ホワイトデーだからって『失恋ショコラティエ』のことを書き始めたら止まらなくなりまして。

永田 希2014年03月14日 印刷向け表示
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失恋ショコラティエ 6 (フラワーコミックスアルファ)
作者:水城 せとな
出版社:小学館
発売日:2013-01-10
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『失恋ショコラティエ』ねー、
水城せとなは好きなんだけど、自分は脳内ポイズンベリーのほうが好き…

このセリフを、マンガ好きの方々から何度きかされたことでしょうか。
そう書いている僕自身も、いっときそのように思っていた時期もありました。
ちなみに今のところ水城作品で一番好きなのは黒薔薇アリスなんですが、この作品はいま第二部の連載開始待ちという状態で…

それはさておき、今日はホワイトデーだし、ドラマ化もされて盛り上がってきている『失恋ショコラティエ』の話を、『脳内ポイズンベリー』その他の水城作品に絡めて紹介してみたいと思います。

さっそく本作冒頭の主人公の発言を引用してみます。

もしも生まれ変われるなら 彼女の赤血球になりたい
あの白い皮膚の下を ゆらゆら流れ続けて
彼女の体のすみずみまで 旅をするんだ

なんてロマンティックなんだ!と感じるのは僕だけでしょうか。いや、先日たまたま寄ったファミレスで別の席に座っていた男子大学生たちの一団が「さいきん『失恋ショコラティエ』っていうドラマ始まったじゃん?あれ面白くないんだけどついつい見ちゃうんだよなあ…ワンチャン」って言っているのが聞こえまして(「ワンチャン」というのは彼らの口癖らしくほとんど無意味に会話に挿入されていました。物凄い無意味っぷりでインパクトがあったので正確に再現してみました)。

ともあれ、さきほど引用した一節を読んでも何とも思わない恋愛音痴の人もたくさんいるんだろうなと思いまして、そういう人向けに本作をオススメしてみたいと思って今回の記事を書こうと思った次第です。面白くないと思っているものについてわざわざ他人から面白いよと言われて読みたくなるって人もあまり居ないと思うので、無駄な努力かも知れませんけど。別に恋愛音痴で悪いこともないと思いますしね。

さて『失恋ショコラティエ』を評して「水城せとなの職人魂を感じる」という表現にもよく出くわします。その「職人」の技術を総動員して読者の心を鷲掴みにしようとする…その作品こそが『失恋ショコラティエ』なのです。

本作の主人公「爽太」くんは、年長の「サエコ」さんという女性に、先ほど引用した一節に見られるような熱狂的な恋慕を寄せています。そのサエコさんが「フランスに旅行に行った友達が買ってきてくれた」と言って持って来たチョコレートを食べる場面から作品は始まります。デートしてるんですね2人は。

甘さは控えめで ほどよく、ほろ苦いけど カカオの香りの濃厚さと 舌触りのよさで トータルの印象は すっごくスイート 優しい味だ 人の心を ふんわりほぐす ショコラだ 

『美味しんぼ』がハーレクイン・ロマンスに浸されたかのような表現なのですが、爽太くんがチョコを食べただけで思い浮かべる感想です。甘いものが好きな人ならば、この爽太くんの表現だけで「あんな味かな」「こんな味かな」と想像をたくましくするわけですが、問題はこのチョコの出処。 ちょっとネタバレになるのですが敢えて書いてしまいますと、このチョコを買ってきたサエコさんの「友達」って、実は彼女の恋人なんです。

爽太くんはサエコさんに「ふたまたをかけられていた」とショックを受けるのですが、サエコさんはそもそも爽太くんとは付き合ってもいなかったのでは?という態度。これはつらい。

でもホラ エッチはしてないし?

サエコさんの名言です。
めっちゃ目を逸らしながらですが、うん、まあ、そういう考え方も…アリかも知れませんね。いや、問題は「ふたまた」でもエッチでもキスでもなくて、「好きな人が大好きな食べ物が、自分じゃない誰かによって運ばれてきたものだ」ということなんです。
この「自分じゃない誰か」の存在が重い。

この事件のあと、サエコさんへの想いを断ち切れない爽太くんは一念発起してフランスに旅立ち、若きショコラティエ(チョコ職人)として日本に凱旋するのですが、その直後にサエコさんは結婚してしまい人妻に。

本作は今のところこの人妻サエコさんへの爽太くんの「横恋慕」が物語の中心に置かれています。
爽太くんは何故、こんなにも一生懸命なのにサエコに振り向いてもらえないのか?本作では一見したところこのテーマが重要であるかのように描かれています。でも違うんです。

爽太くんが振り向いてもらえない理由は、サエコさんが「自分を直視しない人」に惹かれるからなんです。恐らく爽太くんもサエコさんと同じ理由で彼女に惹かれている。最初から幸せになれるはずのない2人なんですよ。なんという残酷な設定。でも世の中、そういうものかも知れない…少なくとも恋愛についてはそうなのかも知れない…そう感じる読者は多いのではないでしょうか。

『失恋ショコラティエ』は作品名に「恋」という字も入っているし、いわゆるラヴストーリーなので、恋愛に興味のない人にとってはどうでもいい作品だと考えられているのではないかと思います。でも「職人」水城せとなにとって「恋愛」とは、よくある男女の甘いアレコレではなくて、「自分のことが尊重されない切なさ」というテーマに肉薄するための「ツール」なのだと言えるかも知れません。

ところで『失恋ショコラティエ』と並ぶ水城せとなの人気連載脳内ポイズンベリーは、アラサーの主人公「いちこ」さんが、年下の「早乙女」くんと付き合うことになったんだけど、いまいちシックリしなくてすれ違ってしまうという話。

年下男性を主人公に年長の女性を想う姿を描く『失恋ショコラティエ』に対して、年長女性が年下の男性に好意を抱く『脳内ポイズンベリー』はちょうど逆の構図になっています。単純な「爽太=早乙女」「サエコ=いちこ」という等式は成立しないのですが、作品を超えてサエコさんの気持ちをいちこさんが、早乙女くんの気持ちを爽太くんが代弁しているように読める箇所が頻発します。

さきほど爽太くんがショックを受ける場面として「エッチはしてないし?」というサエコさんの発言を引用しましたが、『脳内ポイズンベリー』では早乙女くんの家に上がり込んで一夜を共に(というかセックスしてしまう)した翌朝、いちこさんは早乙女くんの家に何も残さずに逃げ帰ってしまいます。セックスしようがしまいが、ヤったら付き合えるというわけじゃない。「付き合う」というステータス(状態)に対して、キスだのセックスだのといった行為は決定的なものではなく一過性のものでしかない。『失恋ショコラティエ』と『脳内ポイズンベリー』にはこの前提が共有されているように読めるのです。

でも「付き合う」という状態は、ひとつひとつは一過性の行為の積み重ねでしかあり得ませんから、ひとつひとつの行為を信じられない人は「付き合う」という状態そのものが信じられない。『失恋ショコラティエ』『脳内ポイズンベリー』の登場人物たちは、誰かと過ごす「ひとつひとつの行為」の裏側に「自分じゃない誰か」を発見してしまい、安心して「付き合う」という状態に留まることができません。安心したいからと言って、信じていない行為を無理に信じようとしてもそれもそれで無理な話で。

この切ない状態に対して、『失恋ショコラティエ』で重要になるのは「何かを作る」という行為です。冒頭に紹介したとおり、爽太くんはサエコさんの恋人が買ってきたチョコに感激してしまうのですが、やがて自分自身がサエコさんを感激させるチョコを作るようになります。キスやセックスのことを信じることができなくても、美味しいものを自分が作り、それを自分の好きな人が食べてくれるということ、そこに爽太くんは賭けるわけです。「自分じゃない誰か」は、「付き合う」という状態を邪魔することはできても、チョコの美味しさを否定することはできない。

『脳内ポイズンベリー』ではいちこさんは小説を書いているし、早乙女くんもオブジェ状の「作品」を作るアーティスト、2人のあいだに割って入る「越智さん」というキャラクターも編集者であり「何かを作る」人間だと言えるでしょう。ちなみにサエコさんと爽太くんを引き裂いている、サエコさんの旦那さんも編集者なんですが、それはまた機会があれば別のタイミングで。

サエコさんと旦那さんと言えば、『脳内ポイズンベリー』と同様に『失恋ショコラティエ』と比較されることの多いBL系の傑作窮鼠はチーズの夢を見るに登場する大伴さん夫妻のことを思い出します。
主人公は大伴さん(旦那)なのですが、この大伴さんのビッチぶり(?)と、大伴さんの奥さんである千佳子さんの外見はけっこうサエコさんに似ている気がします。ちなみに『窮鼠~』の主人公2人が出会うのは不倫調査がきっかけ。この作品を読んだときに離婚したてだった僕はめちゃめちゃ大伴さんに感情移入していました(笑)。


この『窮鼠はチーズの夢を見る』は続編の俎上の鯉は二度跳ねるも良いのですが、とりあえず大伴さんを愛するもう1人の主人公である今ヶ瀬くんの、『窮鼠は~』に出てくる次のセリフが勢いがあって好きです。

見た目が綺麗で 人間ができてて
自分にいい思いさせてくれるような
そんな完璧な人を みんな探してると思ってるんですか?
貴方はそういう相手しか好きになれないんですか?
……いい歳して……
本当の恋ってものを知らないんですね……!

「本物の恋ってものを知らないんですね」って随分な言われようです。
でもたとえば友人の恋愛の話を聞いたりしてるときに「お前はそういう相手しか好きになれないの?」と思ってウンザリしたことはありませんか。普通そういうウンザリは吐露しませんよね。それにもかかわらず、『窮鼠は~』の今ヶ瀬くんは言ってしまう。切実な訴えなのですが、読んでいて胸がすっきりするんですよ。よく言った!というか。
今回この記事を書くために『窮鼠は~』を読み直したのですが、登場人物がみんな思ったことをすぐ行動に移してウジウジしないので気持ちいい。
逆に『失恋ショコラティエ』や『脳内ポイズンベリー』は、『窮鼠は~』のように思ったことをすぐ行動に移せないリアリティが描かれている、とも言えるかも知れません(『窮鼠は~』の後半の「恥ずかしい男」は個人的にリアルだなあと思いましたけど)。

水城せとなは「思ったことをすぐ行動に移す」ような、直情径行型の脳天気で単細胞なキャラクターを描くのがとてもうまいんです。それでいて、そんな直情径行型のキャラが動いた結果として生じてしまう切ないシチュエーションを描くのもうまい。この記事の冒頭で「水城せとなは職人だ」と書いたのは、登場人物たちの正直な気持ちも屈折した気持ちも、またそういった互いに矛盾する方向の気持ちを抱え込まざるを得なくなるシチュエーションも、すべて描くことができるからなのです。

『失恋ショコラティエ』はドロドロの愛憎劇だ…みたいな言われ方をされることもありますが、僕からすればこの作品には「素直」な人しか登場しない。それでもすれ違いが生じてしまうので切ないのですが、溶けたチョコのような「ドロドロ」は実はあんまり無いのではないか、と思います。

矛盾する素直な気持ちの集積が生み出す「切ない」状況を描いた水城作品としては、「最後の晩餐」があります。意外なことにいわゆるSF作品なのですが、あらすじを書いてしまうとそれで終わってしまいかねない、短編小説のようにシンプルで、類似の物語は古今東西探せば見つかりそうなくらい普遍的な物語。でも最後の静謐なひとコマは読者の胸を深く強く打つと思います。

この「最後の晩餐」と同じThe Best Selectionに収録されている「ストレイシープ」「そこは眠りの森」という短編もやはりまるで神話のエピソードを思わせる洗練が伺えます。個人的にはこの2作品がそれぞれ心理学的なモチーフが使われていることがとても興味深いポイント。「ストレイシープ」は精神医学研究所での実験が舞台ですし、「そこは眠りの森」では記憶喪失が描かれています。

「心の闇」と言えば放課後保健室という長編も忘れてはならないでしょう。感情が矛盾して表明できないような状況でこそ生じる「心の闇」を描く、水城せとなの本領が存分に発揮された作品だと思います。
この『放課後保健室』で突き詰めた「心の闇」から表舞台に浮上してきた先にあるのが『失恋ショコラティエ』です。ちなみに『脳内ポイズンベリー』は「心の闇」にいたる前の混乱を描いていて、『黒薔薇アリス』は人間を遥かに超える長命を持ったヴァンパイアたちによってより深められた「心の闇」を描いている、と言えるのではないでしょうか。

だいぶ色々書いてしまったのでまとめましょうか。
『失恋ショコラティエ』には

  • 「自分じゃない誰か」の重みが描かれている
  • 行為を信じられないから関係も信じられない状況が描かれている
  • 「何かを作ること」の重要さが描かれている

そして、水城せとな作品は

  • 素直なキャラをうまく描く
  • 切ないシチュエーションをうまく描く

以上を踏まえて『失恋ショコラティエ』は、この「素直なキャラ」たちがなだれこむ「切ないシチュエーション」で抱えてしまう「心の闇」の問題から、舞台そのものがせりあがってきたような作品だと言いたいのです。
話の流れが前後してしまっていますが、その「舞台」の上であらためて登場人物たちが直面するのが「自分じゃない誰か」の存在という無視できない大問題なわけです。
「何かを作ること」という行為は、それに対する回答や希望のようなものとして描写されているのではないか、と思って読んでいます。

そう思って読むと、『失恋ショコラティエ』は単に恋愛のドタバタを描いた作品というだけではなくて、何かを味わい、美味の幸せに身を浸す歓びを真摯に表現しようとしている傑作だということがよくわかってもらえるんじゃないかと思います。

 なお、『失恋ショコラティエ』をめぐってはいろいろな人がそれぞれの角度で注目しており、面白い読み物が書かれています。
この「ぶっちゃけ男はサエコやエレナをどう思ってるの? ねとぽよのJDがクズ男3人に失恋ショコラティエを聞いてきた | ねとぽよ」はかなり面白いです。
「サエコさんが結婚ゲームにおける敗者だ」という指摘はなかなか重いですね。
……まあ結婚の話は長くなるから止めておきます。

最後にちょっと脱線ですが、チョコ好きな人には『ちはやふる』の作者である末次由紀によるクーベルチュールもオススメです。今日読み直して泣いちゃいました。 

脳内ポイズンベリー 1 (クイーンズコミックス)
作者:水城 せとな
出版社:集英社
発売日:2011-05-19
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窮鼠はチーズの夢を見る (フラワーコミックス±)
作者:水城 せとな
出版社:小学館
発売日:2009-05-08
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水城せとな The Best Selection (フラワーコミックススペシャル)
作者:水城 せとな
出版社:小学館
発売日:2010-02-26
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クーベルチュール 1 (Be・Loveコミックス)
作者:末次 由紀
出版社:講談社
発売日:2009-12-11
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