80年代のマンガ・アニメ界の空気を真空パックした『アオイホノオ』

角野 信彦2014年02月07日 印刷向け表示
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アオイホノオ 14 (少年サンデーコミックススペシャル)
作者:島本 和彦
出版社:小学館
発売日:2015-07-10
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あだち充の『タッチ』で甲子園出場した後がほとんど描かれずにエンディングを迎えたとき、敵を殺すことに逡巡するガンダムの主人公をみたとき、ウォークマンで音楽を聞きながら初めて街に出たとき、SONYのベータマックスでお気に入りのテレビ番組をビデオテープに録って見直したとき、そんな瞬間の衝撃を覚えているだろうか。こうした80年代のマンガやアニメ、ガジェットの変化が生活に及ぼした影響がまるごと真空パックされているマンガがこの『アオイホノオ』だ。

アオイホノオ 1 (ヤングサンデーコミックス)
作者:島本 和彦
出版社:小学館
発売日:2008-02-05
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著者の島本和彦の大阪芸術大学時代の体験をもとに、著者の分身たる主人公 焔 燃(ホノオ モユル)がプロのマンガ家を目指して格闘するストーリーに、後に『王立宇宙軍 オネアミスの翼』や『新世紀 エヴァンゲリオン』を製作する焔の同級生、庵野秀明や山賀博之、岡田斗司夫などがガイナックスを設立するまでの物語が絡んでくる青春ギャグ マンガ家マンガである。

マンガ家マンガは出版にたずさわっていた私にとってはどれも興味深く面白いのだが、とくに私にとっての『アオイホノオ』の面白さは、主人公の焔の絶妙な否定力と、後にガイナックスの社長になる山賀博之というキャラ、それに各章の最終ページのナレーションだ。

例えばあだち充の『ナイン』には、

女の子が可愛いだけではダメなんだ!!
野球漫画なんだから!
もっと、試合中心のバトルがないと!!

また、高橋留美子の『うる星やつら』には、

暗くて重ーいのがステイタスな少年サンデーで、
SFギャグ恋愛コメディーをなぜ描いている!?
今のサンデー読者にこれがわかるわけがない!

と否定力を全開にするのだが、皆さんも御存知のように両方とも歴史に残るヒットとなる作品だ。他にも『タッチ』や原秀則の『さよなら三角』などに対しても、愛のある絶妙の否定を繰り返している。しかも後に大ヒットするマンガが、当初どのように読者に感じられていたかがリアルに感じられ、その点でも非常に参考になる。

山賀博之は、ある意味、焔よりも強烈なキャラで、現れるのはガイナックスの設立までのストーリーのなかである。彼は映像計画学科に通っているにもかかわらず、絵も描けないし、描くつもりもないが、アニメ業界で一儲けしたい人物として描かれている。

彼が登場すると、あのスティーブ・ジョブズが操ったと言われる現実歪曲空間(Reality Distortion Field)がマンガ上に現れるのである。現実歪曲空間とはウィキペディアによれば、「ジョブズの魅力、カリスマ性、虚勢、誇張、マーケティング、宥和政策、持続性をもって、ジョブズ自身と他人に、ほとんどどんな考えでも吹き込む能力であるという。RDFにより、実現困難性についての規模感や距離感を歪ませ、今手元にある作業が容易に実行可能な気になると言われている。」と定義されている。そして、現実を歪ませ、周りの人間を全て説得し終わると、山賀は心のなかでこう呟くのだ、

これで俺はもう・・・・・ 
一生!食いっぱぐれない!!

ここまで実在の人物を茶化していいのだろうかと思えるほど面白い。島本和彦と山賀博之の友情がなせる技なのだろう。

そして各章の最終ページのナレーションも毎回楽しみにしている。
9巻53章のナレーションの一部を引用すると、

あだち充からは
はっきりとしない態度こそが
女の子のハートを射抜くという真実を
学ぶことが出来ていた・・・

ありがとう、あだち充!!
俺達に女の子のことを
教えてくれるのは
あだち充だけ・・・
あだち充だけしかいない!
ありがとう、あだち充!!

松本零士の『男おいどん』からヒントを得たとインタビューで語っていたナレーションは、80年代男子の青春黙示録とも言える。懐かしく、気恥ずかしく、そこはかとなく切なく、そして面白い。

最後に付け足しておくと『アオイホノオ』には、『タッチ』の連載開始の巻頭カラーが2ページそのまま掲載されていたりする。当時の小学館、集英社のヒット作が引用されまくりなのだ。つまりその時代にそのマンガを読んでいなくても、楽しく焔のそのマンガへの批評が楽しめる。これほど大胆に引用をしているマンガは初めてだと思う。親切かつ革新的なサービスだと思う。

1980年代に小・中学生だった私は、近所の小さな書店でマンガ雑誌を買い、教室や部室で友だちと回し読みして、面白いマンガの話をするのが楽しみだった。8巻に引用されている車田正美の『リングにかけろ』は、小学生の私の周りでも大人気で、その最終回にどんな必殺技が使われるかについてずっと議論し、発売日の前日の夜に本屋に頼んで最新のジャンプを売ってもらったものだ。

多分、こんなくだらない話を延々1週間も続けられる小学生は今はいないのだろう。常にネットでつながり、友だちのパーソナルな情報がリアルタイムで入ってくるし、ビデオやゲームなどのコンテンツもあり、興味関心も多種多様な分野に分散されている。マンガに限らず、音楽や映像などのコンテンツも iPhone やタブレットの普及で、どんどんパーソナルな空間で消費されるようになっている。

『アオイホノオ』には一冊のマンガ雑誌を回し読みしている若者の姿が沢山描かれている。少年ジャンプが90年代に未曽有の600万部超えを果たす時代背景に、こんな読者たちがいたという事実は、マンガ雑誌が再び元気を取り戻すヒントになっているような気がする。

マンガが右肩上がりに伸びていた時代の空気、焔がどうやってマンガ家としてデビューするのか、ガイナックスがどうやって立ち上がるのか、早く続きが読みたくて仕方がない。

ヒーローカンパニー (1) (ヒーローズコミックス)
作者:島本 和彦
出版社:小学館クリエイティブ
発売日:2012-09-05
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島本和彦の戦隊ヒーロものに対する愛情あふれるギャグマンガ。月刊ヒーローズに連載。

監督不行届 (Feelコミックス)
作者:安野 モヨコ
出版社:祥伝社
発売日:2005-02-08
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ヨメ視点からの庵野秀明を描いたマンガ。オタク用語解説はガイナックスが協力。

MIX 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
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出版社:小学館
発売日:2012-10-12
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『タッチ』のキャラも出てくるあだち充の新作。三文字タイトルは健在。

安彦良和アニメーション原画集「機動戦士ガンダム」
作者:安彦 良和
出版社:角川書店
発売日:2013-05-31
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『アオイホノオ』にも何回も名前が登場する安彦良和の原画を、エヴァンゲリオンの庵野秀明が責任監修。

王立宇宙軍 オネアミスの翼 [DVD]
監督:山賀博之
出版社:バンダイビジュアル
発売日:2009-12-22
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ガイナックス設立のきっかけとなった映画。マンガHONZ代表 堀江もファンだという噂。


 

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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