異世界旅行だと思えば格安。『闇の国々』

永田 希2014年02月12日 印刷向け表示
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闇の国々 (ShoPro Books)
作者:ブノワ・ペータース
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2011-12-17
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『闇の国々』は、「バンド・デシネ」といわれるフランス語圏のマンガの最高峰のひとつに数えられる作品です。1冊約4千円で、全4巻すべて揃えようとすると合計金額は1万5千円を超えます。

たった4巻のマンガに1万5千円も出せない!と思う人もいるでしょう。「1冊4千円」という時点で「ナシ」の人もいると思います。それでも僕がこの本をオススメするのは、いわば「異世界旅行」として考えれば安いと思うからです。

「フィクションのマンガを読む」ことを異世界旅行だというのはいかにも陳腐な物言いかも知れません。なんでもそうだと言えてしまう、そう思われても仕方ないと思います。でも『闇の国々』は違う。

どう違うのか。その説明の前に、僕が初めてこの作品を手にとったときの話を少しだけ書かせて下さい。書店でこの重厚な大判の本を手にした時のことを。ちなみに本書1冊分のサイズはだいたい高さ25cm×横幅20cm×厚み4cm、装幀も凝っており「重厚」と書いたのは誇張ではなく見たまんまの表現です。

当時サラリーマンだった僕は、書店の棚でこの本を見かけて手に取り、「これが噂の…」と思いはしたものの正直さすがに「重すぎるだろ…」と思って棚に戻してしまいました。持ち運びには向いていないし、家に置いておいても場所をとるに違いない…と考えたのです。あとで気になって結局買ってしまいましたが、今のところ後悔はしていません。

たとえば画集や写真集あるいは映画のDVDなどは、高価であっても自分が良いと思ったら、何度でも見直したいと思ったならば、数千円しても手許に持っていたいものでしょう。何度でも見直したいと思うのは、見直しているあいだに他では得られない特別な体験があるからです。手許に置くことができなくても、掛け替えのない体験ができるのならば、人は一回限りの旅行や舞台のために数万円だって当然のことのように払うことができるのです。

さて、『闇の国々』が異世界旅行だと言った理由ですが、この作品が単に外国で描かれた作品だからというわけではありません。先述のとおり判型が大きいため、読んでいるあいだに視界が作品世界にどっぷり占められます。またページ数も多いため、読み続けているあいだ、作品世界にずっと視界を奪われ続けるわけです。

『闇の国々』というタイトルが示しているように、この作品は様々な「国」を舞台にした中短編の集合体です。コマと絵によるいわゆる漫画的な表現のみならず、作中人物による公的・私的な書き物、新聞記事、絵画、そしてなんと写真まで駆使して「異世界」を紙上に作り上げていきます。

海外のマンガではよくあるように、本作も物語を中心に担当するペータース氏と、作画を中心に担当するスクイテン氏のふたり体制で制作されています。なおペータース氏は実在の有名な哲学者の伝記を手掛けており、スクイテン氏はスクイテン氏で実在の駅のデザインを手掛けるなど、いわゆる「現実」の世界にも深く関わっている人たちです。

逆に考えれば、ペータース氏もスクイテン氏も、現実の事物を制作したり記録したりする技術を使って『闇の国々』の世界を生み出した、とも言えます。(蛇足ですが、スクイテン氏は『闇の国々』の功績を讃えられてベルギー国王から男爵位を授けられているとのこと)

都市計画や交通機関の描写、作中でのさまざまな書物の扱われ方など、この「現実の事物を制作したり記録したりする技術」が反映されているのだろうなと思わされます。リアルに構築された異世界がこのような細部によって支えられているのです。

たとえば現実の旅行に行ったときに、看板に並ぶ外国の表記や、たまたま通りすがった町並み(それもちょっとした窓の飾りとか)が感じさせる歴史の重みを目にするときに、旅人は自分が旅先に居ることを強く実感するものだと思います。

そんな「実感」を与えてくれる作品はそうそうありません。是非『闇の国々』全巻をドカンと揃えて長期休暇をとって、旅行に出たつもりでどっぷりと異世界へと旅立ってみてください。

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