『チャンピオンズリーグの20年』ビジネスとしてのフットボール

2012年10月13日 印刷向け表示
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チャンピオンズリーグの20年 ---サッカー最高峰の舞台はいかに進化してきたか

作者:片野 道郎
出版社:河出書房新社
発売日:2012-09-22
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ヨーロッパのクラブNo.1を決める戦い。それがUEFAチャンピオンズリーグ(以下CL)である。いまやワールドカップを凌ぐほどの地位と名声を得ており、世界中のフットボーラー憧れの舞台となっている。

ヨーロッパ各国のトップチーム同士の対戦は、いままで数多くのドラマを生みだしてきた。そして信じられないような奇跡が起きるのもチャンピオンズリーグの魅力である。まずは私が記憶する奇跡の瞬間を2つ紹介しよう。

98-99決勝 マンチェスターユナイテッド×バイエルン・ミュンヘン

バイエルンが1-0とリードして、後半のロスタイムを迎える、そこでマンチェスターユナイテッドが最後のコーナーキックのチャンスを得る。キッカーはベッカム(若い!)ここから奇跡が起きる。ロスタイムでの逆転劇。CL史上最もドラマティックな決勝として知られるこの試合を私もテレビで見ていた。マンチェスターユナイテッドの大ファンである私はこの奇跡をみて歓喜の渦につつまれたのは言うまでもない。

04-05決勝 ACミラン×リヴァプール

前半でACミランが3点をとり、誰もがミランの勝利を疑わなかったが、後半、ジェラードのゴールにより1点返したところから、奇跡が始まる。夜中(早朝)に放映されていたこの試合は、前半で勝負がついたと思い、見るのをやめて寝てしまった人も多かった。しかし、後半に追いつき、PK戦の末に勝利を収めたリヴァプールに感動を覚えた人も多いはずだ。「諦めたらそこで試合終了だよ。」をリアルに魅せつけてくれた試合である。

このように、CLは数多くのドラマを生み出している。この本ではそのようなドラマとともに、CL発足から20年の歴史をピッチの内外から紹介している。全決勝戦の試合データと試合展開、戦術の変遷などを読むだけでもフットボールファンは大いに楽しめるはずだ。

それ以上に興味を覚えたのは、CLにおけるヨーロッパのフットボールビジネスの変遷についてである。CLの20年の歴史はフットボールの商業化の歴史といっても過言ではない。

CLはスタート時から商業面を意識して作られている。UEFAチャンピオンズリーグという名称から、ロゴマーク、TVの放映時に何度も耳にするアンセムなど、徹底したブランド戦略を敷いていた。

またスポンサー契約は1業種1社のみで、8社に限定(現在は4社にまで絞られている)。それらをUEFAが一元管理し、またTVの放映権についてもUEFAが管理。それらの収入を各クラブに分配するという方式をとった。これにより観客収入やグッズの販売といった収入に頼っていたクラブには莫大な資金が流れこむようになっていった。

次の大きなトピックとしてはボスマン判決がある。これによりEU国内での外国人枠の撤廃が決定した。これをきっかけに、選手の移籍問題が多発する。下部組織から育ててきた選手が、CLの活躍を受けてビッグクラブにタダ同然で取られるといった事例が多く発生していく。

ポルトやアヤックスといったクラブが優勝した翌年に、そのメンバーのほとんどがビッグクラブへ移籍した。そしてポルトやアヤックスはその後低迷している。そのようなことがくり返しおきるようになったのだ。

その背景には、有料放送開始による放映権バブルといったことも影響している。移籍が活発に起きるようになったことで、移籍金や選手の年俸が高騰し、富めるクラブばかりが上位に名を連ねるようになっていった。こういった問題がピッチ上に影響を与えているということが、この本を読んでいくと結果としてよく分かる。

さらにビッグクラブ同士が手を組み、ビッグクラブが得をするような変革をUEFAに迫るといったこともおきている。その影響による変更が何度もあったことを知ったときには少なからずショックを受けた。もちろんビジネスであるからには稼がなければいけないが、スポーツのフェアプレー精神といったものを考えると、それでいいのか?といった疑問は残る。

このような現状が偉大なリーダーの誕生によって変わりつつある。将軍の愛称で親しまれているミシェル・プラティニである。フットボーラーとしても超一流であったが、リーダーとしての資質も兼ね備えているようだ。UEFAの会長になってから、UEFAそしてCLを、ビジネスの手からフットボーラーの手にとり戻そうとしている。

正直なところ、この本を読むまでプラティニがそんなにすごいリーダーだとは知らなかった。プラティニは「フットボールの未来をビジネスマンや弁護士からフットボーラーの手に戻す」という改革理念をもとに、長年対立をしてきたUEFAとビッグクラブの和解を成立させ、国際マッチに選手を派遣する際の保険を導入、さらにファイナンシャル・フェアプレーの導入(赤字経営の禁止)、そして弱小・中堅国の底上げを目的としてCLのフォーマット変更といった改革を次々と打ち出している。

これらの改革によってヨーロッパサッカーは持続可能な繁栄へのレールが敷かれたといってもいい。ファイナンシャル・フェアプレーが実施されれば、大金を積んでいい選手を取ってくるのではなく、下部組織から育てるといった流れが増えてくるだろう。

そもそも過去にCLで優勝しているチームにはそういったチームが多いのだ。一番上であげたマンチェスターユナイテッドもそうだし、近年、最強だったバルセロナもそうだ。たくさんのお金を積んでいい選手を集めたチームを、お金をかけずに下部組織から育て上げたチームが破るというのは見ていて楽しいものである。

ビジネスとしてのフットボールではなく、健全なスポーツとしてのフットボールを楽しむためにも、プラティニには今後も頑張ってもらいたいものだ。今年のチャンピオンズリーグはどんなドラマが待っているのだろう?この本を読んで気分を盛り上げてから試合をみると、また違った楽しみ方がきっとできるはずだ。

おまけ

UEFAチャンピオンズリーグ1992/93-2002/03ダイジェスト

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