動画再生。連続殺人鬼の脳内 『秘密』

山田 義久2014年06月25日 印刷向け表示
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秘密 -トップ・シークレット- 1 (ジェッツコミックス)
作者:清水玲子
出版社:白泉社
発売日:2001-12-19
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ぱっと見、少女漫画なので、まったくスルーしていた。
しかし、こんなに戦慄が走るサスペンスがあったとは驚いた。
しかも、この「戦慄」が将来現実化するかもしれないと思わせる。「現実が漫画を追いかけるかもしれない」と予感させる傑作だ。
ただ...精神的に安定していない時は読まない方がいいかもしれない。

舞台は2060年の日本の警察。しかし、ただの警察漫画でない。最大のポイントは、死者の脳が動画再生できることだ。そう、死者のライフログが犯罪捜査に使われているのだ。

その捜査は「MRI捜査」と呼ばれる。
まず死亡後10時間以内に死体から損傷のない脳を取り出す。そして、それをMRIスキャナーにかけ、一定の電気刺激を与えることで脳を120%働かせ、生前に見た映像をスクリーンに映し出す。動画は対象者の死亡時から最大5年前まですべて遡れるが、再現できるのは「視覚」のみ。聴覚、つまり音声の再現はできない。

(MRI捜査室の様子  出所:3巻)

当然この捜査は、風呂・トイレから性生活まで全て明らかにするので、プライバシーを著しく侵害する。よって、凶悪犯罪の捜査に限られている。
その捜査を担当するのが、科学警察研究所・法医第九研究室(通称:第九)。8人いる捜査員のほとんどが、東大・京大卒&国家公務員一種試験上位合格のキャリア組のエリートである。

第九全貌  出所:3巻)

これだけ見ると、「華やかなエリート刑事達が、ハイテク捜査と明晰な頭脳で鮮やかに凶悪犯罪を解決していくよくある刑事漫画」、、と一瞬思わせる、、が、そうはまったく問屋が卸さない。

想像してほしい。
殺された被害者の脳に映るものを。
例えばそれは、自分を惨殺しようと襲いかかり、自分の体から噴き出る返り血を浴びて恍惚とする殺人鬼の表情が、画面一杯に広がる断末魔の映像だ。

では、死んだ犯罪者の脳に映るものは。
例えばそれは、歪んだ世界観の中、虫けらのように人間を殺し、切りんでいく鬼畜の所業が、ある意味最高のアングルから撮影されている映像だ。

普通の人がそんな映像を見続けて、まともな精神状態を保てるわけがない。
実際、28人の少年を殺害した連続殺人鬼・貝沼清孝(実在のモデル有)の脳を見た捜査員5人のうち、2人は自殺、1人は精神に障害をきたし入院。もう1人は発狂したところ、同僚により射殺(正当防衛)、と凄まじい。

(この仕事も楽じゃない 出所:1巻)

実は第一巻は、いきなり「この貝沼の脳には結局何が映っていたのか」がメインテーマとなる。
…気になるでしょ?もちろんここには書きません。

ちなみに、主人公は、この第九に新しく配属された青木一行と、この第九の室長である薪剛(警視正)である。

(左が薪、右が青木。 出所:1巻、2巻)

実は、貝沼の脳を見て発狂した同僚を射殺したのは薪だ。そして、その同僚、というか相棒だった鈴木は、貝沼の脳に残る映像をすべて見た後、貝沼の脳とそのデータを破壊し、銃口を自分の脳に向けた(自害は失敗し、薪と銃撃戦になり鈴木が死亡)。鈴木は自分の精神が破壊される中、自分の頭を吹き飛ばしてまで、貝沼の全データをこの世から全て抹消しようとしたのだ。
なぜか。

 (鈴木の最後 出所:1巻)

このテーマから話は始まり、全12巻を通じて様々な犯罪のケースが登場する。ざっくり1巻(200〜250ページ)につき1ケースなので、事件の描写が詳細なことはもちろん、犯罪のプロセス、加害者の生い立ち、犯罪に至る背景と動機、時代背景、などなど綿密に描かれていて、読み応えがある。

何よりも信頼できるのが、「犯罪者がちゃんと頭がいい」ことだ。現実にこんなMRI捜査あれば、必ずそれを逆手に取った犯罪がでてくるはずだ。作中の犯罪者も「つい、かっとなって…」ではなく、被害者の脳が見られることを前提に冷静に狡猾な犯罪を計画する。それにより、新たに犠牲になる人なども描かれていたりと、技術の「裏側」をごまかさないところにリアリティを感じる。

また、その時起こった犯罪だけでなく、過去の犯罪だがMRI捜査により新たな真実が明るみになるケースがあったり、これがまたおもしろい。

少しケースを紹介しよう。

ある日、第九にある死刑囚の脳が送られてくる。罪状は一家惨殺だった。犯人はその家の主。本人の自供、物証があり、死刑は確定され執行された。しかし、事件当時、被害者の家族全員の頭がつぶされていた。つまりその死刑囚の脳にしか真実が残っていないのだ。絶対の守秘義務を前提にその脳をMRI調査。もし、もし自供と異なる事実が浮かびあがればどういうことがおこるか、、、想像してほしい(注:この話、その後めちゃめちゃ展開する)。

(犯人とされた露口に対する死刑執行 出所:2巻)

またはこんなケースはどうか。

ある時、末期がんにより死が近いことを悟った男性が、60年前の殺人(時効)を告白する。供述通り捜査した結果、60年前に殺された子供の遺体を発見。そして、その脳は特殊な自然条件により奇跡的に保存されていた。被害者の母(95歳)が「時効にしたのは警察。亡くなった主人への報告としても、真実をみたい」ということでMRI捜査を要望。完全な守秘義務の同意書にサインして、映像を見ることになる。彼女は自分の息子が殺される直前の映像を見るのだ。その時、母親は何を思い、どう行動するか。

(被害者の母親が要望を訴える 出所:5巻)

そして後半、具体的には8巻以降。クライマックスに向かいながら、もっと重いテーマに突き進む。
これは「自分の大切な人の脳を見れる」である。彼らが平然とこなしていた死体から脳を取ることであるが、例えば、その脳が自分の愛する人のものであればどうか。愛する人の脳を取られることの辛さとは。捜査とはいえ、人の死や悲しみをある意味「利用」してきたことの重さが問われていく。
ここからは、あまりにも重く、深く、辛いので、ここでは触れないでおきたい。

(「脳を見る」ことの意味を自問自答する  出所:9巻)

対象読者としては、恐らく今までは女性中心だったのではと思うが、男性でも十分没入できるので、この機会に是非読んでほしい。
ただ、かなり重い話を手加減なく放り込んでくるので、精神的に安定していない時は避けた方がいい。まじで。

最後に。私はこの作品を『ルサンチマン』のような、近未来予測型の作品と感じている。
まぁ、いきなり脳内に残る映像をそのまま映し出すということは難しくても、ライフログを収集する技術は進歩し、記録端末は小型化するだろう。今あるグーグルグラス等、付けてることがバレバレのウエアラブル端末では厳しいだろうが(←犯人にもバレバレ)、もしコンタクトレンズ型の端末くらい小さく装着しやすいものが実用化され、犯罪に巻き込まれれば、、、そんな不謹慎な想像に浸りながら、読み進めるのも楽しいかもしれない。

秘密 season 0 1 (花とゆめCOMICSスペシャル)
作者:清水玲子
出版社:白泉社
発売日:2013-08-28
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 スピンオフ。青木と出会う前の薪の話。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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