即日完売記念!『まんが 医学の歴史』誕生秘話

山田 義久2014年05月25日 印刷向け表示
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まんが医学の歴史
作者:茨木 保
出版社:医学書院
発売日:2008-02-01
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 21日(水曜日)に『まんが 医学の歴史』のレビューを公開した翌日、担当編集者である医学書院の青木さんからfacebook経由で連絡をいただきました。その時伺ったこの本の誕生秘話があまりに熱くておもしろいので、無理言って文章にしてもらいました。後半には、なんと作者ご本人からのコメントもあります。ぜひ読んでみてください(山田)。
 


『まんが 医学の歴史』誕生秘話        医学書院編集部 青木大祐

発火点は水曜日に

小社刊『まんが 医学の歴史』がマンガHONZでレビューされました。さらにTwitterで堀江貴文氏、佐々木俊尚氏といった名うての方々にリコメンドされた効果はまさにテキメン。注文殺到でネット書店は軒並み即日完売
話題のニュースキュレーション・アプリAntennaにおける同記事の配信回数は、なんと20万を超えました。重版(第8刷)も決まりました。日ごろマスコミならぬミニコミ(医療者向けの専門出版社です)を稼業として自認する私たちにとって、ほんと嬉しいサプライズでした。レビュワーの山田義久さんには頭上がりません。

翌、木曜日。出社すると隣席の先輩白石よりひと声、「HONZに出てるじゃん」。
じつは今月、小社の書籍がHONZで紹介されたのは2度め。白石が編集した『カウンセラーは何を見ているか』も話題の新刊としてレビューされたばかりだったのです。

上で「ミニコミ」と書いたばかりですが、SNSが普及した現在、以前なら「知る人ぞ知る」だけだった専門書の醍醐味が、面白いコンテンツを求めて広くアンテナを張る一般の目利きたちにも届きやすくなっている――。その実感を確かなものにしてくれた今回のプチ炎上でした。

で、金曜の夕刻にその山田さんから「あの本の誕生秘話、書いてもらえませんか? できたら土曜日中に」と依頼が舞い込み、現在に至ります。「日曜に記事だしたいから」と。
頭はもう下がりっぱなしです。

医学専門出版社から「漫画!?」

『まんが 医学の歴史』は2008年の刊行以来、ありがたいことに、かねて「知る人ぞ知る」類いのロングセラーになっています。昨年秋に出された齋藤孝さんの『文系のための理系読書術』でも推薦いただいたり、そうそう、実際に医学部での教材指定も受けています。

記憶をさかのぼると、作者茨木保先生との出会いは2002年でした。定年を翌春に控えた先輩Yさんから、その担当書『実践!人工心肺で挿し絵を描いてくれた「猫好きの変わり者」が、

「なかなかユニークなんだよ。青木くん、まんが好き?」
「大好きです」「じゃあ君に託すよ」

との、あっさりとした会話で担当引き継ぎが決まったのでした(後になってから、老練の先達にはいろんな含みがあったことがわかる)。私が書籍部門に移ってすぐのことです。

実践 人工心肺
作者:南淵 明宏
出版社:医学書院
発売日:2002-03
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いざお会いすると、茨木先生は、総合病院の婦人科部長(当時)という重厚な肩書きに似合わない物腰柔らかな小柄な紳士でした。熱を入れて企画概要を語られる際にキラキラ光り出す瞳が印象的でした(ほんとに猫のようで)。

のちに、『まんが医学の歴史』がオファーのきっかけとなったという2009年の『タモリ倶楽部』出演の際、タモリに「先生は小学5年生ですか?」とツッコまれたエピソードもあるようなベビーフェイスでもあって、その創作上の真摯な姿勢や情熱に圧倒され、感化されるのは、まだ先の話です。
このときは「優しそうな人でよかった♪」と気楽にかまえていました。

さて、その「ぜひ医学書院さんから世に出したいんです」との熱心な持込みを受けて出版計画はスタートしましたが、企画会議の場では異論・反論が続出しました。

いわく「前例がない」「医学生しか買わないだろう。その教育レベルを下げたと取られたくない」「他社から出たほうがいいのでは?」などなど。

しかし、「専門出版社だからこそ、質の高い作品として出すべき」「医学史というマイナーな領域を若い世代に推すには最適では」など、肯定意見も(このときは意外なことに比較的年輩の参加者から)強く打ち出され、ただし、まずは月刊誌連載で読者の反響を確かめながら慎重に進めるということでGOサインが出たのでした。

まんが 医学の歴史』構想段階のネーム(下書き)

その後、1年間の準備期間を経て、2003年から『看護学雑誌』での月刊連載がスタートします。ただ私にも社としても、まんが編集のノウハウはなかったわけです。ただ、運良く社外から、大学の同級生で漫画編集者になっていた友人たちから助言を受けることができました。

何といっても先生自身の20年に及ぶ長い構想期間の中で基本プロットが固まっていたため、そのアウトプットに対し編集側ができたことは、歴史考証・校閲、補足資料集めといった程度の当然のサポートで、その後、雑誌都合で予定より早く連載は終了した(2005年)のですが、それからの描き下ろし期間含めて、基本的に楽しい作業ばかりでした。

まんがだけでなく、(先生は謙遜されますが)地の文が本当にすばらしいからと、長めの「あとがき」書き下ろしをリクエストしたことが、いま思ってもヒットでした。

なお2006年に茨木先生は病院を退職され、小田急線沿線で開業されました。このあたりの経緯は、日本最古の医師向け週刊誌「日本医事新報」で長期連載中の4コマ漫画『がんばれ!猫山先生』で大いにネタにされています。茨木先生、わが国の開業医の世界ではとっても有名人だったりされるのです。

がんばれ!猫山先生〈3〉
作者:茨木 保
出版社:日本医事新報社
発売日:2012-11
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 ところで、

「巻末には、参考文献、関連年表、ノーベル賞の歴代受賞者、人名索引、書名・学派索引まで、学術書ばりに充実している」(マンガHONZレビューより)

学術書の出版社なので(笑)。控えめに作ったつもりでした。関連年表は、原形だと詳しすぎるから…と茨木先生の意向で三分の二程度に削られました。

5年に及んだ制作期間中、先生が悩まれる時期もありましたが、そんなときでも外来診察の休憩時間にお邪魔して医学界のトピックや趣味のオタク話でひとしきり盛り上がったり(時にこちらが一方的に馬鹿話をするだけでお邪魔だったことも)、時に長いメールを交わしたり。長距離ランナーの孤独になるべく近づきたい伴走者として過ごした時期でした。

「あとがき」で引用されていて驚いた私の言葉「歴史historyとはhis storyですから」は、そんな「どや顔」めいたことを言った記憶がなくて、後で先生に「当人ってそんなものですよね!」と爆笑されました。
後述する本作の続編といえる『ナイチンゲール伝』の「あとがき」でも同じく、私がもっともらしいこと言って先生を励ましたエピソードを出されているのですが、それもまったく憶えてないという恥ずかしいオチが増えています。

実のところ、本書が社内外から注目を集める類の「期待の大型企画」ではまったくなかったことが、いちばん大きいプラス要因でした。担当者(私)に課せられていた大きな任務も同時期に別にどっさりありましたから、そちらを円滑に進行していたら、上司があえて他の“端物”に口出ししてこないという社内環境の賜物です。

通常、5年かかってまだ世に出ないような企画は見放されるものですが、「グーグル社エンジニアの20%ルール」に近い“遊び”のノリが、出版社にもまだ残っているように思います。

  “黒い重厚な装丁。金文字で書かれたタイトル”

写真左が、実際に装丁作成に用いたキャラクター指定紙(ただの黒画用紙)

さて、「大型企画ではない」というのは「予算が少ない」ということです。
いざ装丁を決めるという段階で、外部の著名デザイナーに頼むカネはなく、でも少しでも豪華なしつらえにしたい――。じゃあ自分でとラフを描いて、唯一あてになるインハウス(社内)デザイナーと調整しながら仕上げることにしました。

イメージは、茨木先生が憧れてやまない手塚治虫ワールドへのオマージュになるように。また本書は、司馬遷の『史記』でいえば「列伝」。群像劇のスタイルですから、多様なキャラクターが毎回ぐるぐる入れ替わり、らせん状に物語が進んでいく。ひと目でそう伝わればいいなと全ページの全コマを見直して、キャラを数えて抜き出して、ハサミで切って貼って中心となる螺旋図の配置を決めました。 

そうして、ここで浮かした額を、こだわっていたタイトル文字の金箔押し(まあまあかかります)に廻しました。背表紙にも押してます(そのぶんも上乗せでお金かかります)。
編集職の大きな仕事は銭勘定。やりくりが基本ですね。

ところで、表紙の袖を折りたたむ形式での造本(見返しと一体化)にしたのは、本書の部数を底支えしてくれると踏んだ全国の図書館で「ジャケットは捨ててしまう」ケースが多いことを司書さん(飲み友達)からかねて聞かされていたからです。このとき、現在のような一般受けは想定できていませんでしたから。

本の返品制度がある中、書店さんの店頭での経年劣化で汚れたジャケットだけ掛け替えて、中身は同じでまた出庫したほうが効率は良いのですが、ここもこだわったポイントです。せっかくの箔押しが捨てられて、読者の目に触れないのでは悲しいですから。

また、本書で特徴的な、化石のような風合いが綴じ込んであるような表紙加工になっているのは、これは印刷現場での試し刷りの際にたまたまインク上に空気が混入する製法になっての偶然の産物でした。最初からねらったわけではなかったわけです。デザイナーが「失敗したかな…」と微妙な表情で届けてくれた見本が気に入って、即採用になりました。

後に、2011年に出た『ナラティブ・メディスン 物語能力が医療を変える』の装丁でも、この手法が採用されています。同じインハウスデザイナーだったからできたことでした。

ナラティブ・メディスン―物語能力が医療を変える
作者:Rita Charon
出版社:医学書院
発売日:2011-08-24
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刊行当時の販促キャンペーン

刊行後、本書は予想外の売行きを示し、思わぬ余波をもたらしました。アーリーアダプターの多くはやはり医師でしたが、まんがは手に取らないと思われていた中高年以上の読者から熱い支持が得られたことが判明したのです。熱烈なファンレターが何通も届いて感激しました。「文字が多い」ことも、読書に慣れ親しんだ世代にはむしろ強みとしてはたらきました。

ついで、ぐっと若い世代にも手に取られるようなっていきました。四国のある書店さんから小学生の購入者がいたなんて情報も入りましたが、職種としては、医療関係をめざす学生さんが多いです。医師向け予備校(YMS社)から「これこそ受験生のうちから知るべき内容だから」と、100部単位での注文が入ったのにも驚きました。

PRにあたっては、解剖学者であり医史学に造詣の深い順天堂大学の坂井建雄教授(ヴェサリウス好き)と、日本を代表する看護師川嶋みどりさん、茨木先生と親交の深い『Dr.コトー診療所』作者の山田貴敏先生ら、斯界で錚々たる方々の協力を得て、広告関係を作りました。また、上層部のスルーにかかわらず本書に注目してくれた販売部の熱い面々が、書店向けミニコミ情報紙『販売生活』をつくったり足を運んでは、「いい本です。これは一般書としても売れますよ」と営業をかけてくれました。

その他、オープンに公開されているamazonレビューや読書メーター、個人のブログやTwitterなどで発信されている本書への無数の賛辞(と、当然ある一部のネガティブな意見)に触れるたび、やっぱり背筋が伸びます。

 山田貴敏先生(『Dr.コトー診療所』作者・漫画家)にいただいた直筆書評

書店向けフリーペーパー『販売生活』(医学書院販売部編集・発行)

また、本書刊行がきっかけとなって、現在は季節折々の時期に全国の書店さんで「医学の歴史」フェアが開催されるようになっています。

紀伊国屋書店5F新宿医書センターでの「医学の歴史」フェアの様子

新作『ナイチンゲール伝』は、『まんが 医学の歴史』外伝

2014年1月。その茨木保先生待望の新刊が出ました。
ナイチンゲール伝 図説看護覚え書とともに』です。

ナイチンゲール伝 図説看護覚え書とともに
作者:茨木 保
出版社:医学書院
発売日:2014-02-10
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 『まんが医学の歴史』の初期プロットでは、フローレンス・ナイチンゲールの物語も候補に挙げられていたのです。

茨木 看護学の基礎を築いたナイチンゲールについても、実は当初は描く予定だったのですが、“科学発展としての医史学”であることを背骨とした本書のコンセプトを考慮して、残念ながら割愛しました。また自分が歳を重ねてからいつか、医学というより「医療」という大きな視点で物語にとりかかれるときが来たら、本書とは違うアプローチで彼女のことを描けるときがあるかもしれません。
――もし現時点の茨木流にナイチンゲールについて描かれていたら、どんなキャラクターに?
茨木 たぶん、いわゆる“男みたいな”人物像になってしまったと思います。悪い意味ではなくて。
月刊『看護教育』2008年6月号巻頭インタビュー

歳月が過ぎて、50代になった茨木保が向き合ったナイチンゲールの生涯と事績について。実際に「男みたいな人物像」として描かれたのか、ぜひ『まんが 医学の歴史』とあわせて手にとって確認してほしい、傑作です。

最後に。
せっかくなので、茨木先生ご自身に創作時期のことを寄せていただきました。

●「こんなことに苦心・苦労して描いた」
ひとつは、モノを創る作業は多かれ少なかれみんな同じだと思うんですが、「何を書くか」以上に、「何を書かないか」という「削りの作業」が悩むところですよね。
本書が描いているのは、「医学の進歩に重要な転機をもたらした人や出来事」ですが、歴史の中の多くの事物からの「削り」の作業には苦心しました。

もうひとつは、「わかりやすさ」とか「おもしろさ」とか、漫画というものに期待される要素を、医学史(というコムズカシイ分野)を描くにあたって、どう持ち込むかということですよね。ドラマを描くためにはキャラを「立て」ないといけないんですが、その結果、読者の方から「自分の抱いていたイメージと違う」と、お叱りを受けることもあります。まあ、これは歴史モノの宿命でしょうね。

●作者から、これから本書を手に取る人へのメッセージ
本編の中にも書いていますが、歴史を描くことは「欠席裁判」のようなものですので、そこに必ず作者の主観が入ります。この本は「読者の方々がこれを入口にして医学史をのぞくきっかけになれば」と、そういうスタンスで描いています。
ですから、この後、読者の方が色々な資料にふれて、それぞれの「歴史観」を抱いていただければうれしいですね。

科学というものは、世代を超えた人類の共同作業です。
皆さんひとりひとりが、その膨大な共同作業を担っているのだと実感していただければうれしいです。             

茨木 保

 青木大祐(医学書院編集部)

早稲田大学文学部東洋史学専修卒。1998年医学書院入社。専門誌編集室(『JSES内視鏡外科』『検査と技術』『看護教育』『訪問看護と介護』)を経て現任。

担当企画に、刊行まで14年を費やした『日本近現代医学人名事典【1868-2011】

日本近現代医学人名事典: 【1868-2011】
作者:泉 孝英
出版社:医学書院
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 “市ヶ谷のマザー・テレサ”の活躍を追う『在宅ケアのはぐくむ力

在宅ケアのはぐくむ力
作者:秋山 正子
出版社:医学書院
発売日:2012-12
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「日本最大の」町医者による檄文『プライマリ 地域へむかう医師のために

プライマリ 地域へむかう医師のために
作者:松村 真司
出版社:医学書院
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看護師のためのWebマガジン「かんかん!」など。
好きな映画は『王立宇宙軍』。小説は『ひとびとの跫音』。

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