全力疾走!『新版 大阪名物 なにわみやげ』

2012年11月26日 印刷向け表示
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新版 大阪名物: なにわみやげ

作者:井上 理津子
出版社:創元社
発売日:2012-10-25
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文楽に嵌ってはや10年。年ごとに病膏肓に入り、今では大阪文楽劇場へも通うようになってしまった。せっかく大阪まで遠征するのだから、と舞台がはねたあとの食事や、何か美味しいものを買っていきたいと、いいガイドブックを探していた。5年ほど前、人から教えてもらったのが『大阪名物』。大阪在住の女性フリーライターふたりが、和菓子、洋菓子、乾物、食事、調味料、お酒、嗜好品、そして日用品から郷土玩具まで、大阪ならではの逸品を紹介しまくった本で、お店の薀蓄はもとより、自分ながらの食べ方やら店主の人柄、果ては個人的な思い出までを、思い入れたっぷり紹介し尽した名物案内の決定版だったのだ。

大阪名物

作者:井上 理津子
出版社:創元社
発売日:2006-08
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大阪の玄関口、空港や駅で一番売れるお土産が「赤福」で二番目が「八橋」、三番目が「神戸プリン」という話を聞いて呆然とし、「食い倒れ大阪」の威信をかけて編み上げた本書。それからの大阪の旅はいつも一緒だったので、使い込まれて今ではもうボロボロだ。ただ、この本には地図が載っていない。住所と電話番号、営業時間が書かれているだけだ。当時は携帯電話にナビはなく、別に買った大阪市内の地図と首っ引きで探すのだが、それがマニアックな店だったりすると1時間やそこら探すはめになった。評判が高く、手作りで少量生産のものは、何度売り切れに泣いたことか。

そして待望久しい『新版 大阪名物』がようやく発売になった。今度はありがたいことに地図も付いている。スマフォのナビもあるから、もう怖いものはない。しかし前の本がお役御免になったわけではない。情報は新陳代謝されなければならない。新店が載るのは当然だ。しかし今回は外れてしまったが相変わらず頑張っているところだって多いのだ。

季節は秋。今回、文楽劇場では久しぶりに「仮名手本忠臣蔵」が通しで演じられている。これは見逃すわけにはいかないとチケットを取り、どうせなら『新版 大阪名物』の店巡りも敢行しよう、と1泊多く宿を取る。はてさてどれだけ周れるか、全力疾走、出発進行!

新幹線が新大阪に着いたのが朝の9時前。ちょっと変わった朝食を取りたいと、予約しておいたのが「御舟かもめ」の朝食クルーズ。京阪天満橋駅そばの八軒家浜を出発し約1時間、コーヒーとパンとサラダをいただきながら、大川をゆっくりと船が行く。川から見える風景を、船長がいい具合に案内してくれる。川岸は桜の葉が紅葉真っ盛り。ああ、気持ちいい。

一周して、支払いをしたり片づけたりすると時間はもう11時。そろそろお店も開く頃だ。

いま食べたばかりだけど、なんか物足りない。荷物を宿へ置いてから、ここは定番「大黒」へ行くことにする。初代の『大阪名物』で一番最初に行った店、それが「大黒」だ。

道頓堀の大通りを少し入ったビルの谷間にある木造家屋。店の前には植木やら自転車やらが置かれていて、知らなければ目にも留まらないだろうが、知る人ぞ知るかやくご飯の名店である。創業は明治35年。名物かやくごはんとおかずを何品か取る。今回は鯖の塩焼きとカレイの煮つけ、キンピラに小芋の煮つけ。昼間っからビール!

この「大黒」、今回の本には載っていなかった。わずか14人しか入れない店内だから、これ以上有名になっても困るのかも。お店の方に、本で知って何回か来たと言うと「井上さん、東京へ行っちゃったんですってね」とご存じだった。

続いて行ったのが練り物の名店、大寅本店。この大寅、関西では知らない人はいないほど有名で、どこのデパートにも入っているのだけれど、本店でしか買えないものがある。それが「ハモ皮」。カマボコに使ったハモの皮を板状にして売っているのだ。神戸出身の夫は、これが大好物。千切りにしてきゅうりと酢の物にする。そして揚げたての天ぷら!東京近郊では、普通「さつまあげ」と呼ぶのだと思う。関西では、江戸前の衣がついた揚げ物も天ぷらだし、これも天ぷらと呼ぶので最初はちょっと混乱した。ちなみに、ころもの付いた天ぷらをウスターソースで食べるのには最初は仰天した。ここでは本に紹介されている、白上天と梅焼をはじめ、いろいろな“天ぷら”とカマボコなどなど詰め合わせにしてもらい、自宅へ発送をお願いする。

まだまだお腹はいっぱいなので、腹ごなしに、HONZ本『ノンフィクションはこれを読め!』のフェアをやってくださっている、ジュンク堂書店大阪本店とハーベストビレッジなんばパークス店にご挨拶。とんとんと話がまとまり、来年早々、大阪でトークショウを行う予定になった。詳細は決まり次第、後日改めて。

なんばパークスには新版で初めて知った「ナッツダム」が入っている。明治38年創業の豆専門店「豆新」が「ナッツダム」という店舗を展開しているのだそうだ。本に紹介されていたのは「デリピーナッツ」。千葉の半立ちという高級ブランドの未成熟豆を集めたもの。一袋200円。残りは5袋しかないので、買い占める。

ここから大阪天満宮ちかくの「和田萬」へ移動。ここはゴマの問屋さんだ。前の本で、探し探してたどり着いたところは、店舗がなくて花登筺のドラマのような蔵だった。小売りもしていますよ、と言われオススメの商品を買ったのだが、どれもこれも魂消るほど美味い。特に、110グラムで3000円近くする国産ゴマを使ったゴマ油は、黒も金も他では絶対に味わったことがないものだ。それ以降、大阪へ行くとここに寄って、ゴマ油を買い込むのが習慣になった。最近のお気に入りは和田萬特製のごま鍋の素「上方老舗ごま鍋奉行」。今では蔵を改造したおしゃれなお店も出来上がった。あっという間に1万円を超え、これも宅配をお願いする。

秋の日は釣瓶落としというけれど、あっという間に暗くなってきた。大急ぎで黒豆を買いに心斎橋近くの「岸澤屋」に行く。ここは今回初めてなので、ようやく探しあてると、なんともう年内の発送はおしまい、とシャッターが閉じている。そういえば、本にも11月の頭に売り切れる、と書いてあったっけ。ガーンとショックを受けて見回すと、自宅の入り口のようなところに小さな張り紙で「御用の方はインターフォンを」と書いてあった。恐る恐る押して黒豆が欲しいと尋ねると、売ってくれると中に案内された。小さなテーブルに無造作に瓶が並んでいる。黒豆と金柑煮を買って失礼する。

いよいよ真っ暗の中、新版で初登場し、すごく気になってた本わらび餅の「高岡福信」へ猛ダッシュ。寛永元年創業の大阪最古の和菓子屋だという。道修町に溶け込むような小さなお店で「わらび餅ありますか?」と勢い込んで入ったが「売り切れです」という無常の答え。「毎日お昼過ぎには出来ています」と言われたけれど、これは次回の宿題となった。

あっという間にとっぷり暮れた。足も痛いしお腹もすいた。今回、是が非でも行こうと思っていたお店に予約の電話を掛けると、幸いにも空いているという。前の本から気になってはいたのだけど「お寿司屋さん」ってお初はちょっと入りにくい。

店の名は「あばらや」という。本書からちょっと引いてみる。

ミナミで三十年飲んできた私も、三十年店をやっているママも、へぇこんなところがあったんかとびっくりするほど場末感漂う“昭和エレジー”な世界だった

いや、本当にそういうお店。無口な板前さんは二代目だという。小さな娘さんが店内を走り怒られている。店員の女の人(っていうかおばちゃん)に名物の鯖寿司をお願いし、その前にオススメを聞くと、鯛のあら煮がいいという。

鯖寿司はふたりで食べ切れるかなあ、でも余ったら持って帰ればよろしい、というので、お刺身をつまみながら日本酒をちびちび。出来上がった鯛のあら煮と鯖寿司の神々しさ!やっぱり食べきれずにホテルに持ち帰り、窓際に置いておいた鯖寿司の翌朝の美味しさったら!次回からはもっと買って帰ろう。

こんなに美味しいお店なのに、ずっと私たちふたりだけで、無口な板前さんも最後はおしゃべりしてくれた。11時までやっているというので、次の文楽から、帰りのご飯はここに決まりだわ。

さすがに一日ではこれが精いっぱい。「こんぶの土居」もなにわ野菜の漬物も今回はおあずけ、である。大阪は粉もんよ、とみんな言うけれど、もちろんそれも美味しいけれど『大阪名物』オススメの老舗の味もぜひに。

生ものは食べてしまったけれど、戦利品の一部。次の大阪遠征が楽しみだ。

≪追記≫

昨日、茶房高円寺書林で井上理津子さんのトークショウがあった。

『新版 大阪名物』に紹介されていた「白とろろ」「塩昆布」「もみじの天ぷら」「さいぼし」「たこやき」などを食べながら、飛田の話も交えて楽しい話を伺った。帰りにはおみやげに「アイゲン浴用石けん」もいただき、大満足の2時間を過ごした。本書をまとめるために、500種類以上を食べまくったそうだ。本には書けなかった裏話にはにんまり。美味しいものの話は楽しい。

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同時発売されたこちらもオススメ

関西名物: 上方みやげ

作者:井上 理津子
出版社:創元社
発売日:2012-10-25
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『ノンフィクションはこれを読め!』でも紹介されたこの本の著者も井上理津子。

さいごの色街 飛田

作者:井上 理津子
出版社:筑摩書房
発売日:2011-10-22
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内藤順のレビューもどうぞ。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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