腐った世界で…不器用なバカが生きていくためには…ひねくれて虚勢を張って生きるか、バカ丸出しでいくしかない…『ヒットマン』

永田 希2014年03月19日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ヒットマン1
作者:ガース・エニス
出版社:エンターブレイン
発売日:2013-08-31
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
ヒットマン2
作者:ガース・エニス
出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
発売日:2014-02-28
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

どうしよう、このマンガ、バカしか出てこない…。

でも切ないし、でもカッコいい。いま「でも」って使いましたが、本当はバカだからこそ切ないし、バカだからこそカッコいいのかも知れません。

本作は、あのバットマンが活躍するアメリカの大都市ゴッサム・シティに住む一人の殺し屋を主人公にした物語です。彼の名は「ヒットマン」。…マンマです。アイルランド系アメリカ人で、殺しの報酬を野球賭博でスッてしまい、いつまでたっても貧乏暮らし。彼が標的にするのはスーパーパワーをもった超人だけ。人類最強レベルの銃の腕と、周囲にいる人の心を読む能力を持っているため、殺し屋としてはあのゴルゴ13ことデューク東郷よりも優秀かも知れません。

しかし鋼鉄の心を持つデューク東郷とは違って、ヒットマンはどちらかというとセンチメンタルです。特にスーパーパワーを持たない親友が居て、殺し屋仲間と夜な夜なカードゲームやビリヤードに興じるその姿は、『ゴルゴ13』よりもある意味でリアルだと思います。

そんなヒットマンのところに、バットマン最強の敵であるジョーカーを殺して欲しいという依頼が転がり込みます。ヒットマンはジョーカーが収容されている精神病院アーカム・アサイラムに侵入することに成功し、その眉間に銃弾を撃ち込むのですが…

という「レイジ・イン・アーカム」というエピソードのほか、逆恨みをしたギャングに命を狙われたところを返り討ちにする「テン・サウザンド・バレッツ」、スーパーヒーロー暗殺者として彼を飼い慣らそうとする政府機関を相手にフリーであることを貫く「ローカルヒーローズ」、地獄の悪魔やキャットウーマンと共闘する「エース・オブ・キラーズ」など、1・2のどちらも珠玉の作品が収められています。

いずれの作品にも共通しているのは、バットマンやスーパーマンといった「強力なヒーロー」たちが人類や世界の平和のために戦っているのに対して、そういった「大きな正義」をそもそも信じることができないチンピラヒーローの美学。ヒットマンや彼の友人たちは、徴兵されて従軍した経験を持っており、そこで矛盾した正義(というよりも戦争が象徴する「大きな正義」が必然的に抱える無数の必要悪の避けがたさ)を骨の髄から味わってしまっているのです。

ヒットマンたちは、自分たちの小さな生活の平穏すら守れない社会の弱者であり、平穏じゃないその小さな生活をなんとか破綻しないように、手を血に染めながら生きている。スーパーパワーも無数の銃弾も、ヤクザ映画さながらに、結局は「争いが争いを呼ぶ」ようにして終わりのない殺戮の連鎖を生むだけなのですが、ヒットマンはそれを止めることができません。

まだ納得できたわけじゃない
何もかもが気に入らん
おまえもおまえの住む ねじくれた世界も
俺がそこに巻き込まれたことも
何より悪いのは 
今夜正義が為されたか確信がもてないことだ

これは、作中でとあるヒーローがヒットマンに言うセリフです。「正義が為された確信」など、ヒットマンの世界ではあり得ないのです。そこにあるのは、血に汚れた深い闇であり、そこに響き続ける銃撃の炸裂音であり、それに陶酔するしかない刹那主義者と、愛する者が突然に死んでいくという過酷な日常だけ。

…そんなツラい話、読みたくないよ!と思われるかもしれません。
でもこの作品、面白いんです。
何ででしょうか。

ひとつには、ヒットマンが体現する「汚れた強さ」の魅力でしょう。正義の確信なしに、ニヒルな笑いを浮かべながら敵を撃ち倒していくヒットマンのカッコよさは、ほかのヒーローものではなかなか味わえないものです。悩んだり落ち込んだりもする。強すぎる敵や、あまりに不利な状況に恐れおののくときもある。でもやるしかない。その覚悟のかっこよさがたまりません。

もうひとつは、殺し合いの日々のなかで一服の清涼剤のように明るく描かれる、何も考えていないキャラクターの朴訥な可愛らしさです。何を信じたらいいのかわからない、油断をすれば裏切られて殺されてしまうかも知れない暗黒の日常のなかで、「どう考えてもバカである」というキャラの愛らしさはかけがえのない大事な何かだということがはっきりと浮き彫りになっていきます。

そんなバカキャラが本作にはこれでもかと登場します。大好きなキャラがいるのですが、それについては本編のネタバレを微妙に含むので、『ヒットマン2』の表紙にも大々的に描かれている「ヒーローチーム」のセクション8の面々のほうをご紹介しましょう。

セクション8は、ヒットマンの行きつけのバーでいつも飲んだくれて床にひっくりかえっている「シックスパック」という名前の男が率いるチームです。キャプテン・アメリカとアベンジャーズみたいな感じなのですが、この構成員がヤバい。ヒーローとしてまったく使い物にならない能力しかないか、能力は強いんだけどちょっと問題があるというキャラばかりなのです。

強力なエネルギー波を両手から撃ちだす能力を持っていながら、敵じゃなくて仲間に当ててしまうフレンドリーファイアー。とにかくひたすら痙攣しているシェイクス。「変態の力で悪と戦う」ということで何をやっているかが作中で描かれないままに敵を倒すブエノ・エクセレンテ。そして主人公じゃないのに『ヒットマン』の代名詞みたいにフィーチャリングされている「犬溶接マン」。

「犬溶接マン」は街中に仕掛けた罠で捉えた野良犬を、文字通り敵に「溶接」して殺すという能力を持ったキャラ。敵に溶接される犬の目が「✕」で描かれていて可愛いのですが、この「ヒーロー」の意味不明さは筆舌に尽くしがたいものがあります。

セクション8には他にも屑みたいなヒーローが何人も所属しているのですが、冗談じゃなく活躍するんです。勝敗を決する活躍をしているかというと疑問なヒーローもいますし、シックスパックにいたっては本当に酒場の床にビール腹をむき出しにしてひっくり返っているだけの描写もあるのですが…。

とまあ、本作の魅力はこんなていどの紹介ではまだまだ物足りません。あとは騙されたと思ってポチってみてください。2冊あわせて定価6000円ですが…、以前紹介した『闇の国々』4冊で15000円超えや、『エイジ・オブ・アポカリプス』3冊で10000円弱と比べたら安い!

なお翻訳コミックスの魅力は、個人的には巻末などに収録されている解説の類にもあると思っています。本作でも訳者の海法紀光氏による「DCコミックスの世界」や「アメコミキャラ名鑑」の読み応えは素晴らしいものでした。

最後に、本作のオフィシャルなPVがあるのでそちらも御覧下さい。ハードボイルドな世界観が伝わると思います。ちなみにサムネイルに登場する腕がたくさんあるキャラクターは、ナチスSSの残虐な将校たち5人の死体を再構築して地獄から送り込まれたという酷すぎる設定の敵マウザーさんです。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら

人気記事