マンガソムリエが選んだ2014年上半期新作ベスト『夜とコンクリート』他

兎来 栄寿2014年07月15日 印刷向け表示
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夜とコンクリート
作者:町田 洋
出版社:祥伝社
発売日:2014-02-03
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昨日でワールドカップも終幕。寝不足の日々が終わりを告げる安堵と共に一抹の寂しさも感じながら、気付けば2014年も折り返し地点を経過。これを機に、今年の1月1日~6月30日の間に第一巻又は単巻として発売された作品を対象として、自分の中でのランク付けをしてみました。その一位が、『夜とコンクリート』です。

とりわけ、この短篇集に収録された「青いサイダー」はあまりにも天才的! 読み始めてすぐに衝撃を受け、読み終えると五秒ほど深く嘆息しながら、その卓越したセンスに拍手を送るばかりでした。漫画読みでいて良かった、と心の底から思えた作品です。そして、何度か読み返す内に涙すら零れて来ました。

町田洋先生のこれまでの作品は、イメージでいえば圧倒的に「夏」。自分の中にある過去の夏の情景が想い起こされます。しかし、それは常夏の南国のような陽気な夏ではありません。どちらかと言えば、夏休みのプール教室に行ったものの知り合いが誰もおらず蝉時雨の中で歩んだ孤独な帰り道や、最後の一本の線香花火の火が消えて後片付けをしている時のような、鮮烈な季節の中にある陰。夏の終わりに存在する、独特の寂しさのようなものを感じさせます。そして、それは切なくもどこか仄かに温かです。
 

町田洋、その誉れ高き新鋭

町田洋先生は、そもそもが珍しい経歴の作家です。元々は自サイトで漫画を掲載していた所、電脳マヴォに掲載。そして、デビュー作となる前短篇集、『惑星9の休日』が、描き下ろし単行本として祥伝社から昨年刊行されました。今の時代、連載も無く単行本が出される、しかも新人が、というのは非常に稀なケースです。ネットの海の中で人知れず花を開いていた才能が発掘され、そうして特殊なルートでデビューを果たすことができたということは、マンガ業界における一つの希望でもあります。

惑星9の休日
作者:町田 洋
出版社:祥伝社
発売日:2013-08-12
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それに続き、電脳マヴォに掲載された三作品を中心に、描き下ろしとして8ページの短編「発泡酒」を加えて書籍化されたのが、二冊目となる『夜のコンクリート』。その内の一作「夏休みの町」は、昨年度の文化庁メディア芸術祭で新人賞を受賞しています。

ちなみに、『夜とコンクリート』刊行にあたって、最初は電脳マヴォに「青いサイダー」だけを残すことが町田先生に提案されたそうです。しかし、その提案とは逆に町田先生は「青いサイダー」のみを掲載作から外すことを要望したのだとか。私はそのエピソードを知って、とても納得が行きました。それは、言い換えれば他の2篇をWEBで読んで既読の状態であっても、本を買った時に「青いサイダー」さえ読んで貰えれば満足して貰えるだろうという自信の表れではないでしょうか。 

かつて見たこともない描線が織りなす、独特の世界

町田洋先生の描く絵は、シンプルですがそれ故にエモーショナルです。
表題作「夜とコンクリート」と「発泡酒」ではフリーハンドで、「夏休みの町」では定規を使った作画になっています。

その中で、異彩を放つのが「青いサイダー」。この作品だけは、全ての絵も書き文字も、Windowsのペイントで描いたかのように直線のみで構成されています。
数多くの漫画作品に触れて来た私ですが、かつて出逢ったことのない画面作りにまず衝撃を受けました。

『夜とコンクリート』P109

この島はシマさんという
ステレオタイプな島だねと
人はいうだろうけど
まぎれもなく僕の友人なのだ

という、1ページ目から始まる「青いサイダー」。何を言ってるか解らないと思いますが、私も解りませんでした。しかし、このちょっと掴み辛い物語、読み進め、じっくり咀嚼するとその味わい深さに唸らされて行きます。

近年の中でも、町田洋先生は静寂を紙の上に現出させるのが一番上手い作家です。敢えて何も語らせない、キャラクターが無言でいるコマの多さ。そして、どこまでも静謐を感じさせる広漠な風景。それらは謂わばミロのヴィーナスの両腕のようなもので、無限の想いの余地が茫洋として広がり行きます。ぽっかりと開いた空間に夏の匂いと追憶を感じながら、そこに成長と共にある大人になることへの寂寥感、それとコントラストを成す大人として世界の要請に付き合ったが故に生じた後悔といった繊細な情動がもたらされ、胸を締め付けられます。 

今年の夏の傍らに、町田洋を

「夜とコンクリート」「夏休みの町」「青いサイダー」「発泡酒」という四篇によって構成されるこの本は、一冊の短篇集として総体的にも完成度が高いです。「夏祭り」や「夏影 -summer lights-」を夏が来る度に聴きたい曲だとすれば、『惑星9の休日』と『夜とコンクリート』は夏が来る度に読みたいマンガ。

是非、夏の夜に一人静かになれる場所で、町田洋という海に潜ってみて下さい。漫画の世界の無限性を改めて感じさせてくれる、清冽なる才気がそこに輝いています。

前回の同人王のレビューでも述べましたが、これらの作品が掲載される電脳マヴォは今一番熱いマンガ雑誌と言えるかもしれません。絶版マンガ図書館の開始など、新しい時代が到来している今、電脳マヴォの今後にも大きな期待を寄せます。

次点

折角ですので、二位以下の作品も簡単に紹介します。無理矢理に順位を付けましたが、どれも素晴らしい作品です。 

幻想ギネコクラシー 1
作者:沙村 広明
出版社:白泉社
発売日:2014-03-26
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カオスという言葉がこれ程ぴったりな作品はありません。奇想とセクシャルさと謎の感動とフェティシズムがごった煮になった短篇集。最早、天才であるとしか言えません。『無限の住人』や『春風のスネグラチカ』といったシリアスな作品も良いのですが、個人的にはこの作品や『ハルシオン・ランチ』こそ誰にも真似できない沙村広明先生の真骨頂であると思います。高い画力によって描かれる贅沢なゲテモノ。中毒性の高い珍味です。

こんな感情を、こうも的確に表現してしまうのか……! 阿部共実先生の、人間の負の情念に対する鋭い観察眼にはいつも唸らされます。オムニバスであり、ギャグによって中和される『空が灰色だから』と違い、一冊完結の今作は読み終えた時に激しく胸を圧搾して来ます。ここで描かれる思春期の少女の「足りなさ」は綺麗事を許しません。現代文学の最先端と言っても過言ではないでしょう。

バベルの図書館 (エフコミックス)
作者:つばな
出版社:太田出版
発売日:2014-01-22
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『第七女子会彷徨』で現代の藤子・F・不二雄然としたSFを紡ぐつばな先生が、ホルヘ・ルイス・ボルヘスのあの名作の名を冠した短編を!? 期待通り、センス・オブ・ワンダーを感じられる、「物語」への新たな挑戦とも言える作品となっています。決して完璧ではなく荒削りなので人を選ぶ作品ですが、この物語が目指そうとした壮大な領域には感銘を受けずにはいられません。

夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない (モーニングKC)
作者:宮崎 夏次系
出版社:講談社
発売日:2014-05-23
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『変身のニュース』『僕は問題ありません』という前二作の短篇集で、宮崎夏次系という鬼才の実力は十分に解っていました。三冊目の短篇集となるこの作品は、その凄味が更にくっきりと感じられます。上記の『ちーちゃんはちょっと足りない』と共通する部分も感じられる、人の弱さや痛みに対して向き合い、独特の切り口で描いた作品です。人より多く心に瘡蓋を作って生きて来た人には、きっと刺さる短篇集。

アルテ 1 (ゼノンコミックス)
作者:大久保圭
出版社:徳間書店
発売日:2014-04-19
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ここまでの作品がちょっと暗めなので、明るい作品も。16世紀のフィレンツェを舞台に、貴族の娘が家を捨て男尊女卑の社会に負けずに画家として生きようとする物語。苦難に立ち向かう主人公アルテの真っ直ぐな姿が気持ち良く、また西洋の街並みや小物の描き方が緻密で魅力的な作品です。初単行本の新人とは思えない画力・構成力で、今後も注目すべき作家です。

ステラとミルフイユ 1 (マーガレットコミックス)
作者:渡辺 カナ
出版社:集英社
発売日:2014-04-25
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医者を目指すことを強要され、家を飛び出した思春期の少年の抱える肉親への不満。 新しい住居で出会う人々と築く、新鮮な人間関係。柔らかな暖かさと微かな痛みが同居しつつ、気持ち良く読める作品です。少女漫画としての恋愛要素は勿論、一人の少年の成長物語・青春群像劇としても上質で、読ませます。今季の少女漫画らしい少女漫画の中では一押しです。

あの娘にキスと白百合を 1 (MFコミックス アライブシリーズ)
作者:缶乃
出版社:KADOKAWA/メディアファクトリー
発売日:2014-05-23
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何て素晴らしい百合でしょう! 重すぎず、軽すぎず、繊細な少女たちの感情が丁寧に丁寧に紡がれて行きます。この作品もデビュー作だと思えないほど、画力も物語も良質です。ここ、というシーンの表情が堪りません。メインの二人以外の関係性にも惹き付けられます。百合好きの方は、今年はこれを読んでおきましょう。

死にたがりと雲雀(1) (KCx ARIA)
作者:山中 ヒコ
出版社:講談社
発売日:2014-05-07
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「人には一人で立てぬ時がある」。江戸時代を舞台に、幼くして母を亡くして父親は酒乱という不遇の家庭環境で育つ少女と、少女の下に現れた謎の多い浪人の物語。切なく、優しく、胸に沁み入るお話です。言葉選びと、演出が実に巧み。時代物が好きな方には勿論、人情物が嫌いでなければ広くお薦めできる秀作です。

花もて語れ 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
作者:片山 ユキオ
出版社:小学館
発売日:2010-09-30
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ちなみに、二巻以降発売作品も含めた中でのトップは、以前レビューした『花もて語れ』です。11巻から12巻の流れはあまりにも美し過ぎて……。更に、丁度昨日は最終話まであと二話と迫ったスピリッツ誌上での連載を読んで、盛大に泣きました。今の所、今年のNO.1候補筆頭です。

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