京都の対極? 『冷泉家八〇〇年の「守る力」』vs『人生、行きがかりじょう』

2013年10月14日 印刷向け表示
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冷泉家 八〇〇年の「守る力」 (集英社新書)

作者:冷泉 貴実子
出版社:集英社
発売日:2013-08-21
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面白いだろうと思って買った本が面白かったらうれしい。しかし、まぁ教養のために読んどこかぁ程度に思って買った本が面白かったら、もっとうれしい。すこし失礼かもしれないけれど、わたしにとって、『冷泉家八〇〇年の「守る力」』は、そんな本だった。

藤原定家の息子、初代の冷泉為家まで800年を遡ることができる、天皇家に仕えた和歌の家系。日本でも屈指の名家の話である。タイトルもちょいと大仰であるし、固い本なのであろうと思いながら買った。こういう本はえてして積ん読のまま運命を終えることが多いのであるが、読めば爽やか軽快で、そうかそうかそうなのかと、予想外の一気読み。

冷泉家といえば、なんといっても、定家の日記である明月記をはじめ、国宝5件、重要文化財47件などが納められている御文庫である。公家とはいえ、ひとつの家の蔵で、これだけの文章が維持されてきたというのは、奇跡に近い。実際、冷泉家代々のたゆまぬ努力と、いくつかの幸運な偶然があったからこそ、俊成や定家自筆の本が無傷で残されたのだ。

守られてきたものは文章だけではない。平安時代以来、公家の祭事と年中行事が『有職故実』に則って、毎年毎年、季節や節季ごとに繰り返し正確におこなわれてきた。そうやっておこなわれる多くのしきたりに意味はない。しかし、『すべて決まりごとは決まりごととして、徹底的に守ること』が大事なのだという。

“なぜそうするのかを問うのは意味がありません。昔からしているからそうする。

間違えないように同じことをする、これが何よりも大事なことです。”

我々が忘れてしまっている美しい文化はこうやって守られてきた。

『冷泉家でいえば、俊成さんは非常に優秀な人、秀才中の秀才で、定家さんは天才だと思います。』などという言葉をさらっといえるのは、家のなす技としか言いようがない。謙遜もあるだろうが、定家以降『冷泉家はひとりも天才を生まなかった』という。そして、そのことが、冷泉家の代々、それなりの人がそこそこやってきたことこそが『二十五代も冷泉家が続いてきた大きな理由』だとおっしゃるのである。

“世の中、べつに、それほど人と違わなくてもいいのです。人と違うことを声高に言いつのったり、声高にものを言う人ばかりで世間が動いているわけではありません。”

なるほど八百年の知恵というのは傾聴に値する。

と、この本をしみじみと読んだ日に、偶然、まったく違った京都人の本がアマゾンから届けられた。知る人ぞ知る京都の酒場ライター・バッキー井上が『全部ゆるしてゴキゲンに』語りおろした伝記『人生、行きがかりじょう』である。

人生、行きがかりじょう――全部ゆるしてゴキゲンに (22世紀を生きる)

作者:バッキー井上
出版社:ミシマ社
発売日:2013-09-26
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共通の知人が多いので、しょっちゅう噂を聞くし、遠目に遭遇したことはあるのだが、バッキーさんとは話をしたことがない。愛情をこめて『江なぁ、うっとうしい奴やったで、ほんま。』と紹介されている、だんじりエディター・江弘毅によると『錦で漬け物屋(つけもんや、と読んでください)やっとるバッキー井上いうむちゃくちゃおもろい奴おるんですわぁ。』という感じの『錦・高倉屋』の主人である。

高倉屋は、京の台所とも言われる、あの錦市場の東側の入り口近くにある間口の広い立派な漬け物屋さんである。きっと先祖代々、由緒ある漬け物屋なのだろうと勝手に思い込んでいた。しかし、ちがった。行きがかりじょう、のお店だった。

三十代半ば、錦市場の中に平屋の借家を借りることになって『商店街の中だし、「なんかしなあかんわ」とも思ったわけ。それで、「漬け物屋をしようと思った。」』とは、しぶすぎる。ちゃんとした経緯や経験があったりしたら、行きがかりじょうにはならない。漬け物屋を始めた理由は『俺が漬け物屋っぽい顔をしてないからやと思う。』って、理由にもなにもなってない。そんな、ほんまかいな的『行きがかりじょう話』がこれでもかと繰り広げられる。

『まぁ、わりとハンサムやったからね』と豪語するだけあって、男前である。その上、『自称、忍び・スパイ・手練れ』である。いよいよ訳がわからない。漬け物屋をはじめるまでの職歴は、水道工事、クリエーター、演出家、シェフ、画家、『ひとり電通』となづけた広告代理店。やっぱり行きがかりじょう、というしかないのである。

若いころには、行きがかりじょうで、やくざに刺されたことまであるという。いちばん笑ったのは、このエピソードである。そんなところで笑うなんて不謹慎な、と思われるかもしれないが、読んだら絶対笑えてしまう。保証する。ウソだと思ったら本屋さんでp.20を立ち読みしたらいい。

“「もうひとつや」って言う人自身が修業不足だ”

“撮った料理はまずくなる”

“かっこええおっさんはかっこ悪いところがあるからかっこええ”

行きがかりじょう生み出されてきたこんな酒場ライター哲学をおもろいとわからん奴はこの本読まんでええ、と、江弘毅風に思う。

『「必要なものだけ生き残れる」だったら、俺は生き残れなかった。』と、バッキー井上は言う。『俺』を『冷泉家』に置きかえても意味は通じてしまうだろう。『守る力』と『行きがかりじょう』が、さりげなく通底しているのが京都の奥深さだ。

”変わらないものやことがあるというのは私たちに安らぎを与えてくれます。また、季節の移ろいを感じることができることは幸せなことです。繰り返す季節の移ろいや歳時記や節季があることで一年が年輪のように思えます。未知なる時間を進んでいるのだけれど、いつか通った感じがして安心するのでしょうか。”

という冷泉貴実子の言葉で、悠久の古都・京都のすばらしさに思いをはせながら、今回は美しく締めくくってみたい。

と、言いたいところなのであるが、驚くなかれ、この文章はバッキー井上が高倉屋のカタログに書いた文章なのである。『八〇〇年』vs『行きがかりじょう』。いうてみたら対極にあるような二人の本やのに、根っこがいっしょやんか、やっぱりすごすぎるやんか、と、京都という町の底力にひとり勝手に恐れ入ってしまった秋の一日なのであった。

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京都店特撰―たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯っている。

作者:バッキー井上
出版社:140B
発売日:2009-08-08
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バッキー井上の魅力満載!ちょっと訳わからん感がたまりません。

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飲み食い世界一の大阪 そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの

作者:江 弘毅
出版社:ミシマ社
発売日:2012-12-14
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バッキー井上に酒場ライターへの道を拓いた江弘毅の本。バッキーさんも私もちろっと登場するハモをめぐる激論はこちら

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京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)

作者:鷲田 清一
出版社:講談社
発売日:2013-04-11
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京都を愛する哲学者、鷲田清一先生の一風変わった京都案内。足立真穂によるHONZレビューあり。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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