『レクイエム』

2009年6月8日 印刷向け表示
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本書の序文は『覇者の驕り』の著者であるデイビッド・ハルバースタムである。『覇者の驕り』は1986年に出版された自動車産業興亡史だ。この本以降、経済学者たちによる比較経営論や競争戦略論など、特定の産業にフォーカスした研究が増えてくる。フォードと日産の興亡なのだが、GMはこの本からなんら学ぶことができず破滅へと突き進んだ。

ところで本書は、ベトナム戦争で戦死または行方不明になった135名のカメラマンに手向けられた写真集である。もちろん彼ら自身の写真が掲載されている。当然のことながら、そのカメラマンには40才で地雷に巻き込まれて死亡したロバート・キャパや34才で狙撃されて死亡した沢田教一も含まれる。カバー裏写真は26才でクメールルージュに処刑された一ノ瀬泰造のニコンFだ。

本書にはインドシナにおける1945年から1975年までの30年間を記録した写真が集められている。ハルバースタムの序文から引用してみよう。「しかし奇妙なことだが、インドシナ・ベトナム戦争にはどこか人間臭いところがあった。戦闘装備の目覚しい進歩はあったとはいえ、機械が兵士の肩代わりをするような戦争ではなかった。ほどほどの規模の戦争だった。兵器より兵士がまだ重要視された。兵士の表情から、彼らの苦痛、恐怖、疲労困憊が読みとれた」

じつはこの時期に使われた兵器のデザインもじつに人間臭いところがある。航空機でいえばA-6イントルーダーやA-7コルセア、A-10サンダーボルトなど戦闘機ではないとはいえ、現代のF-22やF-35とは全く異なる個性的な顔を持っている。戦車もM24やM48などはどこかのんびりとした雰囲気だ。現代の劣化ウランを撒き散らすM1戦車とは凶悪性の度合いが違うような気がする。

ところで、ベトナム戦争で使われたM24はGMのキャディラック部門製だったし、M48はフォードが製造していた。現代のM1はクライスラーが設計したが、製造はジェネラル・ダイナミクスだから、アメリカ軍からするとビッグ3が潰れても無問題なのかもしれない。

本書にもどろう。このころの戦争写真のほとんどはモノクロである。もちろんカラーフィルムもあったのだが、現像のロジスティクスを考えると実用的ではなかったようだ。そのため流血現場などでのリアリティが薄まる反面、カメラマンの存在をより強く感じることができる。HDTVはどこかの世界にドラエモン的な仮想窓を取り付けて覗き込んでいるような感じなのだが、モノクロの静止画は背後にカメラマンの息遣いや心臓の音が聞こえる気がするのだ。

221ページは沢田教一の写真だ。10数名の海兵隊員が敵の攻撃を戦車の背後に廻り回避している。そのうちの数名はすでに銃弾を受けて倒れている。カメラマンと戦車の間には2個のヘルメットが転がっている。沢田はライカに35mm程度のレンズを付けていたはずだから、戦車までの距離は10メートルもないかもしれない。222ページも戦車に隠れる兵士を撮った沢田の写真だ。驚くことに兵士たちは自分たちの左後方を見ているのだ。つまり沢田は敵に背を向けてアメリカ兵を撮っていることになる。

戦争について「なぜ戦争は起こったのか」や「なぜ回避できなかったのか」、「市民にどのような悲劇があったのか」や「女子供はいかに苦しんだか」、「戦術戦略の評価」や「政治と軍の関係」などを問うことが多い。即物的に「戦闘現場はどうなっていたのか」を問うことは少ないように思われる。戦争写真集はその問いに答えるものだ。本書はその最たる写真集である。

冒頭で紹介した『覇者の驕り』もお勧め本なのだが、驚いたことに翻訳本も文庫本も原書すらも絶版になっているらしい。将来、自動車産業の研究をする人は早めに古本屋で買っておくべきであろう。本書もいつかは絶版になるであろう。ボクが本を売らない理由の一つでもある。

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