3月のこれから売る本-トーハン 吉村博光

吉村 博光2014年03月12日 印刷向け表示
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皆さんは、昭和ときいて、何を思い浮かべられるでしょうか。私が真っ先に思い浮かべるのは、家族と過ごした日々の「温かくて頼もしい質感」です。それは、少年期特有なものかもしれませんし、昭和という時代特有のものだったのかもしれません。厳しい父と優しい母、そして妹との4人暮らし。裕福ではありませんでしたが、少しづつ豊かになっていく喜びを実感していました。

昭和の終わり、私は予備校生でした。乗換駅の千代田線大手町駅ホームで、昭和について、友人と会話をしたのを今でも鮮明に覚えています。なぜなら、その時感じていた喪失と寂寥の思いが、ホームに滑り込む電車の音にもかき消されないほど、強いものだったからです。でも近頃、私はその時失った「温かくて頼もしい質感」を取り戻せそうな気がしています。

そんな折、最近読んだ本の中から、昭和テイストあふれる本を何点かご紹介させていただきます。

私の絵日記 (ちくま文庫)
作者:藤原 マキ
出版社:筑摩書房
発売日:2014-02-06
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 『無能の人』などで有名な漫画家・つげ義春夫人の藤原マキさんが、家族の日常を描いた絵日記です。絵のタッチには、ご主人に通じる独特の温かさがあります。巻頭にはカラーの絵も収録されていますし、解説はおつきあいがあった俳優の佐野史郎さんが書かれていて、読みどころ満載です。日記ですからどこからでも読めますし、ファンの方は、絶対に買って損はないと思います。肩肘はって読むよりも、通勤電車で座れたときや、ちょっと喫茶店で休憩しながら、読みたい本だと思います。

本書では、つげさんのことを「オトウサン」と呼んでいます。私も、家に帰ると「オトウサン」と呼ばれています。まぁ、当たり前のことかもしれませんが、こういうのが少し嬉しかったりするのです。そして、描かれている子ども達が、実に昭和っぽい。写真集の「未来ちゃん」のような感じで、微笑ましくてホッとする感じがあります。前半は昭和の家族のほのぼのとした日常ですが、やがてオトウサンが不安神経症を発症し、暗転します。しかし、むしろそれこそが家族というものの本質のようにも私は感じました。大なり小なり問題をかかえ、それを支えあうのが家族なんだと思うからです。

昭和だョ!全員集合
作者:石原 壮一郎
出版社:新潮社
発売日:2014-02-28
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「あたり前田のクラッカー」「アッと驚く為五郎」「よっしゃ、よっしゃ」「ちょっとだけよ」・・・一言でいうと、本書は、昭和の時代の名フレーズ集です。草食系男子という言葉が生まれるなど、平成という時代は、昭和に比べてなんとなく元気がなくて大人しいイメージがあります。だからといって、この本は、昭和をひたすら称揚しようという本ではありません。まえがき「昭和は永遠に不滅です!なーんちゃって」によると、昭和のパワーを平成の世に伝え、今を元気にするところに目的があるようです。

名フレーズの由来を振り返り、そこにこめられたエッセンスを考察し、それを平成の時代にどう使えばよいかを指南しています。私の大好きな「これでいいのだ」というフレーズも紹介されていました。その由来は、赤塚不二夫さんの名作『天才バカボン』。バカボンパパが常識はずれな行動をした後、こうつぶやくことで、常識の無意味さを浮き彫りにし、すべてを丸ごと肯定する力強さを生み出します。活用法としては、部下と取引先に謝罪にいった帰りに「これでいいのだ」と言ってみる。。。実際、わかりきった説教をするより、ナンボか良いしれませんね。

東京最後の異界 鶯谷
作者:本橋 信宏
出版社:宝島社
発売日:2013-12-13
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山手線のなかで、昭和の残り香が最も濃厚に漂う駅といえば、鶯谷駅ではないでしょうか。帯にある「昭和の残り香」という言葉に反応し手に取ると、冒頭に山手線の駅の中で乗降客が最も少ない駅と書かれており、あえてそんなマイナーな駅にスポットを当てたところに面白さを感じました。さらにもう少し読むと、「駅のホームを境にラブホテル街(エロス)と墓場(タナトス)が対峙している」という表現に出会い、読書欲が刺激され、購入を決意しました。

本書は、著者ならではの考察部分と、鶯谷の風俗で働く人と客への聞き込みで構成されています。私の人生の時期的に、私は考察部分が面白かったですが、人によっては聞き込み部分が面白いという方もいらっしゃるかもしれません。考察部分は、雑学知識がたくさん入っています。例えば、低地と高台を分ける鶯谷周辺の印象的な風景がはるか縄文時代の海岸線の名残であることや、低地側が庶民の住む「下町」になりやすい事情などです。また、繁華街成立に必要な条件として、人の流れと滞留があるという考察も面白かったです。以前は、原宿駅が山手線でもっとも乗降客が少ない駅だったそうです。しかし、青山に向かう人の流れと交差点での滞留により、繁華街となったと書いてありました。どちらに関心がある方にも、満足できる一冊なのではないでしょうか。

血族の王: 松下幸之助とナショナルの世紀 (新潮文庫)
作者:岩瀬 達哉
出版社:新潮社
発売日:2014-01-29
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昭和・立志伝中の人といえば、松下幸之助と本田宗一郎。よく引き合いにだされるお二人ですが、以前友人に「どちらかというと松下幸之助には暗い影がある」と言われた際、それがどんな影なのか思い浮かばないという恥ずかしい経験をしたことがあります。商売の神様としての様々な逸話や名言集、ドラマなどで築きあげられた私の頭のなかの松下幸之助像は、現実のそれとは少し違っているのかもしれないと思ったのは、そのときでした。

本書のオビに、氏の「負の面」が克明に描かれていると書かれていたため、「これだ!」と思い購入しました。この本を読むと、他社が開発した製品をヒントに安い製品をつくってみたり、確かに首をひねりたくなる部分が出てきました。でも、本書を読んで感じたのは、その人生が実に一貫して「流れている」ということでした。著者の筆力かもしれませんが、タイミングよく神様から与えられたヒントをもとに、無理難題の数々を次々に解いていった人生だなと思いました。

そして、「共存共栄」という言葉で表される販売網の力を何よりも重視する姿勢は、やはり「商売の神様」と断じてよいものだと感じました。解説で江上剛さんが書かれている通り、私は本書を読んで「ますます幸之助を尊敬し、愛するように」なりました。そして、氏がこだわった「家族」や「家長」という言葉を、自分におきかえて考えるようになりました。
※本書の文庫解説はこちら

昨年5月に、父の7回忌を行いました。つまり、家長となり今年で丸7年ということになります。どれだけ愚鈍な私でも、戸惑うばかりの日々は過ぎました。昭和が終わったあの日から26年が過ぎ、あの時喪ったあの質感を取り戻し、今度は自分から“平成を生きる子どもたちに”与えたいと願う毎日です。 

吉村博光 トーハン勤務
夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。
ほんをうえるプロジェクト  TEL:03-3266-9582
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