目が点になる歴史マンガ『風雲児たち』

佐渡島 庸平2014年02月04日 印刷向け表示
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風雲児たち (1) (SPコミックス)
作者:みなもと 太郎
出版社:リイド社
発売日:2002-03-28
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目が点になる。驚いた時に使うこの言葉を知らない人はいないだろう。しかし、この言葉を産み出したのが、漫画家のみなもと太郎であることを知っている人は少ないはずだ。マンガの中で、驚いている人の目を点で表現したところ、それを他の漫画家がどんどん真似て、一般的な表現となり、日本語として定着したのだ。みなもと太郎は、言葉を産み出すレベルの創造力を持った漫画家である。そして『風雲児たち』は、そのみなもと太郎が、一生をかけて、まだ連載中である大傑作だ。

高校時代に『風雲児たち』を読んでいたら、僕の人生は全く違ったものになっただろう。大学で文学ではなく、歴史を専攻していたはずだ。そして、違う職業を選んでいただろう。歴史とは、こんなに面白いものなのか!? 

僕の歴史観は揺さぶられ、現代の社会の見え方も大きく変わった。本からここまで影響を受けたのは、本当に久しぶりだ。

『風雲児たち』と『風雲児たち 幕末編』を読んでいる1ヵ月ほど、メールの返信は滞り、会う人全員に幕末の話をした。

『風雲児たち』は、幕末を描くために、関ヶ原の合戦から物語が始まる。関ヶ原の合戦と明治維新にどのような関係があるのか? そんなことを意識したことは今まで一度もない。しかし、関ヶ原の合戦の時に、明治維新が起きるための伏線はもうはられていた。明治維新は、起こるべくして起こったのだ。

歴史とは、事件の集合ではない。一つの事件には、次の事件への伏線が必ずある。推理小説であれば、伏線は、作者にわかりやすく描かれている。現実において、その伏線はたくさんありすぎる情報によって埋もれてしまっている。漫画家として、ストーリーのことをずっと考えてきた、みなもと太郎だからこそ、史料に当たりながら、その中に隠れている伏線を浮かび上がらせることができる。漫画家は、それぞれのキャラクターの心の奥底で起きていることを推測する。歴史家が注目しない、心の襞にまで光を当てることで、逆に大局が見えてくるのだから面白い。

『風雲児たち』を読んで、もっとも印象が変わった人物といえばシーボルトである。シーボルトといえば、日本の地図などを海外に持ち出したことで国外追放をされた人、というぐらいの認識を誰もがしていると思う。実はこのシーボルト、国外追放された後、また日本に戻ってきているのを知っているだろうか? 国外追放されたシーボルトが、日本の妻子に再度会うためには、日本が開国しなくてはいけない。シーボルトは諦めなかった。様々な国を回り、日本に開国を迫るよう頼み、そして、日本という国を攻略するための戦略をアドバイスしていたのだ。日本の開国は、ペリーによるものだと誰もが思っている。しかし、シーボルトがこの世に存在しなければ、開国はなかったかもしれない。

たった一人の人間の感情が歴史を動かすことなどない、と思ってしまう。しかし、感情の証拠は、時間の経過の中で消えていってしまい、後世の人間が知ることがないだけであり、やはり、世の中を動かすのは、人間の感情であり、思いなのだ。

今、僕は、ベンチャーを経営している。僕の会社には、歴史も資金もない。僕にあるのは、思いだ。強い感情だ。

みなもと太郎が、描く歴史上の人物たちの、強い感情、強烈な信念に、僕は何度も勇気づけられた。

『風雲児たち』で描かれる、魅力的な人物は多数いる。平賀源内、杉田玄白、平田靱負、田沼意次、吉田松陰、佐久間象山などなど。彼らは、歴史小説の中で主人公として輝かない人物たちだが、彼らが時代の大きなうねりにどれだけ大きな影響を与えていたのかということが、みなもと太郎の手によって、どんどん明らかになる。

僕は、『風雲児たち』を読み終えて、もっと各登場人物について知りたくなり、吉田松蔭の『留魂録』や山本周五郎が田沼意次について描いた『栄花物語』まで読んでしまった。
漫画家は、映画の場合の、監督、脚本、演出、美術、俳優、カメラのすべてを一人でこなす職業である。

みなもと太郎が、そのすべての知識を総動員しながら、史料に当たっているから、浮かび上がってくる細部は多数ある。その細部、すべてをレビューしたい気持ちもあるが、それは別の機会にしよう。

『風雲児たち』は、漫画家だからこそ描くことができた、歴史学者、小説家には真似することのできない、最高の歴史書であり、マンガである。

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