『いたいけな瞳』花粉症の季節に

芳野 まい2014年03月13日 印刷向け表示
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いたいけな瞳 8 (ぶーけコミックスワイド版)
作者:吉野 朔実
出版社:集英社
発売日:1993-08
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花粉症が苦しい季節だ。人間、どんなに大きな志を持っていても、体が苦しいと、「この苦しさから救ってくれるなら、世界がほろびたって構わない」という気持ちになる。私にとって春は、自分がそういう奴だということを思い出す季節だ。風がうらめしく、暖かさもぜんぜん嬉しくないこの季節、この季節だけ読みたくなるのが、吉野朔実作『いたいけな瞳』7巻、第25話「ピクニック」だ。

主人公は、色素性乾皮症の少年。紫外線によるDNA損傷を回復する機能が遺伝的に低下しているという病気で、夜しか外出できず、窓がひとつもなく、そのかわりに本がたくさんあり、テレビを9台も置いた間接照明の薄暗い部屋に住んでいる。その少年が、夜のピクニックをきっかけに、指名手配中のテロリストと、二年つきあった恋人にとつぜん結婚すると告げられた殺人願望の女に出会う。三人はお茶を飲んだりしてひとときを共に過ごし、やがて少年は「残りの人生、自分とともに太陽のない生活を送る」という約束とともに、女といっしょに結婚式場に乗り込む。復讐はきっちり果たされ、留守番をしていたテロリストはほどなく家政婦にみつかり、三人はまたそれぞれの生活に戻る。60頁ほどの短い作品だ。

結婚式に乗り込む少年は、一世一代の昼間の外出のため、UVカットのクリームを塗り、帽子に眼鏡、首にぐるぐる巻きのマフラー、厚いコートという重装備だ。そして苺のようにぶつぶつだらけの顔になって戻ってくる。

冬でよかったわね
夏だったら 誰よりも怪しいわよ
誰が見たってあんたが犯人よ

自慢にならないが、私は多くの、ありふれたものに対してアレルギー反応が出る体質だ。花粉が飛べば花粉症が、太陽の光が強くなれば日光アレルギーが、寒くなればなったで乾燥アレルギーが発症する。もっとも体が敏感だった二十歳のころ、一年近く寝たきりになった。基本的に外に出られるのは風のない(風も刺激になる)夜で、たまに昼間外出しなければならないときは、この少年のような怪しい格好だった。

その後運よくまた社会生活が送れるようになり、年齢を重ねるにつれ体もほどよく鈍くなって、いろいろ楽になった。ふつうに楽しいことも多い。苦しかった時のことは思い出したくないが、花粉だけは、花粉のほうが威力を増しているので、毎年やっぱり苦しい。そのとき読みたくなるのが、この作品だ。自分よりさらに大変な少年をみて慰められるのかもしれないし、嫌な状況も詩情をもって描かれると、ちょっと余裕をもってみられるのかもしれない。吉野朔実の詩のようなことばは、元気なときなら、かゆいような恥ずかしい感じなのだが、弱った心身には、やさしく寄り添ってくれることばになる。

それは 満天の星空の下のピクニック
ぼくはお弁当と水筒と懐中電灯 星座早見表と方位磁石を持って
湿疹のような君らを待っている

大丈夫 夜は君が思っているよりもずっと長いよ

『いたいけな瞳』の少年は、薄闇のなか、本を読み、テレビを観る。外に出られない日々、私はなにをしていたかといえば、ずっと、マンガを読んでいた。字だけだと頭が冴えすぎるし、音の出るものはうるさく感じることがある。その点マンガは、寄り添いやすい。基本的に軽いから、いろんな格好で寝転がって読めるのもいい。

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