『世界の軍用犬の物語』戦場を駆ける犬

2013年8月8日 印刷向け表示
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世界の軍用犬の物語

作者:ナイジェル オールソップ
出版社:エクスナレッジ
発売日:2013-07-03
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犬はもっとも古くに家畜化された動物だ。イスラエルでは1万2千年ほど前の狩猟採集民の埋葬地から、人と共に埋葬された犬の遺体が発見されている。人類にとって最も古い家畜であり友でもある犬たちだが、もうひとつの側面を持つ。犬は人類が編み出した最初の生物兵器といってもいいのではないか。古代ローマではマスティフに似た犬種の中でも大型のものを選んで交配させ、大きく強い軍用犬を生み出していた。戦場でこれらの犬たちは、スパイクを打った首輪をはめ、戦場を駆け巡った。

さらに犬の優れた嗅覚は野営地の防御などにも役立つ。なんと犬たちは1キロ以上離れた敵の匂いをもかぎ分けるのだ。また9メートルも水に潜った敵の匂いをも嗅ぎ分けることが最近の研究で発見されている。この特性を生かし、2千年以上前から犬たちは人間の戦友として、そして兵器として、様々な時代の様々な戦場で、攻撃、防御、通信などの重要な任務に就いていたのである。

第一次世界大戦では多くの軍用犬が戦場に投入される。特に開戦当初から組織的にかつ大規模に軍用犬を投入したのはドイツとフランスのようだ。本書ではこれらの国に加え、イギリス、アメリカの軍用犬の記述に多くを割いている。現代でもこの四ヶ国は世界的な軍用犬大国の観がある。フランスに至っては軍用犬に関する殆どの事柄が軍事機密となっているほどだ。

ドイツが宣戦布告(第一次世界大戦)をしたとき、陸軍では6千頭に及ぶ軍用犬が訓練済みであったという。特に画期的だったのが「衛生犬」と呼ばれた軍用犬で、戦死者と負傷者を区別し、戦場で負傷した兵士を捜索し医薬品を届けたり、救護班を導いたりした。これは塹壕戦が主であった、この戦争で多くの兵士の命を救う。両軍が塹壕を挟み攻撃と防御が繰り返された第一次世界大戦では、負傷し動けなくなった兵士が塹壕同士の中間地に置きざりにされるケースが多かった。

東部戦線では数千人の負傷者が「衛生犬」によって命を救われたと公文書にも記録されている。当初イギリス、フランスはこのような救護活動に犬は使えないと判断しており、ドイツのみが「衛生犬」の開発に成功していた。

また、伝令犬も同大戦では重要な存在だ。敵味方が複雑に入り乱れ膠着した戦場で、人間の伝令が命令書を届けるのは至難の業だ。敵の通信を遮断するため伝令兵は集中的に射殺される。

イギリスは伝令犬の使用に際しまさかのミスを犯した。伝令犬は伝令を別の陣地に届けたあと、返信を受けて戻る必要がある。イギリスの犬は伝令を届け、返信を受け取り、元の陣地に戻るとハンドラーから餌がもらえるように訓練されていた。しかし、出先の陣地で軍用犬を見た兵士たちがご褒美に餌を与えてしまい、返信用の伝令を元の陣地に届けなくなるという事態が続発したというのだ。これに比べドイツ軍は一頭の犬に2名のハンドラーを付け、犬はハンドラー同士の間を行ったり来たりするように訓練されていた。戦争に負けたとはいえ、ドイツの合理主義が冴えていると言うべきか。

しかし、ドイツの軍用犬には過酷な運命が待っていた。戦争に負けたドイツでは多くの軍用犬を賄うことができないとし、軍用犬の殆どが殺処分されたという。この軍用犬の運命はドイツに限らない。なんとアメリカではつい最近、2000年に至るまで海外に派遣され引退した軍用犬を安楽死させていたというのだ。また、検疫問題で置き去りにされる軍用犬も多く、ベトナム戦争では多くの軍用犬が置き去りにされるか安楽死させられている。実に悲しい事実だ。

またソ連ではAT犬という戦車の下に潜り込み戦車を爆破する犬が第二次世界大戦で使われ、300両のドイツ戦車を破壊した。この伝統は現代のロシアにも受け継がれている。スペツナズが、高度な訓練を受けた犬に高性能爆薬と高性能無線起爆装置を搭載し、敵のミサイル基地や陣地を爆破させるための軍用犬を保有している。非情な話だが味方の人的被害と戦果とを合理的に突き詰めていくと、ときに人はこのような結論を導きだすのだろう。

ところで、ハイテク兵器が目覚ましく発展する現代に、軍用犬など原始的ではないか。と思う人も多いのではないだろうか。しかし、本書によると各国の軍隊はむしろ軍用犬の数を増やしているという。

イラクやアフガニスタンのような非対象戦争では、テロや小規模な襲撃にさしてハイテク兵器よりも柔軟性に優れ、様々な用途に使用できる軍用犬の役割は増している。特に現代では爆発物探知犬や地雷探知犬は重要な存在だ。フットボール競技場くらいの地雷原を人間が処理しようと思えば丸1日かかる仕事だが、地雷探知犬なら1時間で済むという。

アフガニスタンなどの仕掛け爆弾は、金属の使われていない単純な構造の物が多く、機械では探知できない可能性が高い。だが、爆発物探知犬ならば高確率で探知できる。今も戦場では多くの犬たちが兵士の命を救っているのである。もし自衛隊を国防軍にするのであれば、日本も再び本格的な軍用犬の運用を学ぶことになるだろう。(空自と海自では現在も歩哨犬が存在する

犬は私たちの友である。時に私たちの心を癒し、励まし、元気づけてくれる。また先祖たちは生きていくために必要な狩猟のパートナーとして犬たちを利用してきた。狼の一部が人間に家畜化されることを受け入れたとき、彼らと私たちの共生関係は生まれた。それは人間の営みにどこまでも深く犬たちが関わるということだ。当然ながら戦争という人間のもっとも本質的な部分にも、犬たちは深く関わることになる。人によっては、野蛮な行為に思えるかもしれない。しかし、私は本書を読んでその事の良否を問うとは思わない。ただ、遠い戦場で今日も命を危険に晒しながら、人に寄り添い、人の命を支えて生きる犬たちが存在する。そしてそれは太古から変わることなく繰り返されているひとつの風景なのだ。

私は猫派という方は「青木薫のサイエンス通信」のこちらのレビューをどうぞ。

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