人工言語とジョン・キハーダ

2013年4月9日 印刷向け表示
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青木薫さんによる連載の第二弾です。

 

読んでいただければわかると思いますが、執筆時期は今年始め。実は青木さんのFacebookにアップされたものです。とはいっても、このエントリー、ちょっと興奮してしまうほど、ものすごく面白いです。

 

今回まではFacebook上で公開された記事ですが、次回からはいよいよ、HONZが初出の書き下ろし連載となります。ということで、どうぞ!(土屋)

 

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というわけでお正月はハワイで過ごしたわけですが、家を出るときにニューヨーカー誌の最新号をバッグに詰め込んで出掛けました。薄くてかさ張りませんしね。そうしたらそのなかに、言語学に関するちょっと面白い記事があったんです。人工言語に関する話でした。

 

ところで、私のラテン語つながりの友達の多くは、語学プロまたは語学猛者なわけです。そういう人たちに比べると、私などは、語学の人ではありません。人工言語にもまったく興味を持ったことはありませんでした。しかし、ニューヨーカーの記事はHISTORICAL REVIEWをしてくれることが多いので、この際だからちょっと人工言語周りのことも知っておこうかな、と思ったわけです。

 

歴史的なことを言うと、記録に残っている完全な人工言語として最も古いのは、かのヒルデガルト・フォン・ビンゲンのアレだそうです。あと、ライプニッツ、ベーコン、デカルトの時代には、出来損ないのような自然言語よりはましな言語を作ることにより、人間性を向上させる、みたいな目標が掲げられていたようです。それに対して現代に人工言語作りをする人たちは、たいてい趣味というか、マニアな感覚でやる傾向があるようです。

 

あと、トールキンには人工言語作りという「秘密の趣味」?があり、指輪物語は、自分の作った三つの言語が話されているような世界を、ファンタジーの中で作るために描いた作品なのだそうですね。有名な話らしいですが、私は知りませんでした。このほかにも、色々と面白い話題がありました。

 

で、この記事の主人公とも言うべき人物は、ジョン・キハーダと言うアメリカの言語学者です。キハーダは、メキシコからアメリカに移住してきた両親のもとに生まれ、子供時代は一卵性双生児の兄弟と二人の間だけでしか通じない言葉で話し合っていたそうです。このようなことは、一卵性双生児の間では、ちょっと意外なほどよくある現象なのだそうです。

 

大学時代は、さまざまな言語の文法を学ぶことに没頭し、そうするうちに、「どんな言語にも、少なくとも一つは他のいかなる言語よりも優れた点がある」と思うようになったそうです。例えば、アボリジニの言葉には、自己中心的な視点がなく、右足・左足という言い方をしないで、北足・南足(九十度回転すれば西足・東足になる)とか。また、自分が記述していることは、直接的体験なのか、伝聞なのか、推測なのか、等々を明確にしない限り、文法的に正しい文章は書けないという言語など(ラテン語もちょっとそういうところがありますよね)。若い頃のキハーダは、「様々な言語のクールなところだけを寄せ集めた言葉を作る」という目標にそって、いろいろな取り組みをしていたようです。

 

といっても、彼の場合、家が貧乏だったので大学院に行くなんて考えることもできず(奨学金のことをなど考えもしなかった)公務員として働きながら、趣味で人工言語作りをしていたそうです。

 

そうこうするうちに1980年、「われわれがその中で生きるところのメタファー」とかいう本も読んで多大な影響を受け(おそらくは著者の意図とは逆に)、メタファーを極力排除した、明確な言語作りたいと思うようになりました。自分が何を考え、何を言おうとしているのかを明らかにするよう、その言語の使い手に「強いる」ような言葉を作りたいと言うのです。

 

そうしてできたのが、イスクイルと言う言葉でした。キハーダがイスクイルを公開して以来、徐々にこの言語に対する評価が高まり、特にロシア方面から熱烈歓迎のエールが来るようになったらしいのです。ここら辺から、話は妙な方向に進展していきます。

 

キエフで開かれた国際会議に招かれたキハーダは、そこで、自分の作った言語がとんでもないプロジェクトにまきこまれていることを知ります。なんというか、 (その背景には、サイコサイバネティクスという、大雑把に言うと、こうなりたいと考えればそうなれるみたいな?思想もあるらしいんですが)イスクイルを使って、真の超人と呼べるような人間を作り、その集団で世界を支配するという、ニーチェ&極右ナショナリズム(&反ユダヤ主義)のムーブメントがあるらしいのです。悪い冗談のような話ですが、これが冗談ではないのですね。

 

キハーダとしては「勘弁して」という気分だったようで、そんなムーブメントにかかわる気持ちはさらさらなく、イスクイルそのものについても、 「自分がやりたかったことはすでにやり切った」と言う、「すでにおわったプロジェクト」という気持ちなのだそうです。

 

なんにせよ、人工言語を公開した人たちは常に、その言語が進化したり、滅びたりするのを、基本的には指をくわえてみるしかないのですよね。

 

(一時は、エスペラント以上に普及した人工言語が、その言語の作者が「自分以外の人間が新しい単語を付け加えることを禁止する」と言い出したために、滅びたというケースもあるようです。)

 

最後に、ちょっと感じをつかむために、キハーダ自身が講演で使った例を挙げてみます。

 

デュシャンのnude descending a staircaseを英語で記述すると、

 

An imaginary representation of a nude woman in the midst of descending a stairacase in a step-by-step series of tightly integrated ambulatory bodily movements which combine into a three-dimensional wake behind her, forming a timeless, emergent whole to be considered intellectually, emotionally, and aethetically.

 

となるとすると、これをイスクイルでやると(髭やら記号やら省略です。感じだけ)

 

Aukkras equtta ogveula tnouelkwa pal-lsi augwaikstulmanbu.

 

で完了だそうです。キハーダは「最大限にコンサイスで最大限にプリサイス」な言語を創りたかったそうです。

 

まぁ、いろいろと面白く、考えさせられる記事でした。

 

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