昭和の落語界+BLの空気感=圧倒的な艶 『昭和元禄落語心中』

菊池 健2014年04月23日 印刷向け表示
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小学生の頃、私には同級生のN藤君と言う落語の師匠がおりました。

小学校の教室の一番前で、学校机の上に座布団敷いての彼の独演会。
(授業中に、他のクラスの先生が、彼に落語をやって欲しいと呼びに来るんですよ。全く良い時代でした。)

彼の噺に魅了された私は、彼が吹き込んだ落語のテープをもらい、ほとんど意味も判りもしない古典落語を稽古したものです。

「着物なんざ、成長期の坊主にはもったいねぇ。」ってことで、母がしつらえた浴衣を羽織り、学期末のお楽しみ会で先生にやらせていただいたのが古典落語の「堀の内」ときます。

あの頃のこと、大人になって思い出させてもらった本作です。
N藤君元気かなぁ?あたしは元気にやっておりますよ。

昭和元禄落語心中(1) (KCx ITAN)
作者:雲田 はるこ
出版社:講談社
発売日:2011-07-07
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初めてこの作品の1ページ目をめくった時、強い違和感がありました。

出所しようとする与太郎が、刑務所落語慰問会で聞いて惚れ込んだ噺家の元に弟子入りに行こうとするシーンから始まります。

おっちゃん 
いまかかってんの「死神」だね

おっ?
わけぇモンが珍しいね
落語なんてきくのかい?

いかな昭和の世とは言え、こんな口調で話す人が、世を占めてはおりませんでしょう。

なのになんでしょう?
雲田はるこさんの描く落語心中ワールドは、全編この調子、間、そして艶です。

絵、構成、台詞まわしの全てが、表現の演出として渾然としてありつつ、何よりページからこぼれんばかりの艶、艶、艶。

出てくる人は男も女も、昭和の時代の色気をただよわせ、コマとコマの間には、三味が控えめな出囃子を鳴らしているように聞こえます。
そして、なんでしょうこの、芸ごとに人生をかける登場人物たちの色気ある凄味は。。。

最初に感じた違和感はこれでした。
ちょっと他の作品にはない強烈な没入感が、第1話から私を完全に虜にしてしまったのです。

本編の重要人物、今八雲に首尾良く弟子入りした与太郎は、師匠と同居する鉄火な姐さん「小夏」から、会うなり強烈な一発をいただきます。

アイツは自分の芸を残そうなんざ全然考えちゃいない
言ってたんだよ
落語と心中するんだって

私はこの台詞で見事に墜ちました。
完全に落語心中ワールドの虜、雲田先生は罪なお「しと」です。

BL作家として経験を積まれた雲田先生が描く、男と男と女の物語。
そこにある艶の世界は、確かに今の漫画界でなければ描かれない、新しくて古いハイブリッドな創作だと思います。

マンガの異端なる新境地、昭和を懐かしみながらお楽しみください。

また、BLが好きな方、BLをご存じない方はこちらのレビュー『それでも、優しい恋をする』も、是非ご覧ください。

マンガ家支援者の目線

トキワ荘プロジェクトに入居を希望する新人作家のエントリシートには、良く「誰も描いたことが無いような作品を描きたい」という所信表明が書かれています。

その意味で『昭和元禄落語心中』は、タイトル通り、「落語の世界」+「BLの世界観」というマッシュアップ(掛け合わせ)がなされ、新しい世界観が作られていると思います。

これは、雲田先生の力と、連載するITAN編集部の思いが強く込められて「誰も描いたことがないような作品」という野心作になったのだとおののきます。

私が同じように感じている作品は他にもあります。

これまで、戦国の世界と言えば骨太な描写で荒武者を描くものが多かったところに翠星のように現れた『信長協奏曲』

これも、細い線と、必ずしも力強いわけではない描写で、新しい織田信長フィクションを作った新しい作品です。

以前主催したイベントで、名作を沢山送り出したベテラン編集長が紹介して下さって印象に残っていたのですが、今までなかった個性ある作品である点においては共通しています。

信長協奏曲 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
作者:石井 あゆみ
出版社:小学館
発売日:2009-11-12
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また、少し観点は違いますが『蒼天航路』という作品もまた新しい魅力に溢れます。

同じく、多くの人が描いてきた三国志の世界観に、マンガならでは演出が取り入れられ、三国志を読み古した読者にも、新しい三国志感を提供しています。

蒼天航路(1) (モーニングKC (434))
作者:王 欣太
出版社:講談社
発売日:1995-10-19
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これら作品は、「良くある素材」+「既存の表現」=「新しい世界観」という点で共通しており、掛け合わせによる新しい世界観の創出は、新人作家が世に出る方法論だと、私は考えています。

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