『ウイルスと地球生命』知られざるウイルスの役割

2012年6月15日 印刷向け表示
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ウイルスと地球生命 (岩波科学ライブラリー)

作者:山内 一也
出版社:岩波書店
発売日:2012-04-14
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ウイルスといえば、インフルエンザや口蹄疫ウイルスのように人や動物に関連する病原体というイメージが強い。しかし、細菌に善玉があるように、実はウイルスにも、哺乳動物・昆虫・植物などの生存を助けるものや、地球環境を維持する海洋ウイルスなど、いい奴がたくさんいるのである。そんなあまり人に知られていないウイルスの役割について、アカデミックかつトリビア的に紹介するのが本書である。

2000年、今まで病原体の塊と思われていたウイルスが、実は人の胎児を守っていることが明らかにされ、人びとに衝撃を与えた。母親の免疫系にとっては父親の遺伝形質は異質な存在であり、普通であれば免疫反応によって胎児内の父親遺伝形質を拒絶しようとするはずである。ところが、拒絶反応の担い手である母親のリンパ球は、一枚の細胞膜によって胎児の血管に入るのを阻止されている。一方でその細胞膜は、胎児の発育に必要な栄養分や酸素の通過は遮らないのだ。長らくこの細胞膜の構造は謎に包まれていたが、2000年にヒト内在性レトロウイルスにあるシンシチンというタンパク質の作業により作られていることが判明した。ウイルスのまったく新しい側面が明らかになった瞬間である。病気の原因とみなされていたウイルスが人間の存続に重要な役割を果たしていることが示されたのだ。

もちろん、ウイルスが影響を与えるのはヒトだけではない。例えばハチ。働きバチには、外敵が現れた際、女王バチを守るために攻撃するハチと逃げ出すハチがいるそうだ。両者の違いは何か。東京大学の久保健雄グループの研究によると、脳内がウイルスに感染しているか否かだそうだ。このウイルスに感染している働きハチは死を覚悟して攻撃行動に出るのである。ちなみにこのウイルスはカクゴ(覚悟)ウイルスと命名されている。

その他にも、ガンと闘うウイルスから、植物に干ばつ耐性や耐熱性を与えるウイルス、二酸化炭素の蓄積や雲の形成に関わるウイルスまで、ウイルスの様々な役割が本書で紹介されている。しかし、これらはまだ氷山の一角にすぎない。地球上には膨大な種類のウイルスが存在することが分かっているが、研究が進んでいるのはヒトや家畜に関するウイルスだけなのだ。海洋に絞っただけでもウイルスは10の31乗個も存在されると言われており(その総炭素量はシロナガスクジラ7,500万頭分!、ウイルスを繋ぎ合わせた場合の長さは1000万光年!)、まさに天文学的な量のウイルスが存在しているにも関わらず、これらに関する研究は始まったばかりである。

本書はトリビア集に終わるのではなく、ウイルス研究史の変遷や、ウイルスは生物かどうか、細胞との違いは何か等、アカデミックな内容も平易な表現で解説している。まさに入門書としてはうってつけである。100ページ程にまとまっているので、通勤時間に読めきれる分量である点もとても良い。

今後、ウイルスの役割が少しずつ解明されていけば、ビジネスに応用できるウイルスも出てくるであろう(実際、アメリカにはウイルスを用いた商品開発をしているベンチャーが出てきている)。ウイルスに興味ある人だけでなく、ビジネスマン含む幅広い人たちにとってオススメできる本である。

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