心地よく驚くために 『マジックにだまされるのはなぜか 「注意」の認知心理学』

村上 浩2012年02月02日 印刷向け表示
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マジックにだまされるのはなぜか 「注意」の認知心理学 (DOJIN選書)
作者:熊田 孝恒
出版社:化学同人
発売日:2012-01-24
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先ずは1分少々のこちらの動画であなたの「注意力」をチェックして欲しい。やるべきことはひとつだけ。“白いシャツ”を着ている学生が何回バスケットボールをパスしているか数えるのだ。

Daniel Simons と Christopher Chabrisによるこの実験は、ダン・アリエリーの『不合理だからすべてがうまくいく』を始めとして様々なところで紹介されている。この動画を初めて見た人は、動画中のネタばらしに驚いたかもしれない。しかし、この実験を知っていた人は“タネ”に容易に気づくことができたはずだ。なぜ”あれ”に気がつかないのか、そして、なぜ一度タネを知ってしまうと二度と無視することができないのか。人間の「注意」はどのような仕組みで働いているのか、そしてわれわれはどのように世界を認識しているのか。本書はマジックで用いられている手法を導入にしながら、ユニークな実験結果をふまえて「注意」の謎に迫っていく。

わが身を振り返ると、「もっと注意力があればこんなことには・・・」、と思ったことが何度もある。センター試験ではとんでもないケアレスミスをしてしまったし、上司に誤字脱字を指摘さたれこと、名刺を忘れて客先に向かったことは1度や2度ではない。「自分は注意力が高いから大丈夫」と思っていても、本人の気づかないとろこで色々な錯覚が起こっている。このパラグラフの誤りに気がつかなかった人は、既に認知レベルの錯覚に陥っている。

人間の様々な認知活動の中から「注意」の部分だけを取り出して、その働きを研究することは困難である。「注意」は様々な行動の一部として機能しているからだ。そこで、脳の一部が正常に機能しなくなった人々の行動観察や心理学実験の結果が、我々の「注意」についてより深く知る助けとなる。本書でも様々な脳の損傷とそれがもたらす症状が紹介されている。その中でも脳の右半球の頭頂葉から側頭葉を損傷した人に見られる、「半側空間無視」という理解するのも説明するのも難しい症状を持った患者の事例から本書はスタートする。

半側空間無視患者に、“ある直線を二等分する箇所をマークする”という課題を与えると、実際の中点よりもかなり右側の部分にマークをする傾向が見られる。自由に身体や視線を動かしてよいこと、直線を指でなぞらせた後は正確な位置にマークできることから、「二等分」の概念は理解できており、眼や視野に問題があるわけではないことが伺える。他にも人物画の模写をすると右半身しか描かれない等の症状から、半側無視患者は「左側が注意できない」のではなく「自発的に左側を注意しない」と考えられている。つまり、「自分は左側に注意が向かない」ことを意識し続けることができないのだ。

彼らの中には、左足の靴を履き忘れたという人もいるようだ。「足は2本ある」「靴は両足に履く」という知識や常識は、自らが認識している(右側だけの)世界によってあっさりとかき消されている。注意されないものは意識されないし、意識されないものは存在しないのだ。このことは半側空間無視患者以外にもあてはまる。通いなれた道に新しいお店がオープンしたと思ったらその店は実は数年前からそこにあった、というような経験をしたことは多くの人にあるはずだ。

我々が世界を認識する際の鍵となるこの「注意」は、スポットライトのようなものだそうだ。このスポットライトは注視している一点にしか当てることができず、ライトが照らす範囲の大きさと明るさには反比例の関係があり、中心から外れるほどその光は暗くなる。このような特性を知ることももちろん面白いのだが、これらの特徴を明らかにした実験手法がまた面白い。「よくそんなやり方思いついたな」と思わず唸ってしまう。単調な作業を行う際にラジオや音楽を聞くと作業がはかどる理由も、実にシンプルな実験から合理的な説明が導き出されている。どうやら「注意」のリソース分配が重要らしい。

マジックは心理学や脳科学よりもずっと前から、人間の心理や行動メカニズムを活用してきた。そこには「注意」の謎を解くための手がかりがいくつも蓄積されており、本書の中にもマジックの手法を使った心理学実験が紹介されている。ただし、本書を読んでもマジックのタネは分からないし、マジックが上達することもないのでご注意を。

よく考えてみれば、マジックというエンターテインメントは不思議なものである。わざわざお金を払って騙されに行くのだ。なぜひとびとは喜んで騙されようとするのか。諸説あるようだが、マジックで予想外の現象を目の当たりにすると脳の特定部位が活性化して、覚醒が高められ、興味を喚起する作用が強まるのだと考えらている。期待に反する事実を知ることは、これまでの経験や知識を修正するチャンスとなるので、そのような事実を見つけるインセンティブを脳が用意しているのではないかということだ。

予想外の「注意」の役割・仕組みを知って、心地よく驚いてみてはいかがだろうか。

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子どもの頃の思い出は本物か: 記憶に裏切られるとき
作者:カール サバー
出版社:化学同人
発売日:2011-05-12
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化学同人の認知モノと言えばこちら。この本は「記憶力」がテーマ。『マジックにだまされるのはなぜか』にも出てくる脳による補完の話がメインの骨太な一冊。

錯覚の科学
作者:クリストファー・チャブリス
出版社:文藝春秋
発売日:2011-02-04
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心理学でこの一冊は外せない。成毛眞の解説はこちら。Amazonの書影にはないが、帯にもインパクトあり。

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