予言者に惑わされずにいかに不確実な未来と向き合うか 『専門家の予測はサルにも劣る』

2012年6月3日 印刷向け表示
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専門家の予測はサルにも劣る

専門家の予測はサルにも劣る

  • 作者: ダン・ガードナー, 川添節子
  • 出版社: 飛鳥新社
  • 発売日: 2012/5/23

地震の復興問題、エネルギー問題、少子化問題、金融危機などなど今の日本及び世界はたくさんの問題を抱えており、現代は先がまったく読めない時代だとよくいわれる。先が読めないのは不安だしなんとかして未来がどうなるか知りたいと思うのは人として当然の感情だろう、私だって知りたい。

未来がわからないとはいえせめてヒントだけでも得られないものだろうか。未来へのある程度の指針が得られるだけでもどれだけ気持ちが楽になることだろう。そんなときに頼りになるのが専門家だ。彼らは豊富な知識をもとに未来を見据え、我々を導いてくれる。専門的な知識を持つ彼らが自信たっぷりに断言するのだ。これで将来への備えはばっちりだ。なんせ彼らは専門家なのだから。

……しかし実際彼らはどれだけ頼りになるものなのだろうか。未来が分かるなら今ごろ彼らは大金持ちになっていてもおかしくないのではないか。未来の行方と違い、この問題は実際に検証する方法が一つある。過去に専門家が行なった予測が実際にどれだけ的中していたのかを調べてみればいいのだ。さっそくだが本書から引用してみよう。

1990年ミッテラン元大統領特別補佐官を務めたジャック・アタリは2000年にはソ連やアメリカの力が衰退してヨーロッパと日本が台頭すると述べた。また、中国とインドがグローバル経済と市場に組みこまれるような奇跡は起こり得ないとまで述べた(実際の2000年がどうなったか述べるまでもないだろう)。

アジア通貨危機に際してノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンはアジア各国が通貨管理をしなければ世界的な恐慌が起こると述べた(アジア各国はほとんど通貨管理を実施しなかったが二年もせずに景気はもとにもどった)。

1929年世界恐慌の引き金となったウォール・ストリートでの市場の暴落に際し、あのケインズまでもが「ロンドンに重大な影響を及ぼすことはないだろう。明るい未来が待っていることは間違いない。」と見事に予想を外した。

……どうも専門家の予想は思った以上に外れているようだ。実際『エコノミスト』などの経済誌が専門家に経済数値を予測させてみたところ結果は散々だったようで、ひどいものだと適当にカードを選んだチンパンジーのほうがよい予想結果を残したなんてこともあったそうだ。

では専門家の予想には全く耳を傾けない方がいいのだろうか? そこで紹介したいのがフィリップ・テトロックが行なった実験だ。テトロックは専門家284人を集め、長年にわたって彼らに質問を浴びせ、答えが曖昧にならないよう数字を使って予想してもらった(70%の確率で〇〇が起こるといった形式)。

結果はやはりほとんどの専門家はチンパンジーに劣るというものだった。しかし一部の専門家は比較的良い結果を出したのだ。テトロックは両者を比較してそれぞれに特徴を見出し、前者をハリネズミタイプ、後者はキツネタイプと名付ける。それぞれの特徴はこうだ。

ハリネズミ—–複雑性や不確実性に不安を感じる人たち。彼らは問題を減らしていき、理論上の核となるものに行きつこうとする。そして核となるものをテンプレートのように繰り返して使用し、予測をだめにする。しかし自信には満ち溢れている。あと自分の専門分野ほど正答率が低い。イデオロギー的に極端な人はさらに低い。

キツネ—–テンプレートを持たずいろいろなところから情報やアイデアを収拾してまとめあげようとする。常に自己批判し、間違いを指摘されてもそれを無視したり過小評価したりせず素直に受け入れて自分の考え方を修正する。そもそも将来を予測する能力に疑念を抱いている。

大事なのはハリネズミの予測はほぼ確実に、時が経てばさらに間違うということだ。もし専門家からハリネズミの特徴を感じたならば疑ってかからねばならない。しかしながらハリネズミの特徴を目にしてメディアにしばし登場する専門家数人の顔が思い浮かんだのは私だけだろうか。じっさいメディアに登場する専門家はハリネズミが多くなる傾向があるそうだ。理由は第六章に語られている、ぜひ目を通してもらいたい。きっと納得してもらえるものと思う。

気をつけねばならないことはもう一つある。キツネでさえ予測は完璧ではなく、何も考えずに「現状維持」と予測した場合に一番いい結果が出たことだ。未来を予測するのはやはり容易なことではないのだ。その原因の一つは我々の脳にある。

我々の(特にハリネズミタイプの)脳は自信過剰で自分の見たいものだけを見るし、自分の考えに反するものは無視するか特別低く評価する。また、結果が分かった瞬間自分にはそうなることがあらかじめ分かっていたかのように今までの記憶を書き換える。嘘みたいな話だが著者が紹介する一連の実験から我々の脳が持つ脆い一面が明らかになる。残念ながら脳はそもそも予測には適していないのだ。

未来が不確実で誰にも正確には予想ができないとわかった今、我々はどう不確実な未来に向き合えば良いのだろうか? 最後の第八章で著者からのアドバイスが語られる。個人的に面白いと感じたものを三つ紹介しよう。

一つ目は現代だけでなくいつの時代も未来は先が不透明だったと知ること。いつの時代の予測も大外れだったことが分かれば納得してもらえると思う。人はいつの時代も不透明な未来を生きてきたのだ。

二つ目は世界が基本的に不確実で予測不能であるうえに、その不確実な世界を理解しようとする我々の脳には判断をゆがめるバイアスがあることを自覚し、少し謙虚になってものを見ること。この助言を思い出すためだけでも本書は書棚に置いておく価値がある。

そして三つ目、これが個人的には一番面白かった。それは正しい決断をするためには、必ずしも正確な予測は必要ない、可能性に対する大まかな感覚があれば十分だということ。これがどういう意味なのかぜひ自分の目で確かめてみてもらいたい。我々を待ち受ける未来がまったくもって不確実だと分かっても希望をもって前に進めるようになるはずだ。

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外資系投資銀行に勤める著者が投資という分野においてアナリストなどの専門家がいかに予測を外しているかを語った一冊。ノーベル賞受賞者とウォール街の伝説的なトレーダーが組んだ怪物ヘッジファンドLTCMが連邦予算に匹敵する資金を運用しながらあっというまに破綻してしまった話などなど専門家がいかに当てにならないかがわかる。ファイナンスの入門書としてもおすすめ。

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私自身は「人生は九割運!」と開き直ってむしろ不確実を楽しむようにしている。不確実を楽しむにはどうするべきか? それは不確実な人生を無茶苦茶に生きた人の本を読むことだと思う。おすすめなのがこの一冊。読むと人生プランを考えることさえ馬鹿らしく思えてくる。

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