。ホルモンの観点から言えば、他人への攻撃性を高めるテストステロンのほうが、相手に共感し信頼性を高めるオキシトシンのシステムより先に人間に備わったらしい。過去の世界をサバイブしてきた際に得たものが我々の体に進化的に引き継がれており、我々の心は、それらの作用・副作用の間で揺れている。

本書が扱うのは、10万年前からメソポタミア文明あたりまでのいわゆる先史時代だ。その期間を4つの観点で区切り、1つ1つの章としている。

第1章のイベントは「出アフリカ」だ。10万年前の遺跡などから得られた情報から、相互協力、利他性、その一方で発生する攻撃性、それぞれの意義について検討する。

気前がいいこと、希望をもつこと、寛容であること。この戦略が協力を生み出すのです。

そして第2章は「グレート・ジャーニー」についてだ。優秀な飛び道具を手にしたホモ・サピエンスは、如何にして世界に広がっていったのだろうか?ダンバー数を超える組織が、どのように構成されていったのか?

アフリカにいた私たちの祖先は、9万年前には十分に現代的でした。彼らは私たちと同じように考えることができる脳があり、言語、精神性、宗教など現代の私たちと同じものをもっていたのです。もしも当時、技術的・社会的な環境があったなら、彼らはコンピューターさえ発明していたでしょう。

第3章は「農耕の発明」について書かれている。定住・農耕・宗教の関係はどのようであったか。農耕は数千年をかけて普及したが、その時期は、信仰システムができていく時代と重なっている。1995年から調査が開始され、完了までには50年以上かかるかもしれないという「超弩級、衝撃的、とてつもない」ギョベックリ・テぺ遺跡は、1万年前の宗教施設なのか。黒海の氾濫により、農耕文化はヨーロッパに広がっていく。

時間的にも空間的にも遠いところまで思いを馳せることができる。それは一言でいうと想像するということで、それが人間を人間たらしめている心の動きだと思うようになりました。

第4章では交換ネットワークと貨幣が取り上げられる。都市が誕生し、分業、交換ネットワーク、そして格差ができあがる。紀元前2千年紀前半の物語『マルトゥの結婚』では、都市の外に住む青年マルトゥが、都市内の有力者の娘と結婚しようとして反対される。なんだか現代の話のようだ。脳の実験では、人間は格差の存在に本質的に嫌悪感を持ち、平等な場合に快楽を感じるという結果が出た。

おそらく人類は、長い時間をかけて平等と助け合いを重んじる心を進化させてきたのでしょう。これは、人類がそうしなければ生き延びられない環境で生きてきたからだと思います。

本書を読んで思ったのは、利他性と攻撃性、平等を願う心と競争する心など、一見違うように見えて実は表裏一体のことが多いということだ。狩猟時代、ヒトもモノも足りない時代には争いはなかった。過剰な期待と想像が不幸を生むのかとも思うが、一方、人やモノや情報の過剰と想像無しでは農耕等の大きなイノベーションは成りえなかった。過剰のなかで足りない感を出せと言うことだろうか。いずれにしても、新しい情報が広くまとめられており、いろいろ考えることも出来、純粋におもしろくもあり、お得な一冊だと思う。さて、今日は第2回の放送日だ。「人類初の飛び道具」が飛ぶ姿を見てみたいなあ。


人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線

作者:マイケル・S. ガザニガ
出版社:インターシフト
発売日:2010-02
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脳科学の観点から人間性について述べた本で、こちらも原題は『HUMAN』だ。利他性、宗教等、今回のレビュー本と似た論点も多く興味深いです。芸術を理解する心は、淘汰の結果らしい。クジャクがアーティストに思えてきます。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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