これを読めばモテる!世界への嫌悪と愛着をぶちまけ、乱れた入れ子構造を編み出す『天空のビバンドム』

永田 希2014年04月01日 印刷向け表示
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天空のビバンドム
作者:ニコラ・ド・クレシー
出版社:飛鳥新社
発売日:2010-11-12
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人口1000万人以上の巨大都市に、鈍重だが純朴なアザラシが降り立ちます。彼はすぐに現地の政治家たちに利用され、「愛のノーベル賞」の優勝候補として教育を施されます。しかしその思惑を快く思わない悪魔が、手先を放って計画を妨害しようと動き出す…物語は、「ナレーション」を担当していたはずのロンバックス教授の生首の行方や、建築をめぐる都市の起源神話、そしてアザラシ「ディエゴ」の出自などを巡って分裂し、たがいに錯綜の度合いを深めていく…。

本作が面白いのは、「科学者たちが愚者に知恵を授ける」という『アルジャーノンに花束を』みたいな設定が市長や科学者たちの政治的陰謀に結び付けられ、壮大な叙事詩へと展開するのと同時に、平行して物語の「語り手」を巡る闘争を描き出していくところです。単に「闘争がありました」ということを描くのではなく、その闘争そのものを読者がいわば体験させられてしまう。

40度以上の高熱を出して強めの薬を飲み、寝ている間に大型の台風が来て停電、悪夢にうなされ半ば昏睡・半ば覚醒みたいな状況で、雷光またたく窓の外の景色を眺める…そんな体験をしたことがある人ならば、本書の強烈な世界観を想像できるかも知れません。闘争そのものの体験なので、それくらい強烈なのは当然なのです。

クレヨンと油絵の「濃いところ」だけ煮詰めてぶちまけたような独特の色彩、激情にまかせて歪めるだけではなく、画家のように確かな技術をうかがわせる本書の作者ニコラ・ド・クレシーは、その職人的な側面も非常に高く評価されています。(表紙は風刺漫画みたいですけど。激烈な個性によって全体には統一感がみなぎっていますが、画風はきわめて多彩です)。

何の説明もなく生首が気取った語り口でしゃべりはじめる冒頭のシーン、それに続いてやっぱり何の説明もなく松葉杖をついたアザラシが大都市のなかを叫びながら疾走するシーン、そして悪臭ただよう世界に読者と主人公が置き去りにされるラスト…。そもそもなんで本書の主人公がアザラシなのか、なんで市長が赤い服を着ているのか、「ニューヨーク・シュル・ロワール」という都市は「ニューヨーク」なのかそうじゃないのか、「愛のノーベル賞」とはいったい何なのか。

単にナンセンスなだけではなく、謎めいたひとつひとつのエピソードの意味や思想的なメッセージは読み解こうと思えば読み解けるので、解釈をめぐって誰かと語り合うのも乙だと思います。しいて言えば、舌が焼けつくほどに塩辛く煮詰めたデヴィッド・リンチと紹介しても間違いじゃないかも知れません。

ぶっちゃけタイトルはエイプリルフールということで釣りです。
本書は、オシャレという意味では、フランスの視覚芸術が生み出した最高峰の傑作なので、オシャレと言えばオシャレだと思います。オシャレだからといってモテるかというと僕にはよくわかりません(普通に考えると、本書を読んで熱く語ってる人は怖がられると思います。「生きてる人間の頭部をボール代わりにサッカーをして鼻血が飛び散る」とかドギツイ暴力表現も豊富です)。
あっ、表紙には出てきませんが「ルー大柴みたいな口調の鶏」は可愛いですよ!

同じ作者による、不良というにはあまりにワイルドなお爺さんとそのヘタレすぎる孫を描いた『レオン・ラ・カム』も傑作(『ベルヴィル・ランデブー』『イリュージョニスト』のショメ監督との共作)。ちょいワル親父ってレベルじゃ物足りないお爺さん萌えの皆さんに是非、強く強くオススメしたい1冊です。続編が待ち遠しい。
ビバンドム』に登場した、下品だけど憎めない陽気な犬を髣髴とさせる『サルヴァトール』はトーンが全体的に控えめで、それでいてキャラクターの愛らしさと、往年の名作映画のような渋い味わいを同居させておりきわめてオススメです。

『ジョジョ』の荒木飛呂彦先生も参加した、ルーヴル美術館のコラボレーションシリーズの1作『氷河期』も、『ビバンドム』ばりの壮大な時間的ひろがりと深みをもった作品。芸術論マンガとして読み応え充分です。あとこの作品も犬が可愛い。 

レオン・ラ・カム
作者:シルヴァン・ショメ
出版社:エンターブレイン
発売日:2012-09-18
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サルヴァトール (ShoPro Books)
作者:ニコラ・ド・クレシー
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2012-06-15
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氷河期―ルーヴル美術館BDプロジェクト― (ShoPro Books)
作者:ニコラ・ド・クレシー
出版社:小学館集英社プロダクション
発売日:2010-11-09
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天空のビバンドム
作者:ニコラ・ド・クレシー
出版社:飛鳥新社
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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