恋愛マンガが苦手な人にも『キス&ネバークライ』

佐藤 茜2014年02月11日 印刷向け表示
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キス&ネバークライ(1) (講談社コミックスキス)
作者:小川 彌生
出版社:講談社
発売日:2006-08-11
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ソチ五輪真っ最中である(2014年2月)。私自身は運動神経を母親の腹に置き忘れてきたような人間なので、出場選手すべてが同じ人類とは思えない。インテル入りすぎてるんじゃねーかと思いながらテレビに釘付けだ。

さて、冬季五輪種目でもあるフィギュアスケートにおいて、選手が滑り終えたあと、採点結果が出る前に待機する場所のことを「キス&クライ」という。選手にとってはまさに泣くか笑うかの場。それをもじったタイトルからわかるとおり、今回紹介するマンガはフィギュアスケートに関するものだ。作者は小雪と松本潤でドラマ化もされた『きみはペット』を描いた小川彌生。

美しい少女、黒城みちる(くろきみちる)と、成長期で前歯が抜けたメガネの少年、春名礼音(はるなれおん)。二人は幼少期アメリカに住み、同じスケートリンクに通っていた幼馴染だ。しかし、みちるが日本に帰国することになり、二人は離れ離れに。しかも、ある事件をきっかけに、みちるは重いトラウマを背負ってしまう。誰にもその苦しみを話せず時は流れ、みちるはフィギュアシングルスジュニアの女王に、礼音はフィギュアから転向し(歯もちゃんと生えてメガネもなしのイケメンの)モダンバレエダンサーとして成長したところで、二人は再会する。

ジャンルとしては、もちろん恋愛マンガに入るだろう。全10巻+プラス後日談をまとめたサイドストーリー集の11巻目で見事に結ばれるストーリーになっている。しかし、単純な恋愛のドキドキで終わらずに、フィギュアスケートの競技としての複雑さや美しさ、トラウマの苦しさ・克服の難しさ、トラウマの原因になった事件の謎解きといった要素が絡み合ったドキドキミルフィーユに仕上げているところにすごさを感じる。

主人公は終始過去のトラウマに苦しめられ、愛する人と心が通じているにもかかわらず、うまく接せられない状態が続く。本当にもどかしいし、痛々しく思う。しかしながら周りのサポートで少しづつ立ち直り、最終巻では見事に解き放たれる。この、解放された瞬間がなんと3文字で表現されているのだ。これ以上の構成はない。ぜひ、読んで確かめてみてほしい。

みちるの心の様子は各巻の表紙でも表現されている。1巻では硬い表情でリンク座りこんだ状態だが、巻数を重ねるごとに徐々に立ち上がり表情も明るくなっていく。衣装も練習着から競技用のドレスに身を包むようになり、10巻目では生きるため依存していたアイスリンクから自立したことを表現しているのだろう、スケート靴を抱きしめてはじけるような笑顔になった。そして、11巻目では、ずっと一人きりで表紙に映っていたみちるに加えて、礼音も加わるのだ。二人の人生が本当の意味で交わったようで、感無量だ。

また、このマンガの中で主に取り上げられる競技は、男女が組んで行うアイスダンス。浅田真央選手に代表されるシングルスとは異なり、ジャンプのない、氷上の社交ダンスとも呼ばれるものだ。テレビであまり見ることがなかったが、この競技の面白さも読み取れる。お恥ずかしいことに私はぬるい素人なので今までまったく気がついていなかったが、フィギュアスケートは採点基準となる規定が多くあり(男性が女性を持ち上げたポーズをとる際に両手が肩より上にあがっては加点されない等)(またどうも年々更新されている模様…)、高い点をとるためにはその規定を取り入れたプログラムを作らなければならない。作中では、この“縛り”もきっちりと描かれ、競技としての難しさを垣間見ることができる。もちろん、競技中にかけられる曲に合わせた様々な衣装も必見だ(サロメとヨカナーンもいいが、執事とメイドとか本当にやってくれないかと切に思う)。

ちなみに私事で恐縮だが、恋愛モノに対してずっと苦手意識がありいまいち読みきれなかったことがある。原因はまったく感情移入できなかったから。お察しの通り、私自身が圧倒的にモテや溌剌とした生活から遠い次元にいるので、現実との乖離が身にしみてしまい、いちいち冷静になってしまうためだ(例:地味な主人公がクラスの中心人物に片思いしているとなぜか距離が縮まるなど)。というか、恋愛での胸キュン描写ばっかり描かれていると、「他にも日々の食事やら、仕事やら、やることあるだろ」とかですね、思ってしまうんですよ…。失恋したって次の日仕事あるし。嫁に行くことよりもいかに将来の賃金を確保していくのかを考えなければならんこの世の中(いいか悪いかはさておき)、もはや恋愛は人生における優先順位のトップの地位ではなくなっているのになぁ、などとですね、思ってしまうんです。いや、全部もてない人間のいいわけだというのはわかってるんです。すっぱいブドウです。そう思わなきゃやってられんのです。畜生、酒もってこい。

話がそれてしまったが、しかしながら、本作ではすっと登場人物に寄り添うことができた。それはきっと単純な恋愛模様を描くことのみに終始せず、人を好きになることを糧として“生きている”様子をしっかり描いているためだろう。恋愛マンガが苦手な人にこそぜひ、手にとってほしい一作だ。

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ワンモア・ジャンプ 1〔文庫〕 (小学館文庫 あC 47)
作者:赤石 路代
出版社:小学館
発売日:2009-06-13
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 スケートものといえばこちらも。少女マンガだが、スポ根の色が強い。
銀盤騎士(1) (講談社コミックスキス)
作者:小川 彌生
出版社:講談社
発売日:2013-03-13
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作者の最新作。引き続きスケートものだが、コメディの要素が加わり、真剣ながらも腹を抱えるシーンがたくさん。
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