男はつらいよ 『なぜ男は女より多く産まれるのか』

2012年4月27日 印刷向け表示
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この世には二種類の男がいる、そうモテる男とモテない男だ。この世に男子として生を受けたものは、物心がつく頃までにヴァレンタインやクリスマス等の残酷な洗礼を通して自分がどちらに所属しているのかをいやでも思い知らされることになる。クリスマスを友人と男同士夜まで馬鹿騒ぎしながら飲み明かすのを恒例としてきた私は言うまでもなく後者に属している。「女なんて星の数ほどいるさ!いつかいいことあるさ!」と互いに励まし合いながら同士達と幸福な明日を夢見てきたものである。…だが神は残酷な試練を我ら男子に課している。なんとこの世に生まれてくる男女の性比は男子の側が常に大きく、55%と二分の一から大きくずれているのだそうだ。そう、どんなに頑張ろうと一部のモテない男子は常にあぶれてしまうのである、なんてこった。この現象は日本だけでなく多くの社会で共通の普遍的な現象で、どうも生物としての我々人類は男の方が多くなるようにできているらしい。

「神よ!なぜあなたはこんな残酷な仕打ちをするのです!」と天に向けて叫びたくなるところであるがここで視点を神学の世界から科学の世界に転ずると一つの大きな疑問が生じる。かの有名なチャールズ・ダーウィンはその著作『種の起源』で自然選択説を提唱したが、その内容を要約すると以下のようになる。

「遺伝する形質(形態や行動)の中で、生存率や繁殖力が高い形質をもった個体は、親になるまで生き延びて、子供をたくさん生む」

しかし男は女より多く産まれるという現象はどう考えても自然選択説にそぐわないのである。なぜなら男女が同数に生まれたほうが成立するペアの数が増え、より多くの子孫を残せるからだ。このような自然選択説で説明できない現象は人類だけでなく他の生物にも見てとることができる。

例えばシジュウカラという鳥は一回に8~9個の卵を産卵してヒナを育てる。ここである科学者が卵を巣に追加する実験をしてみたところ14~15個の卵でも十分ヒナは巣立ちまで育ったのだそうだ。なぜシジュウカラはより多くの子孫を残せるのにあえてそれより少なめに卵を生むのだろうか? またモンシロチョウは産卵するときに幼虫の成長に必要なエサが豊富なキャベツだけでなく、幼虫のエサが十分にあるとはとても言えないイヌガラシのような野草にもあえて産卵する。なぜわざわざ幼虫がちゃんと育つかどうかも分からないような場所に産卵するのだろうか?

これらの疑問をどう説明するかが本書のテーマである。著者はこの問題に対し、競争相手をいかに排除して生き抜くかという従来の進化理論に加えて、変化・変動する環境の中でいかに絶滅を避けるかといった視点からの進化理論を提唱する。結論から先に言うとこのいかに絶滅を避けるかという視点において大事なのはある環境において“一番”強いことではなく、どのような環境でも“そこそこ”強いことなのだ。ある環境に一番強いものはまれに起こる破壊的な環境変化を考慮した場合、長い目で見たら理論的には絶滅してしまうのである。シジュウカラが普段どんなにたくさんのヒナを育てることができても干ばつなどの災害が起こってエサが足りなくなり、多くのヒナを育てられなくなったら絶滅してしまうし、キャベツ畑はモンシロチョウの幼虫の生育に適しているかもしれないが農薬を散布されたら絶滅してしまうかもしれない。そもそも絶滅したら生き残れないのである、だから生物が第一に避ける必要があるのは種そのものが全滅してしまうことなのだ。著者は中学程度の簡単な数学でモデルを立てて上記の問題を解決していく、これが実に面白い。

また生存競争という言葉があるが「競争」という言葉とは裏腹に生物は多くの場面で互いに協力することがある。これも絶滅回避という視点で見ると説明がつくものが多く見られる。著者は自然界に多く見られるシグモイド曲線などを用いて生物が互いに協力する現象の説明を試みる。本書を読むと生物は競争だけをしているわけではないのだから環境問題も平和も人類がちゃんと適応すれば解決できるんじゃないかとさえ思えてくる。

ここまで読んで「進化論なんて自分の仕事にはなんの関係もない」と思ってAmazonで本書をポチらずにこのサイトを閉じようとしているそこのあなた! ちょっと思い直してもらいたい。本当に無関係と言えるだろうか?生物の個体数を「資金・資本」、絶滅を「破産・倒産」に置き換えたら本書の内容はそのまま投資や経営にも当てはまるのではないだろうか? 本書の最終章で著者はこの絶滅回避の視点から見た投資や経営について語っているのだがこれもなかなか面白い。

この一冊、単純に面白いだけでなく世界経済という環境がまさしく激変しているこの時代、私のような重度の本マニアだけではなく多くの人にとって読む価値があるのではないだろうか。

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