『排泄物と文明』うんちのうんちく

山本 尚毅2014年05月26日 印刷向け表示
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排泄物と文明: フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで
作者:デイビッド ウォルトナー=テーブズ
出版社:築地書館
発売日:2014-05-17
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 訳者がこんなに「ウンコ」を連発したのは小学生のとき以来かもしれない

ウンコが溢れているのは本書の中だけではない、世界中で溢れはじめている。約70億の人類は約4億トン近いウンコを、家畜(ニワトリ約190億、ブタ約10億、ウシ約14億、ヒツジとヤギ約18億)は控えめに見積もって、141億3645万トンの畜糞を算出する。畜糞だけで、地球上すべての人に一日1ℓ以上を配ることができる。とてつもない量だ。この先、人類は100億近くまで増えると予想されているし、アジアやアフリカでは肉食文化も広がっていく。経済とは違って、糞尿量の成長が停滞することはしばらくないだろう。

ご覧のとおり、数字だけ見てもウンコはやっかいな問題である。しかし、その中でも特にやっかいなのは、市民や分野の異なる研究者の間で適当な共通言語がないこと、らしい。そして、著者はその話のために第一章をまるまる費やす。辿り着いた共通言語は「Shit」、日本語で言うなら「糞(クソ)」だ。尚、翻訳本では排泄物の生々しさを伝えるために、ウンコで統一されている。(※正しいShitの使い方は『正しいFUCKの使い方』をご参照あれ。)

この先の展開に不安な匂いが漂うはじまりだが、話は急展開する。

生物が生まれる前、ウンコはなかった

からはじまる「ウンコの起源」、動物による糞食と生態系の愛おしい関係性、昆虫や動物の糞に含まれる病原菌から世界中に広がる疫病、「コピ・ルアック」が高価な理由とジャコウネコの胃の中で起きる作用など、寄生虫好きや昆虫好きの興味関心も取りこぼさずに、真面目な話と香ばしいウンチクが交互に続く。とにかく話題の幅が広く、博識な著者の展開に引きずりまわされるのだが、本が進むにつれて、人間社会とウンコ、生態系の未来とウンコの話に焦点は絞られていく。

高邁な哲学や宗教的ビジョンがあろうと、私たちはウンコをしないわけにはいかないのだ

そう、誰もウンコを無視することはできない。しかし、人類はトイレが必要になった定住生活以後、便所を他の生活空間から分離し、不潔なものとして分離した。人類は、自らのウンコを不潔で危険なものとして忌み嫌ってきた。地域に残る逸話では、悪魔と糞の関係が主張され、宗教では不浄の源と性格づけられた。

しかし、時代や場所によって、ウンコに対する人類の価値観は変化してきた。江戸時代には、有用なものとして堆肥として利用された。価格が高騰し、ウンコを盗むことは犯罪とまでされていた。また、19世紀に、ヨーロッパ人によってグアノ(鳥やコウモリの糞)が発見され、人口爆発の一因となり、戦争の原因にもなった。アメリカには、グアノ島法ができ、グアノに覆われた無名で無人の島があれば、合衆国市民は合衆国のために領有できると主張し、ミッドウェイ島などを含め50をこえる島を領有した。

人類の半分以上が都市に居住する現在、ウンコが資源として重宝され、利用される機会は激減した。今では、人類は生態学的・経済的利益をほとんど忘れ去って、ウンコに関係する病気や公衆衛生の問題ばかりに注目が集まっている。その中でも、水洗トイレは公衆衛生上のもっとも偉大な発明と言われているが、そのルーツはギリシア神話にある。ヘラクレスが、ウシの畜舎に川の水を引き込んで、きれいさっぱり流した功業だ。その後、19世紀に「土洗便所」と区別するために「水洗便所」という語が英語の語彙に加わったあたりから、水洗トイレは普及していった。

水洗で流したものは裏庭の汚水溜めに空けていたが、次はそれが悪臭と病気の原因になった。汚水溜めと下水道をつなぐことで問題が解決されたが、下水道から川に流されたウンコはコレラ発生につながり、数万人が死亡した。

その後、上下水道や水洗トイレが整備され、先進国の都市住民の健康は大幅に改善された。もちろん、すべての地域で万能なシステムではない。イエメンの都市では何世紀もかけて乾燥した砂漠の環境に適応した、水を必要としない衛生システムを発達させていたが、水洗トイレが導入されると、水不足と地下水位の低下が起こった。

衛生システムの整備により、人々のウンコに対する意識は不潔で病気を引き起こして危険だという側面ばかりが強化された。また、食糧がグローバルに行き交うことで、土地に由来しない成分が排泄物に含まれるようになった。ウンコは下水を通じて川に流れ、地域の生態系に影響を及ぼし、疫病の拡大にも一役買っている。その一方で、私たちが日々排便し、個人的に地球や土壌の再生に貢献できる可能性がまったく賞賛されず、問題扱いされたままだ。

しかし、本書は悪役となったウンコに対する問題提起だけでおわらない。

排泄物についての認識を「処理」すべき「廃棄物」から地球上の生命に必要なものへと、生態学的・進化論的に改めることによって、私たちはウンコを生物圏の正しい場所に戻すことができ、そうすることで自分たち自身の癒しと意味を共に見出すことができる。

やっかいな問題に立ち向かうため、著者がウンコの世界に引きずり込んだのは複雑系の理論と市民参加だ。意外なことに、最先端のテクノロジーをベースにした糞尿の堆肥化やバイオマス・エネルギーではない。ウンコに関連する社会的システムと生態学的システムがどう相互作用するかを、複雑系の理論と共に解き明かしつつ、市民がウンコのことを真剣に考え、科学の成果を理解し、日常行動を変えていくプロセスを考え、実行している。

そして最終章は実践編。異分野のプロフェッショナル集団が複雑系の理論と市民参加のプロセスを武器に、ウンコの問題に挑む。すべての複雑でやっかいな問題に取り組む人たちのケーススタディとしておすすめだ。

我々はできる、No Shit!

ヤマケイ文庫 くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを
作者:伊沢 正名
出版社:山と渓谷社
発売日:2014-06-20
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HONZのレジェンドいっても過言ではない1冊。今回の文庫化により「糞力」がバージョンアップ!?成毛眞と土屋敦の対談もあり。村上による本書関連のHONZ活動記

トイレの話をしよう〜世界65億人が抱える大問題
作者:ローズ ジョージ
出版社:日本放送出版協会
発売日:2009-09
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未来科学館では7月から、企画展「トイレ? 行っトイレ!~ボクらのうんちと地球のみらい」が開催される。その予習本としては、これが一番。英『エコノミスト』誌の2008年ベストブックス選定図書。


糞袋の内と外
作者:石黒 浩
出版社:朝日新聞出版
発売日:2013-04-19
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著者の創るアンドロイドはウンコはしない。だけど、人間は糞をする、糞袋である。アンドロイドと人間の堆肥ならぬ対比から、生きるとは?人間とは?を綴っている。久保村上の関連レビュー。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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