『鉄道と国家』鉄道建設に関わった男たち

2012年6月5日 印刷向け表示
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鉄道と国家─「我田引鉄」の近現代史 (講談社現代新書)

作者:小牟田 哲彦
出版社:講談社
発売日:2012-04-18
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本書は日本の鉄道史を「政治」という切り口から解説する良書である。私自身、鉄ちゃんではなく、どちらかというと飛行機派だったので、これまで鉄道史は全く興味なかったし知らなかったが、本書を読んで少しは詳しくなった気がする。しかも本書は歴史を述べて終わりではなく、最近の新幹線輸出ビジネスや東日本大震災で壊滅的な被害を受けた三陸鉄道についてもカバーしているので更に面白い。

鉄道史の紹介では「へー」という事例がたくさん登場する。例えば、鉄道を日本に導入させた大隈重信や伊藤博文などの明治政府は、鉄道建設による経済効果や軍事的有用性などは当初あまり評価していなかったようである。それよりも文明の利器である鉄道を建設することにより一般民衆に強烈なインパクトを与え、明治新政府へ人心が収斂される効果を狙っていたようだ。明治政府による鉄道建設は壮大な計画のもと推進されたかと思いきや、最初はただの人気取りの手段だったのである。

東海道新幹線建設の話も面白い。日本が世界に誇る新幹線の生みの親はあまり知られていないが、ノーベル賞を受賞した佐藤栄作はその一人だ。新幹線建設は数年にわたる多額の資金が必要であるため、政権交代などにより政策が変われば途中で予算打ち切りになるリスクを抱えていた。そこで当時大蔵大臣であった佐藤は、新幹線計画をサポートすべく、本建設費用の一部を世界銀行から借款することを発案する。世界銀行との借款契約では日本政府が当プロジェクトの支援をすることが義務付けられるため、例え内閣が代わっても日本政府は事業完成の義務を追うこととなる。この、国論を二分しかねない重大な鉄道政策を、世界銀行を巻き込んで国内政争から切り離した佐藤の発想は、計画実現に最も不可欠な存在だったのだ。

その他にも、田中角栄など政治家が自分の選挙区の利益を図るがごとく鉄道を誘致する「我田引鉄」の事例や、北海道にある日本一の赤字路線を守るために銀座四丁目で町長自ら3,000枚の切符を売り捌いた話など、ネタに尽きない。

興味深いネタを列挙したが、本書は決してその辺のトリビア本ではなく、鉄道と政治の関係がよくまとまっている書である。筆者の分析によると、日本の鉄道は明治時代より国家プロジェクトとして政治と密接に歩んできたが、1987年に国鉄が民営化され、それ以降、株式会社として国家とは距離を置いて今日まで発展してきた、しかし、そんな日本の鉄道は、今日、新幹線の海外輸出や東日本大震災を契機としてまたしても国家との距離を縮めてきていると言う。詳しくは本書に譲るが、新幹線の海外輸出や震災後の復興支援という名目で政府による鉄道への公的関与度を高めようとする動きが官民両サイドから起こっているのである。

バブル崩壊後の不景気が続き、少子高齢化しつつある日本において、日本経済をもう一度再浮上させるためには社会インフラの整備が必要といわれている。昨今はエネルギー問題に目がいきがちであるあるが、物流を担う鉄道問題が今後どうなるか、興味深いテーマである。恐らく大きな変革が起こる産業である鉄道業に関して予め予習しておくのは悪くない。世の中を先取りできるためには歴史を知ることが一番の近道である。

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