2004年に既にOculusが描かれていた!!『ルサンチマン』マンガHONZ応募レビュー by 山田 義久

山田 義久2014年01月26日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ルサンチマン 新装版 上 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:花沢 健吾
出版社:小学館
発売日:2012-10-30
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
ルサンチマン 新装版 下 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:花沢 健吾
出版社:小学館
発売日:2012-11-30
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

この漫画は10年早い。

今、情報端末の将来について、ウェアラブル端末、またそれを用いたAR(Augmented Reality:拡張現実)やVR(Virtual Reality:仮想現実)の可能性が注目されているが、そのテーマの議論において、今後この作品『ルサンチマン』が一石を投じる可能性があると思う。なぜなら、バーチャルな世界に人間の欲望を炸裂させると何が起こりうるか、残酷なまでリアルに描こうとした作品だからである。連載が開始したのは2004年。その段階で、2014年以降本格的に到来が見込まれるVRの世界をここまで具体的に予言してるのは、本当に凄すぎる。まさに10年早い。

もう正直に言おう。今、VRの世界で活躍する人、そして今後活躍しようとする人の中で、この作品を知らない人はいない。そのくらい水面下ではインパクトがあった作品であり、VR界隈の有志達はこの作品が描く「バーチャル」な世界を実現すべく、まさに今も日夜奔走しているだ。

著者は『ボーイズ・オン・ザ・ラン』、『アイアムアヒーロー』ですっかりメジャーになった花沢健吾。しかし、この知る人ぞ知るデビュー作こそ最高傑作であり、より評価されるべきと強く思う。

舞台は2015年の東京。主人公の坂本は30歳手前のデブ・ハゲで人付き合いの苦手な男性。いわゆる女性から生理的に嫌われるタイプ。

(主人公の坂本。現実の女性との交際を諦めるシーン 出所:第1話 誕生)

それを自覚する彼は、ある日、現実の女性との出会いを諦め、流行する最先端オンラインゲーム上の仮想彼女との恋愛に没頭していく。仮想彼女は、電気屋街でソフトウェアとして販売されている。プレイヤーは、パソコンにそのソフトウェアをインストールして、専用のグローブ、ヘッドギア(Oculus Riftを予言!)を装着し、バーチャルなゲームの世界に入り、その彼女に会いにいく。そのゲームの世界、仮想世界では、自分の外見を作り変えることができる上、仮想彼女は最初から自分のことを好きでいるようにプログラムされている。よって、各プレーヤーは思い通りの恋愛を楽しむことができる(別売りボディースーツ+キットを買えばセックスも可)。

(ヘッドギアとボディスーツを身にまとった坂本。あと股間に専用キットをはめ込めば完成。ヘッドギアはまるでOculus Rift。出所:第34話 永い夜)

そして、坂本も仮想世界に入り、購入した仮想彼女、月子に自分の欲望をぶつけようとする。しかし、その月子は、購入者である坂本を好きになるようにプログラムされていなかった。その理由を含めた月子の秘密について、坂本と、仮想世界を愛しすぎて命まで捧げる覚悟の友人「越後」が、協力しながら探っていく、というのがメインストーリーである。

そんな彼らの冒険の舞台、仮想世界の設定が緻密で素晴らしい。仮想世界は、美少女、アクション、RPG等あらゆる種類のゲーマーが都市を形成し共存する壮大な世界。中世のように対立する勢力もある。実際、第二次「仮想世界」大戦も起こっており、各勢力はそんな歴史を経てパワーバランスで安定を保つ。一方、各都市では衣食住をはじめ、様々な欲望を満たすための産業が高度に発達し、住民達はそれぞれ生活を営んでいる。

(仮想現実の世界の設定はかなり緻密。巻末に地図もある。 出所:第8話 好きな人)

実は、月子は、そんな仮想世界全体を創り上げた人工知能システムと関係があり、彼女を通じて仮想世界を支配しようとする勢力に狙われることになる。坂本は、彼女を守るためゴタゴタに巻き込まれながら、月子の真実を解明していく。そして、各場面で自分の決断と行動を試されていく。そんな仮想世界にのめり込む坂本にも、現実世界に彼を受け入れる女性が現れてしまったり、ストーリーは「現実」と「仮想」を股がりながら複雑に展開していく。

(出所:第48話 決断)

しかし、クライマックスに近づくにつれストーリーは見事に収束していき、最後は仮想・現実世界全体を巻き込んだ大団円。他の登場人物の悲しい事実も明かされ、読後はこの作品全体のスケール感に圧倒されること必至である。

冒頭に述べた介した未来予測的な意味だけでなく、物語としての完成度も素晴らしいこの作品。マンガHONZをきっかけとして再評価されることを切望したい。

※なお、すべて読んだ後、4巻の表紙を見ると泣けるので、是非試してほしい。こういう細かい仕掛けも本当に素晴らしい。

Kindle版はこちら。

ルサンチマン(1) (ビッグコミックス)
作者:花沢健吾
出版社:小学館
発売日:2004-05-28
  • Amazon Kindle
ルサンチマン(2) (ビッグコミックス)
作者:花沢健吾
出版社:小学館
発売日:2004-07-30
  • Amazon Kindle
ルサンチマン(3) (ビッグコミックス)
作者:花沢健吾
出版社:小学館
発売日:2004-11-30
  • Amazon Kindle
ルサンチマン(4) (ビッグコミックス)
作者:花沢健吾
出版社:小学館
発売日:2005-03-30

補足

花沢氏の作品群について、別の側面から掘り下げてみたい。

本作『ルサンチマン』も含め、花沢氏の作品の登場人物は、行動、紡ぐ言葉、葛藤が痛々しいくらいリアルである。ブスをブスとして、ブサイクをブサイクとして、クズをクズとして、世の不条理や人間のネガティブな側面を正面から描ききる。それにより、登場人物に強烈なリアリティを与えているように感じる。

そんな花沢氏の創作の原体験を知れる一冊の本がある。

人間コク宝 まんが道
作者:吉田 豪
出版社:コアマガジン
発売日:2012-09-18
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

この本は、『カイジ』『最強伝説 黒沢』の福本伸行、『デトロイト・メタル・シティ』『みんな!エスパーだよ!』の若杉公徳、『海猿』『ブラックジャックによろしく』の佐藤秀峰、『バキ』『謝男』の板垣恵介等、今第一線で活躍する漫画家達に、プロインタビュアー吉田豪が一人一人インタビューしていくという、「漫画好きでこれ読んでないとかモグリだろ」といいたくなる一冊である。

この本の中で、花沢氏も長いインタビューに答えているのだが、若い頃、自分の性に対する欲望が満たされず、その時に受けた劣等感や鬱屈した感情が未だに心に刺さっていることを赤裸々に語っている。「高校時代に女子と話した時間が数分しかない」、「漫画を描いていなかったら、たぶん今でも素人童貞だ」等の熱いエピソード満載だ。

しかし、よくよく読み進めると、その実体験で蓄積した劣等感や鬱屈した感情をそのまま作品の世界観とし、また登場人物に体現させていることが、強烈なリアリティの源泉になっていることが分かる。実際、多くの登場人物は、自分または、その他実在の人物がモデルとなっていることを花沢氏自身が語っている(なお、花沢氏は人物描写以外の部分でも現実主義者であり、何と、死体の絵を描くために富士樹海に死体の臭いを嗅ぎに行ったという凄まじいエピソードも語られている)。

つまり花沢氏は、自分のルサンチマン(強者に対しての、弱者の憤りや怨恨)を作品上にそのまま表現しているといえる。奇しくもこのデビュー作のタイトルが、まさにこの言葉と一致するのは何とも象徴的である。

このような花沢氏のエピソードを読んで脳裏に浮かぶのが、「若い頃の強烈な劣等感は、その後、創造性に昇華する可能性がある」のではないか、ということである。
この仮説を信じるのなら、多かれ少なかれ誰でも持ちうる「劣等感」について、通念とは真逆のポジティブな解釈ができそうだ。
花沢氏の作品は、そのような可能性も示唆する希望の書であることを指摘したい。

『人間コク宝』のなかで吉田氏も、漫画家を取材する時には「童貞を引きずっているかどうか」が主なテーマと明言し、他の漫画家に対しても、どのように童貞を卒業したか詰問している。作品の独創性が、(我々男性が持つ劣等感の親玉たる)その論点と密に繋がっている、と見抜かれているからでないだろうか。このテーマに興味を持った場合は同書を通読することもオススメしたい。

山田 義久
1979年生まれ、滋賀県西部出身。18歳~23歳までフランス・グルノーブル第二大学経済学部、の近くにあるスキー場で多くの時間を過ごす。現在は東京で働く。
活字中毒という程ではないが、自分にとって読書は呼吸に近い。至極マニアックなテーマ(例:ビアフラ戦争)について、新刊・休刊問わずAmazonで買いつくす絨毯爆撃型で、ノンフィクションを中心に濫読・多読・積ん読。マンガはレンタル派。パリのジュンク堂で、居並ぶ世界遺産をよそに丸一日マンガを立ち読みしたことあり。最近はフリークライミング、キックボクシング、糖質制限、Perl、GoPro、射撃にはまり、猪肉が好きすぎて狩猟免許も取得。自分の好奇心には嘘をつかないことにしている。
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事