『太陽 大異変』地球への影響

2013年8月5日 印刷向け表示
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太陽 大異変 スーパーフレアが地球を襲う日 (朝日新書)

作者:柴田一成
出版社:朝日新聞出版
発売日:2013-06-13
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1989年3月13日、カナダのケベック州で大停電が起こった。変電所や発電所が突如破壊され、9時間も停電続いたのだ。被害に遭ったのは、およそ600万人、経済的な損害は100億円を超えた。そして不気味にも同時に全米一帯を覆い尽くすようにオーロラが発生したのである。

当時、冷戦の真っ只中であったため、多くの人々は核攻撃が始まったと心配したそうだ。しかし、この大停電をもたらした真犯人は太陽だったことが後々判明する。太陽面での爆発(太陽フレア)によって発生した大量のプラズマが地球に到来し、変電所の許容範囲を超える大電流が流れたため、停電が起こったのである。この動画(出典:NASA/ Walt Feimer)を観てもらえれば、なんとなく、とてつもないことが起こったことが分かるだろう。

最近、1989年に起こったフレアの数1000倍もの規模のスーパーフレアが太陽で起こる可能性が著者含む日本の研究者たちによって示唆された(というか論文が発表されたのは2013年6月なので本稿の2ヶ月前)。万が一、太陽でスーパーフレアが起きた場合、想像を絶する量のプラズマやX線放射が地球に到達することになり、多くの人々が被爆し、地球全体で通信障害や大停電が発生してしまうだろう。そうなれば世界中の原子力発電所の電源が喪失され、制御できなくなってしまうという恐ろしい事態に発展しかねない。

理論的には1000年に一度くらいの頻度でこのスーパーフレアが発生するといわれており、実際に屋久杉の年輪を調べる研究者らは、約1300年前の年輪にスーパーフレアの影響らしき跡を見つけている。スーパーフレアは、過去の生物大量絶滅をもたらした容疑者候補としても考えられており、古生物学者たちが因果関係を調べ始めたところだ。

ともあれ、本書は警告の書などではなく、太陽研究の中でもこれまであまり焦点が浴びてこなかった太陽フレアの仕組みをしっかり説明してくれる良書である。著者は宇宙物理学者で、京大理学研究科附属天文台長の柴田一成氏。前著『太陽の科学』は、本好きならビビっとくるであろう『渋滞学』『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』『チェンジング・ブルー』などと同じく、講談社科学出版賞を受賞しており、最新の研究をバランス良く分かりやすく説明してくれる宇宙物理学者である。なお、本書では太陽フレアの解説に留まらず、磁気に基づいた宇宙理論を展開しており、アインシュタインの一般相対性理論など重力に基づく宇宙論に飽きてきたサイエンスファンにもオススメできる内容である。

もちろん、近年注目を集めている黒点に関しても一章割いて説明し、そのメカニズムから最新の動向を解説してくれている。近年、徐々に話題になりつつある黒点数の低下にも触れている。現在の太陽では黒点数が少ない時期が長く続いており、地球寒冷化が心配されているのだ。もし本当に寒冷化が進むのであれば、マウンダー極小期(1640〜1710年ごろ)と同じく、農作物の不作が続いたり、感染症が拡大したりする可能性があり、温暖化対策以上の国際政治経済問題に発展するだろう。

随所に薀蓄が散りばめられているのも本書のウリだ。例えば、太陽を表す「日」という漢字の真ん中の棒は、もともとは点であり、太陽に写る黒い物体、つまりは黒点を表していたそうだ。しかし、漢字を生んだ古代中国では黒点という概念がまだなく、その黒い物体は太陽を横切って飛ぶ「カラス」だと思われていたようである。これが後に日本に渡って「八咫烏」になる。サッカー日本代表がユニフォームにつけているシンボルマークは、もとは黒点だったと知れば、ちょっとは酒のネタになる!?

著者は、2005年から、太陽活動に伴う地球周辺の宇宙環境の変化を予測する「宇宙天気予報」のプロジェクトのリーダーを務めているそうだ。太陽フレアやそれに伴う太陽風などの影響をコンピューターシミュレーションを用いてモデル化し、太陽フレアが起こった際に地球上のどの地域で大きな被害が出るかを予測できるようにするという。この研究が順調に進めば、いつか発生するスーパーフレアに準備するため、社会インフラは抜本的な工事を行うようになり、莫大なお金が動きそうである。うーん、こんなところに金の卵があったとは。

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もう一人の有名な太陽研究者といえば常田佐久氏。『太陽に何が起きているか 』成毛眞のレビューはこちら

太陽に何が起きているか (文春新書)

作者:常田 佐久
出版社:文藝春秋
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