『偉人は死ぬのも楽じゃない』

峰尾 健一2014年04月19日 印刷向け表示
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偉人は死ぬのも楽じゃない
作者:ジョージア ブラッグ
出版社:河出書房新社
発売日:2014-03-11
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本書には、カエサル、コロンブス、マリー・アントワネット、アインシュタインといった、歴史にその名を刻む19人の偉人たちが登場する。しかし本書がスポットを当てているのは、その武勇でも、才能でも、豪勢な暮らしでも、壮絶な運命でもない。書かれているのは、偉人たちが具体的にどのように死んだのか、という死に際の物語だ。それが1人物につき1章で、大体10ページくらいでまとまっているので、どこからでも手軽に読み始められる。これは、スキマ時間に読むには最適!

と、はりきって言ってはみたものの、困ったことに内容はそんなに軽くない。ギロチンで飛び散った血で道が濡れてすべる、体を切り開いて大量の血や種々の液体をかき出す、遺体の頭蓋骨から脳みそだけを取り出してスライスする……。など、とにかく血なまぐさい話がゴロゴロ出てくるのだ。筆者自身、まえがきで、゛血なまぐさい話が苦手なら、この本を読んではいけない゛と、警告を発している。自分は平気という人も、せめてご飯を食べる前に読むのはやめておこう。

しかし、ともすれば読者を選ぶようなその刺激は、本書の魅力でもある。カッコいいエピソードばかり取り上げて、読む者に勇気や感動を与えにくるようなありがちな偉人伝を読むよりも、血と、汗と、涙と、その他諸々の濁った液体、であふれた偉人たちの死に際に、ハラハラゾクゾクさせられる方が人間味を感じられておもしろい。

偉人たちの最期を、血なまぐさいものにすることに大いに貢献したのが、死に際に施されたメチャクチャな治療だ。そのひどさには唖然とさせられる。

なかでも、ベートーヴェンの受けた仕打ちはかなりヤバい。彼は死の少し前から、本来は体外に排出されるべき液体が滞留し、腫れを起こす、「水腫」という病気を腹にかかえていた。そんな彼を救うために、医者たちは腹に穴を開け、管を差し込み、膿のような濁った液体を吸い出していく。ざっと10リットル近くの液体がとれたらしい。誤解の無いよう言っておくが、麻酔や鎮痛剤など一切なく、意識のある状態での出来事である。むしろ激痛で、意識など無いに等しかったかもしれない。後始末をするにも、傷を縫う習慣がまだないので、穴には布きれが詰め込まるだけ。さらに、その後も同じ治療が3回繰り返され、毎回同じ穴と管が使われた。案の定、炎症が起きて、結局腹の膨れは液体を吸い出す前より大きくなったという。読んでいるだけで、お腹が痛くなってきた。

いっそおとなしく逝かせてあげたらどうかと思うのだが、医者たちは諦めない。すぐに次の作戦を思いつく。彼を蒸し風呂に入れて、汗をかかせて液体を押し出そうというのだ。タイムマシンがあったら、今すぐ止めに行きたい。そんな願いもむなしく、蒸し風呂で蒸気を大量に吸い込んだ大音楽家は、腹をパンパンに膨らませ、そのまま息を引き取った。

ついやみつきになってしまうようなエグさのある物語なので、読む分にはよいのだが、もし自分が同じ時代に生まれていたらと思うと、背筋が寒くなる。最後まで病気(というより医者?)と戦い抜いた彼には、色んな意味でおつかれさまと言ってあげたい。

他にも、ナポレオンやモーツァルトの治療には、ツチハンミョウという強毒を持つ甲虫を乾かした粉と、からしを混ぜた特性の塗り薬が処方された。結果は、治るどころかひどい水ぶくれ。医者たちの迷走が止まらない。

こんな調子で、施される側にとってはありがた迷惑、というかただの迷惑でしかないようなデタラメな医療が、なんと20世紀の始めくらいまで生きながらえていた。その悲惨さに時には腰を抜かされ、時には苦笑しながら、「恐怖の医学史」をたどっていくのも本書の楽しみ方の一つだろう。

だが、偉人の死に際というユニークな着眼点以上におもしろいのが、本書に漂う、著者の独特なユーモアだ。経歴を見てみると、著者は医者でも歴史学者でもなく、なんと小中学生向けの作品を書くアメリカの小説家。そのため、日本語版の本書は大人向けに訳されてはいるが、原書は10~14歳のヤングアダルト向けに書かれている。そんな筆者だから、読み手を楽しませようとする遊び心が、至るところから感じられる。

例えば、各章の最後に付いている脚注のようなコラムのような部分には、小ネタが満載だ。ヒルを使った吸血治療を受けたモーツァルトの章では、ヒル治療の具体的な手順を7段階に渡って解説してみせる。気持ち悪いけど、おもしろい。巨漢だったヘンリー8世の章に至っては、その重さは公式バスケットボール244個分だとか、体形はスターウォーズのキャラクターのジャバ・ザ・ハットに似ているとか、もう本書のテーマ関係なし。読者を楽しませるためならなんでもありの精神だ。

加えて、試訳を読んだ編集者が「まるで落語のような味わい」と評したという軽妙な文章に触れるのも、本書の醍醐味だ。血なまぐささや汚さを次々とユーモアに転化することで、どぎつい内容でも楽しく読ませてくれる。著者の文章が醸し出す独特の雰囲気に乗せられて本書を読んでいると、哀愁漂う19人の物語に、「偉人もつらいね」と同情させられ、なんだか妙な親しみを感じてしまう。

そして読後には、もっと彼らについて知りたい! と、自然と興味が湧いてくる。歴史好きな人はもちろんだが、歴史にあまり興味がない人にこそ、本書は強くオススメなのだ。

書かれているのは死の物語だが、ユーモア溢れる本書を通してみえてくる彼らの人生は、本当に、「生き生き」している。トンデモ治療で偉人たちを苦しめた医者たちよりは、偉人たちを読者の前に蘇らせてくれるような筆者の方が、もしかしたら「名医」と呼べるのかもしれない。

「最悪」の医療の歴史
作者:ネイサン ベロフスキー
出版社:原書房
発売日:2014-01-28
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ファーブル昆虫記〈6〉 ツチハンミョウのミステリー
作者:奥本 大三郎
出版社:集英社
発売日:1991-09
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水膨れを起こす薬に使われた毒虫として本書に登場する、ツチハンミョウの生態がわかる。

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