半グレは関東連合だけじゃない。超リアルに半グレ犯罪集団の実態を描いた『ギャングース』

角野 信彦2014年05月09日 印刷向け表示
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僕がまだ出版社にいた頃、見城社長が作家の山川健一さんに「犯罪について書く」ことをアドバイスしたのが印象的でよく覚えている。山川さんが五木寛之さんと対談しているなかで、そのことにふれている場面がある。

光の当たったところしか見ないという姿勢が体に染み込んじゃってるんですよね。影の部分は見ない、と。それはそれで潔い姿勢だとは今でも思うんですけど、そういう方法論で深みのある面白い小説を書くのは不可能だと思ったわけです。で、犯罪をモティーフにしたノンフィクション・ノヴェルなら、複数の人間の立体的な営みが描けるのではないか、と。 

山川健一対談 五木寛之「『安息の地』を書いた理由」

犯罪小説は、法を踏み越える切実な理由を積み重ねることによって、犯罪者にならざるを得なかったキャラクターのリアリティを描かなければ面白いストーリーにはならない。それ以来、そういう切実な理由を描かないわけにいかないのが犯罪小説やマンガなのだということを意識してその種の創作物を読んでいる。 

ギャングース(1) (モーニングKC)
作者:肥谷 圭介
出版社:講談社
発売日:2013-08-23
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今回紹介する『ギャングース』は、半グレの犯罪集団の実態をとてつもなくリアルに描きながら、現実の世界で若者たちの身にふりかかる日本社会の矛盾を強烈にあぶり出す傑作だ。

『ギャングース』というタイトルは「彼らは毒を持つもの(犯罪者)を喰らう小動物(マングース)である」という意味で、家のない少年院出身の3人組が、それぞれの特殊能力を活用して、振り込め詐欺集団、脱法ハーブの売人、建築資材専門の窃盗団、押し買い業者などの犯罪組織をターゲットにして盗み、恵まれな い少年少女に分け与える物語だ。

これだけ読むと、「なんだ、ねずみ小僧の亜流か」と言われてしまいそうだが、この物語を際立たせているのが、ストーリー共同制作者の鈴木大介が描く犯罪のディティールと日本の若者たちが置かれた状況の理不尽さに対する怒りのメッセージだ。

例えば、押し買い窃盗団が故買業者に売ろうとしている品を盗む場面で、ユニック・玉掛け・アウトリガー・敷鉄板などの言葉が出てくる。コンテナをクレーン車で運ぶときに使われる専門用語で、この用語が示すように、犯罪における勘どころの全てを、極めて詳細に語りつくそうとしている。全ての犯罪場面が真似するやつが出るぐらいリアルに描かれている。

また、怒りのメッセージは、犯罪を行わなければ生きていけない若者の思いを主人公の一人に語らせて代弁させる。

不良のガキが増え続けるのはぶっちゃけジジババのせいでもあるだろ
ジジババには国が介護だの福祉だのに金使いまくってんのに
ガキ放っぱらかしなのは

単にガキに金かけても選挙の票になんねーからだ
そんで日本中の金使わねーで溜め込んでる

ジジババこそ日本のガンじゃねーかよ

かなり過激なセリフだが、鈴木は自身の著書『振り込め犯罪結社』のなかで、このセリフに込められた怒りの正体をこのように語っている。

いつしか振り込め詐欺のターゲットは高齢者中心となったが、日本の六十歳以上の高齢者が抱える個人金融資産は、全個人金融資産のうち六割を占める。その額、実に946兆円。一方で、29歳以下の金融資産は10兆円。世代人口を無視したデータではあるが、そこに90倍以上の差がある。 

10代から20代前半の完全失業率はこの10年間で8~10パーセントの間で推移し、全世代平均の失業率のおよそ2倍の数値を毎年記録し続けている。 

簡単である。若い世代の失業率を改善すれば、プレイヤーになる者が減る。貧困層や累犯者などへの福祉を充実すれば、集金や名義人役者などの末端要因が減る。誰もが正業でマトモに生きていける世の中であれば、これほど組織化した詐欺など発生しなかったのではないだろうか。 

だが、生活保護者へのバッシングや少年法の改正論など、日本は弱者に対して徹底的に冷たい世の中に一層傾きつつある。ある道具屋は「生活保護の人間から保護費をバンバン切ったら、詐欺の人材が増えちゃってしょーがないですね」と言って笑った。その通りなのだ。反論の余地がなかった。

振り込め詐欺とは、歪んだ日本の貧富、格差を調整しようとする『自浄作用』ではないのか。そんなことすら感じてしまうのだ。 

鈴木大介『振り込め犯罪結社』より

これは、老人という多数派の「正義」によって動きがとれない政治への痛烈な皮肉だと思う。経済学者の吉本佳生の『日本の景気は賃金が決める』という本の紹介をしている橘玲がこう言っている。

国家の重要な役割のひとつが所得の再分配で、社会保障政策などでゆたかなひとから貧しいひとにお金を移転して、より平等な社会をつくることだとされる。ところが日本の子どもの相対的貧困率を調べると、所得再分配の前が12.4%なのに、所得を再分配すると13.7%に悪化してしまう。国家がなにもしない方が、子どもの貧困率は1.3%改善するのだ。


なぜこんな理不尽なことが起きるかというと、国民から徴収したお金を高齢者に優先的に配っているからだ。日本の「少子化対策」というのは、子どもを経済的に虐待することなのだ。


橘玲「吉本佳生『日本の景気は賃金が決める』の書評」より

『ギャングース』で描かれるのは、ほとんどが法律的な悪であるが、この「世代間の再配分の格差」に関しては、道徳的な悪として、常にストーリーのなかに地下水脈として流れ続けている。扱いにくい社会問題を、エンターテイメントで語らせた最良の例の一つではないか。

『ギャングース』はこのような特徴の他にも、2つほどなかなか面白い、新しい取組を行っている。

一つはマンガにも関わらず、「未公開場面」を差し込んでいることだ。本編のなかで、なぜか唐突に主人公たちが使ったワゴンRのボンネットがボコボコになっていたり、主人公のカズキが脈絡なくそっぽを向いているような場面があるが、未公開シーンでその伏線が回収される仕組みになっている。こうした仕掛けがあることで、どこを読んでいてもいい意味で気が抜けなくなっている。

もうひとつの新しい取組は、「すずきメモ」という欄外の註が付きまくっていることだ。1980年に発表されて、河出の文藝賞を取り、芥川賞の候補にもなった田中康夫の『なんとなくクリスタル』という小説は、227ページに442個の註が付いていたことが話題になったが、『ギャングース』も1巻から3巻の629ページで145個の註が付いている。驚いたことに『なんとなくクリスタル』は1980年の時点で、強烈な消費社会の到来とバブルの崩壊も通り越し、少子高齢化が日本社会にもたらす影響について、不吉な予感を抱かせる終わり方をしている。

『なんとなくクリスタル』の最後は、「本文」でも「注」でもなく、まるで放り出されるように、「人口問題審議会『出生力動向に関する特別委員会報告』」と「54年度厚生行政年次報告書(55年度版厚生白書)」が置かれている。そこでは、合計特殊出生率として1975年=1.91人、1979年=1.77人の数字と「出生率の低下は、今後もしばらく続くが、80年代は上昇基調に転ずる可能性もある」という言葉が併置されている。ちなみにこの予想は外れ、出生率は1987年に「1.7」を、1992年に「1.5」を、2003年に「1.3」を切った。また「(65歳以上の)老年人口比率」に関して「1979年 8.9%」「1990年 11%(予想)」「2000年 14.3%(予想)」は現実には「2000年 17.4%」「2010年 23.0%」であり、「2020年 29.1%(予想)」「2060年 39.9%」と予測されている。

政府の(楽観的な)予想は外れ、いまこの国は、誰にも予測できない不安な未来へ向かいつつある。『なんとなくクリスタル』は、社会が異様な繁栄へ向かいつつあるその瞬間に、まるで悪夢のような光景を一瞬、垣間見させた。だが、人びとは、その映像には気づかなかった。著者の田中康夫だけが提出することができた、世界の荒涼たる未来の風光を見なかったことにした。この小説が持っている、もっとも恐ろしい、幻視する力には気づかぬふりをしたのだ。 

高橋源一郎『唯一無二』(田中康夫『なんとなくクリスタル』解説より)

繁栄が少子高齢化の影響を受け、遅かれ早かれ終焉する予言をしながら、80年代の入口で消費文化を批評した小説と、少子高齢化が「世代間の分配の不平等」を生み出すことへの怒りをテーマにしたマンガが、両方とも大量の註を付け、本編を作者自らが客観視する構造になっている。とても偶然とは思えない。
 

ギャングース(2) (モーニングKC)
作者:肥谷 圭介
出版社:講談社
発売日:2013-11-22
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作者:肥谷 圭介
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ギャングース(4) (モーニングKC)
作者:肥谷 圭介
出版社:講談社
発売日:2014-05-23
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