本が導く「楽しい」のその先 『ROADSIDE BOOKS 書評2006-2014』

2014年6月25日 印刷向け表示
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ROADSIDE BOOKS ── 書評2006-2014

作者:都築 響一
出版社:本の雑誌社
発売日:2014-06-24
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ページをめくるたびに、心が強く突き動かされる本がある。少し時間が経つと、そのときの興奮や気づきが薄れてしまうものだから、何回も何回も読み直す。忘れた気持ちを拾い集めるために。

都築響一さんが2006年から2014年の間に書いた書評を編んだ『ROADSIDE BOOKS』は、私にとってまさにそういう本だった。

都築さんには、一貫して変わらないスタンスがある。

僕の仕事は「好きだから」じゃない。「いま取材しておかないと消えてしまう」「自分がやらなきゃ、だれもやらない」というやむにやまれぬ危機感、そして世間の無理解に対する怒りと焦燥感だ。

このスタンスが本書にも表れ、貴重な記録の役割を果たす本が80冊選出されている。「こんな世界があったんだ!」という興奮では終わらない、その先に使命感を抱えているのが伝わってくる。

第一章「本をつくる」では、デジタル時代の私にとっては知らぬ世界への大冒険である。特に写植とガリ版などの出版文化、そして自費出版にかける情熱が見どころ。

例えば『エロ写植』。「おりゃあ」「おおおお」「つああああ」「ぺむっ」「ひぐっ」「いやあああああ」、言葉にならない言葉が所狭しと切り貼りしてある。かつてアナログ時代、誤植があったり、写植の発注漏れなどの緊急時に備えて、「写植スクラップブック」があった。当時のエロ漫画の言葉の選択から時代の色が反映されている気がする。「ぺむっ」って何?(笑)。もう使われていない写植文化も、こんな面白い作品になれば後世に必ず残るだろう。

私の空っぽな脳みそでは想像できない、本にかける情熱と忍耐の賜物の数々。すべてガリ版で製版・印刷された『謄本技法』、制作費節約のため、カーボン紙を紙と紙の間に挟んで、タイプで指が骨折しそうなほどの力を込めて打ち込み、限定5部を仕上げた『モスクワ・ローリングストーンズ・ファンクラブ会報』、今ではありえない、実際の殺人事件捜査に密着した写真集『張り込み日記』……。都築さんは、アマチュアの強みを次のように語っている。

あるべきものがない —−作るのに時間がかかりすぎたり、大した売り上げが見込めなかったりして、商品として成り立たないという計算なのか、あるいは単純に興味も使命感もないのか、そこにはいつもそれなりの、オトナの論理が介在する。その壁を崩せるのは、計算を越えたアマチュアの情熱でしかない。

第三章「人を読む」では、9人のアーティストについて都築さんが語る。著者に向かってメッセージを送り続けるのは、いったいどんな人たちかと言えば — 山下清、小松崎茂、篠山紀信、細江英公、梅佳代、岡本太郎、宮本常一、森田一郎、キース・ヘイリング。(「ヘリング」ではなく「ヘイリング」。『ヘリング』じゃニシンだろう、と著者はツッコミを入れている。)

様々な世界に生きながらも、共通するテーマを持っている人たち。たとえば、山下清もキース・ヘイリングも、「自分の作品にこだわりをみせなかった」人であったり、岡本太郎と宮本常一、森田一郎は、いずれも、やがてなくなってしまうであろう日本の田舎や、「すてかん」(捨て看板)を求めさまよう人だったりする。9人が9人とも、都築響一に多大なる影響を与えているという。読者もまた、彼らの発するメッセージによって、新しい世界に引きずり込まれることだろう。

第四章「イメージを読む」には24冊の写真集が紹介されている。『Gentlemen of Bacongo』は衝撃的だった。イタリア人の写真家が撮影した、コンゴ共和国のサプールを撮影した写真集である。サプールとは「エレガントでお洒落なひとたちの集団に属する者たち」を表す。ときには月収をはるかに越える服装を身につけ、スラム街を闊歩する。彼らが本国ヨーロッパで買い入れたファッションに身をつつむ、それは何を意味しているのか。これが私のなかでざわついたのは、「アフリカ人=伝統衣装」という固定概念を無意識に持っていたからだろう。こうやって、本書の中には、私の視野の狭い考え方にハッとさせられる本もたくさん存在する。

社会に対する意識が低い学生である私にも、自分の考えや価値観と向き合わざるを得ない写真集の威力。また、消えゆくものへの心のざわめきを引き起こす文章の力。ノンフィクションを、ストックを貯めるためだけの道具として、もしくは、気晴らしに楽しむだけの娯楽として、読んでいたが、私の中で少し見方が変わったようだ。都築さん自身の本づくりに対する興奮と焦燥感が、率直に伝わる、最も純粋な一冊である。

実は私が一番惹かれた本の数が多いのは、第二章の「本を読む」で紹介されていたものである。本書内で出会わなかったら、一生見向きもしなかっただろう昭和の宝や、世界の片隅に届けられるラブレター。ここに私が思わずAmazonでポチった本を紹介しておきたい。

歌謡・演歌・ナツメロ ナレーション大全集

作者:仲村ゆうじ
出版社:マガジンランド
発売日:2011-07-30
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欧米のポピュラー・ミュージックにはありえない、演歌だけが有する「前振りのナレーション」集だ。千ページを越す本書には、全部で2230曲という膨大な数のナレーションが含まれている。巻末には、「ナレーション作りに役立つ演歌ことば辞典」がついており、綺麗な日本語を勉強しつつも、昭和の文化遺産を楽しみたい。
 

ロング・グッドバイ-浅川マキの世界

作者:浅川 マキ
出版社:白夜書房
発売日:2011-01-18
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こちらも昭和つながりで購入。本人のエッセイ、他のアーティストとの対談、関係者インタビューなど、浅川マキを構成する世界がすべて詰まっている。昭和の芸能界をひたすら純粋に生きた浅川マキの生きざまに触れる、貴重な一冊。
 

Hello My Big Big Honey: Deutsche Ausgabe

作者:Dave Walker
出版社:Proglen Trading Co., Ltd.
発売日:2014-01-27
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副題が『Love Letters to Bangkok Bar Girls and Their Interviews』。タイのパッポンという風俗街に来た、外国人のおじさまたちが帰国後、恋しくて仕方がない彼女たちに送るラブレターを集めた一冊。「ほかの店の娘も買っちゃってごめん、浮気性は治らないんだけど、君のことがいちばん気に入っている」なんて調子のいいオヤジも、外から見ているだけなら十分楽しい。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!