これは宇宙世紀の歴史マンガです。
『機動戦士Ζガンダム デイアフタートゥモロー ―カイ・シデンのレポートより―』

小沢 高広2014年05月11日 印刷向け表示
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5月11日は何の日?
母の日? もちろん正解。

でもまだある。
ヒントは宇宙世紀0084年。

そう、今日は5月11日は、エゥーゴがジャブローを攻撃した日なのである。

んなこと知るか、って?
いやいや、もはや宇宙世紀は、戦国や幕末、三国志に匹敵する<歴史>だよ。

『機動戦士Ζガンダム デイアフタートゥモロー ―カイ・シデンのレポート―』(以下DAT)には、モビルスーツの戦闘はもちろん、ほとんど動くモビルスーツが登場しない。主人公は、1年戦争の後にジャーナリストとして活躍した元ホワイトベースクルーのカイ・シデン。彼の視点で、アニメ本編では語られなかった事件の背景やキャラクターの心情を語っていく構成になっている。

冒頭のジャブロー攻撃ももちろん登場する。本編でははっきり描かれなかった、レコア・ロンドとの関係。いっしょに監禁されてた間に何かがあったんだろうなあ、と思わせぶりだったあのシーンも「なるほどねー それであのレコアさん、大人な表情だったのね」と納得できる。

アムロ・レイが久しぶりに乗ったモビルスーツ<ディジェ>がなぜジオン寄りのデザインだったのかなんて、理由も明らかにされる。アニメ放送当時、ファンとしては、正直、なんでアムロがこんな脇役っぽいモビルスーツに乗るのさ、という不満が少なからずあった。事実、不人気だったのだろう。なかなかプラモデルも販売されなかった。でも、DATを読んで腑に落ちた。こういう事情だったんならしかたない。むしろディジェかっこいいじゃないか。

この物の見方が変わる感じは、歴史の勉強をしている感覚に近い。もちろん年表や人物名を語呂合わせで暗記する方面の勉強じゃない。どうにも理解しがたい人物の行動。なんでそんなことをしたんだろう? しかしいろいろな資料にあたっていくうちに、その人物がどうして当時その選択をしたのか、どんな背景や事情があったのか。そのことが次第に立体的にわかってくる。そして最初は理解できなかった相手の心情が、理解できるようになる。歴史を学ぶとは、相容れない立場の人たちの考え方を互いに理解する、という側面もあるはずだ。

カイ・シデンは苦悩する。

自分の戦ってきた相手は 本当に自分の敵だったのだろうか

カイはかつて敵だったジオン残党に新たな戦争を回避するための協力を乞う。同意した彼は握手をしつつ「やはり貴方は私が考えていた通りの人物のようだ」といい、いまだ連邦政府の監視下にあるセイラ・マスの侍女は「双方の言い分を理解した上でどちらにつくかなどと 選択が出来るほど悠長な状況では無かったのですから」と微笑む。そして1年戦争で何度も命を奪われそうになった仇敵シャア・アズナブルにたいしては開口一番こう告げる。

貴様に喝を入れに来た

DATでは、こういったシーンがたんたんと描かれる。シャアやアムロと言ったエース級のキャラクタを扱うシーンも多く、もっと情感たっぷりにもりあげて描くことも可能だろうけれど、作者はそうしない。それはストーリーはもちろん、漫画的な技法の面でも徹底している。

この作品にはほぼタテのコマわりがない。また誰のセリフかを明示するためのフキダシのしっぽもない。そういった極力、主観を排した表現が描き方がドキュメンタリー映像のような読み味を生んでおり、歴史物としてのガンダム、という位置づけを際立たせている。

またコマ枠の外がすべて黒く塗りつぶされているのも特徴的だ。通常、マンガでは、コマ枠の外は白い。黒いのは過去を回想した場合だ。だからたとえ過去が舞台の織田信長が主人公のマンガでも白い。ではなぜDATは全面黒いのか。これは冒頭にも紹介した宇宙世紀の公式年表が、はるか先、宇宙世紀0220年代まで書かれている(0650年代説もあり)からではないだろうか。現在公開されている宇宙世紀は、すでに確定した歴史である。今後、新たに発見された出来事が書き加えられることはあっても、書かれている事象は、あくまで過去。我々は宇宙世紀をリアルタイムで体験する立場でなく、客観的に振り返る立場となる。つまり読者は、コマ枠の外が黒いことにより、歴史物を学ぶスタンスで、この作品を読み解くことになるのだ。

『ガンダム』は単純な善悪では語れない様々な立場の存在を描くことによって、放映当時から、たんなるSFロボットものの枠を超えたと評されてきた。その後も、多くの作家たちによって、様々な『ガンダム』がうまれ、わずか35年のあいだに戦国や幕末、三国志に匹敵する作品群が生まれた。それらは互いにいくつかの矛盾ははらみつつも、その矛盾が新たな創作を生み、宇宙世紀というひとつの歴史にまとめあげられている。DATも、単なる懐かしキャラの同窓会的な作品ではなく、歴史物としてのガンダムととらえて読むのといっそう楽しい。

なおこのデイアフタートゥモローシリーズには、続編『カイ・シデンのメモリー』もある。こちらは宇宙世紀0105年、旧ジオン公国の首都ズムシティでホワイトベース展が開かれ、カイが監修をつとめるといった展開。ファーストガンダムの世界の本編では描かれなかった裏側のエピソードを取り扱っている。マチルダさんを撮ったあのカイのカメラも登場。ぜひあわせて読んでいただきたい。 

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