美味しそうな食べ物が出てこないこのマンガは、もはや『美味しんぼ』ではない。

山本 憲資2014年05月23日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)
作者:雁屋 哲
出版社:小学館
発売日:1985-03
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan

前回の『いつかティファニーで朝食』の投稿で『美味しんぼ』が好きだと僕は書いた。弁解しておくと、好きなのは山岡士郎が栗田ゆう子と結婚するまでであり、それまでの50巻弱はおそらく20回以上は読み返していると思う。ただここ最近は、というよりこの10年以上は、単行本を発売時に流し読みするくらいしか追いかけていなくて、説教調のストーリーに食傷気味もいいところである。

このように感じているのは僕だけではなく、多くのファンが似たような意見を持っているのは周知の事実。ちなみに山岡が結婚したのは1994年で、今から約20年前。90年代(特に前半)までは美食にリーチできる人がかなり限定的だったように思う。インターネットの情報もなく、その中で割合リアリティを持って美味という世界をカジュアルに敷居を低く表現したというのが美味しんぼの第一義であった(と当時中学生だった僕は想像する)。ミスター味っ子あたりはあまりリアリティがなかったし、美味しんぼほど料理人や生産者にしっかりと取材して作られたマンガはそうそうなかったのではないだろうか。

しかし、僕も恩恵を受けているうちのひとりだと思うが、この20年(とりわけ最近の10年は特に)美食のカジュアル化が、一気に進んだのではないだろうか。つまりは、少しでも美食に興味がある人は美味しいお店やいい食材にそこまで高いハードルを越えることなく到達できる状況になっている。一流店で修行した料理人の数も増え、それに連動しての(というわけでもないかもしれないが)食べログをはじめとしたウェブ上でのレストランレビューサイトの隆盛。またオイシックスなど、良質な野菜の販売サイトも数多く生まれ、安全かつ美味しい野菜も随分と手に入りやすくなった。多少の高い意識をもってして情報を収集すれば、上質なレシピも含め、そういうものに触れていくことがあまりにもシンプルに簡単になった。

昔はそのしっかりとした取材で読者よりも情報優位なポジションに比較的簡単に立てたんだろうけど、現実問題として、今はそうはなかなかいかなくなってしまった。原作者の雁屋哲氏はオーストラリアにベースを構え、時々日本に取材にきているというのを聞いたが、そのスタイルで今日の日本のフードシーンの情報流通スピードに対応した作品を書いていくのは難しい気がする。そのスタイルでできることとして、日本全国味めぐりのシリーズやその延長線上として、今回の福島の企画も生まれているのだろう。それはそれで表現の自由の下、ライフワークとして大いにやっていただいたらいいことである。

ただ美味しんぼ上でこの切り口をやることの問題点としては、美味しそうなものがあまり出てこないに尽きる。地域の風土や原発の問題も大事だが、美味しんぼにとって一番大事なことは、高級なものからB級なものまでとにかく美味しそうなものを出すことに尽きる。『美味しんぼ』というタイトルはコピーとしても最高で、よくこんなキャッチーなタイトルを思いついたものだなと常々思っているが、お説教をされるために読みたいのでは決してない。

食関連に特化した出版社である柴田書店から出ている『専門料理』という雑誌がある。料理人向けのマニアックな専門誌で、これが面白くてこの数年は毎月読んでいる。中でも「柴田日本料理研鑽会」という京都の料亭の「菊乃井」の村田さんを中心とした和食の料理人の集まりがあって、毎月食材のテーマを決め、一品ずつ持ち合って批評しあうという連載がこのうえなく面白い。欲張りをいえばとっとと電子化してほしいのだけれど、出てくる料理のレシピも全部出ているしで、読んでいてにやにや楽しい。料理人が料理と、美味とどう向き合っているのがカジュアルに垣間見られるという意味では、僕の中では美味しんぼよりはるかに美味しんぼらしいものなのだ。

連載終了するべきだ、というのにももう遅すぎるタイミングだし、みんなが好きだった『美味しんぼ』はもうどこにもないのだ、合掌。
 

月刊 専門料理 2014年 06月号 [雑誌]
作者:
出版社:柴田書店
発売日:2014-05-19
月刊 専門料理 2014年 05月号 [雑誌]
作者:
出版社:柴田書店
発売日:2014-04-19
美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)
作者:雁屋 哲
出版社:小学館
発売日:1985-03
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub
  • ebookjapan
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら

人気記事