男はつらいよ?『サムライとヤクザ』

2013年4月13日 印刷向け表示
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サムライとヤクザ: 「男」の来た道 (ちくま文庫)

作者:氏家 幹人
出版社:筑摩書房
発売日:2013-03-06
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はたして任侠道とは武士道の末裔なのだろうか。武士とヤクザは映画、ドラマ、小説からアニメまで様々なメディアで幅広く描かれている。両者は歌舞伎などの古典芸能に限らず、現代の国民にも絶大な人気を誇る「男」の形であることは間違いないだろう。どこか似た精神性を感じさせる。しかし根本的に何かが違う気もする。武士とヤクザの関係性とはどのよなものなのか。そこにはどんな歴史的関わりが存在するのだろうか。

そもそも、武士道とは江戸時代以前からある、「男道」に端を発する。熊沢蕃山という人が『集義外書』に「胴短めに足の長めなるが本の男の生まれつきとなる」と書いている。これは戦士たるもの抜刀をする際にこのような体型の方が有利であるということだ。つまり「本の男」とは戦う男のことを指している。藩山の時代(1619-92)は武士以外も帯刀しており、このことからも男道が武士に限られたものではないことがわかる。

ただやはり、日本国内で戦士の代表格といえば侍である。戦国の頃の侍にとっても「男」とは単なる生物学的な男性を指すのではなく、戦う「男」であることが求められた。時に侍は自らの犯した罪により、「男を止め」させられた。これは、戦闘員である侍から非戦闘員の身分に落とされる罰のことだ。「男」を止めさせられることは、戦士である侍にとっては死と同等の重みがあることなのだ。そしてそれは、後に発生する任侠道にとっても重要なことであった。侍と任侠は共に「男」を貫かねばならない点で同類なのだと著者は語る。

慶長17年に25歳の若者が江戸市中引廻しの上、磔にされる。大鳥逸平だ。この若者は当時、江戸を代表するかぶき者。幕府が大鳥らをを弾圧したのには大きなわけがある。これら、荒くれ者達の多くは武家奉公人なのだが、彼らの横の連帯は、主人として使える旗本への忠義以上に強固なものとなっていた。それは、政権にとって都合の良い縦の連帯から逸脱である。このような連中の数が増え続けることは、やっと天下を手に入れた徳川家にとって歓迎できるような事ではない。こうして戦乱の世の終息する中、男を貫こうとした彼らは次第に衰退していく。

だが、いつの時代にも戦士向きの男達は生まれる。大鳥らにとって変わった男達は旗本の不良青年たち。水野十郎左衛門に代表される旗本奴とそれに対抗した町奴だ。ところでこれら、かぶき者や旗本奴はその後の任侠とは大きな違いがあるように思う。彼らには、後の任侠に(実際の任侠というより、多分にイメージなのだが)見られるような「弱きを助け、強きを挫く」という精神が存在しないのだ。自らの綺羅を飾り、力と勇敢さを誇示することに重点がおかれている。その一方で町奴の代表格である幡随院長兵衛の本業は小普請人足の口利きであり、そのため社会的弱者に日常的に接していた。また行政の手からこぼれ落ちた諸問題などに直面することも多く、そのような問題に取り組むことで、彼らは男を磨いていたようなのだ。このことが弱者救済と反権力を内に秘めた、侠客精神に繋がっていく事になる。

だが、旗本奴、町奴も幕府によって弾圧される。その後は、武家奉公人である陸尺と呼ばれる駕籠かきが江戸の男伊達の座を占めることになる。一方で18世紀頃になると、旗本たちのは精神的に武装解除され、武士道は官僚の処世術のようになり果てていた。

陸尺たちは職業上、身長の規定があり、「上大座盃」と呼ばれるもっとも重宝された連中は176センチから182センチほどの長身であったという。屈強な体格で気性が荒く、喧嘩を重ね、徒党を組み、博打を打ち、大酒を飲む。そんな男達は当然ながら軟弱化した旗本を恐れず、気に入らない旗本に罵詈雑言を浴びせることもよくあったようだ。罵られた侍は聞こえないふりをしてやり過ごした。武家は彼らをコントロールできず困っていた反面、どうやら失われてしまった武威を、彼をはべらせることで体現させたいたようだ。

戦乱の時代、戦争を生業にしていた男達が、旗本や大名へと昇華していく中で、彼らは精神的に武装解除されていく。しかし、武力によって平和を構築した武家政権には、どうしても一定の武威が必要であった。ある程度の緊張関係をはらみつつ、武威を武家奉公人にアウトソーシングすることにより維持する武家。その中から、まれに傑出した男達が現れた。そんな彼らの精神や行動が実物以上に伝説化されることにより、キャラクター化されたヤクザと、武士道の亜流のような任侠道が出現した。武士道と任侠道は、遥かな昔から戦士たちの内に潜む行動規範や精神、そして美意識を内包しているという意味では同根なのである。そして、江戸の封建制度と長い平和の時代を経て、それぞれ別の形で発展した男の道である。それは多分に象徴的であり、必ずしも現実の男達を反映していないこともしばしばなのだが…

本物のヤクザは決してロマンチックな物ではない。それでも我々、日本人はキャラクターとしてのヤクザを愛している。かつて旗本達は彼らを忌み嫌いながらも彼らの武威に依存し、その男伊達に密かな賞賛を念を抱いていた。現代、草食系男子などと呼ばれて久しい私達にも、それと同じような思いがあるのかも知れない。自己の内から、失われてしまった「男」への渇望として、その存在を求め愛し続けているのではないだろうか。

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