マンガHONZ応募レビュー『ヴォイニッチホテル』by 永田 希

永田 希2014年01月25日 印刷向け表示
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ヴォイニッチホテル 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)
作者:道満 晴明
出版社:秋田書店
発売日:2010-11-19
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とあるホテルに、とある日本人青年が迷い込む、というところから物語は始まります。この日本人の青年「タイゾウ」は、作品開始直後、最初の2ページでホテルのロビーに到着した途端、なんといきなり眠りに落ちてしまいます。

疲労のためなのか、謎の毒虫に刺されたためなのかもわからないまま、タイゾウは高熱に苦しみます。

タイゾウは、謎の毒虫「ツエツエコウモンフグリアブ」に刺されたかも知れない、と言われるのですが、自分が本当にこの虫に刺されたのか、その真偽すらわからりません。この虫に刺されると、高熱とともに幻覚症状がみられる、最悪死んでしまうのだ、と「ホテルのルームメイド」は言います。

この物語自体が「タイゾウが見ている幻覚」の可能性があります。もしくは、生死の境を彷徨っているタイゾウが見ている今際の夢の可能性すらあります。

さて、その昏睡状態から生還したタイゾウを待ち受けているのは、綺想に満ちた日々。タイゾウが泊まるホテルは「幽霊ホテル」と言われます。タイゾウが訪れたこの島そのものが、殺し屋や幽霊が徘徊する元植民地なのです。

かつてスペインに侵略されたときに殺された魔女三姉妹の伝説、大戦中に日本軍が遺した「傷(作中に登場する少年たちの身体に刻まれています)」。痛ましい歴史の痕跡をタイゾウと読者は目にすることになります…と書くと凄く真面目な作品みたいですね。

凝りに凝った表現の数々

この作品には、このように重層的でシリアスな作品として読めるという側面もあります。しかし本作はさらに「アキハバラ」「オンラインゲーム」といった唐突なモチーフを話に挿入したり、ナンセンスなギャグを盛り込んだりすることで、シリアスな雰囲気をどんどん希釈してしまいます。

もうひとつ特徴的なのがセクシャルな表現。キャラたちは濃厚なエロスを放出しています。個性派エロ漫画誌『快楽天』出身という作者の経歴は伊達ではありません。

本作がナンバーワンである理由

重層的な語りもシリアスな世界設定もそれだけで誇ることをせず、エロスとナンセンスと不穏な雰囲気を作中に充満させている本作。

この作品が持つ不思議な雰囲気が印象に残れば残るほど、そこに染み付いた人々の呪いの重みが感じられ、不穏さを無視できなくなるような感じがしてきます。読者が苦笑とともに「いやいやおかしいだろそれは」と思ってきたナンセンスギャグのような設定が、いつか一度に清算することを求められ世界そのものが崩壊しそうな気配というか。

短篇集『ニッケルオデオン』でも披露される、作者の残酷でありながら同時に胸に沁みるような優しい物語作りの手つきが本作にも発揮され、登場人物たちを幸せな結末に導いてくれることを願わずにはいられません。
 

 永田 希
Book News」を運営している'79年生まれ男性(アメリカ合衆国コネチカット州産)その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。フリーター・会社員・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートに回答しています。
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