『辻静雄』を知っていますか? 新刊超速レビュー

仲野 徹2014年07月18日 印刷向け表示
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辻静雄 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)
作者:
出版社:河出書房新社
発売日:2014-04-17
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二昔以上も前に世話になったおじさんに逢った。このムックを書店で見かけた時、そんな気がした。いまは亡き辻静雄の名前、どれくらいの人が知っているのだろう。『辻調理師学校(現・辻調理師専門学校)』の創始者、といっても、地元大阪ではいざしらず、全国的にはどんなものなんだろう。

グルメという言葉が根付いた頃、後に直木賞を受賞する海老沢泰久が書いた『美味礼賛』を読んだ。辻が亡くなる少し前に出版された本だ。面白かった。フランス料理などろくに食べたこともなかったのに、本物のフランス料理を日本に持ち込んだ辻の人生は抜群に面白かった。

読売新聞大阪本社の社会部記者であった辻は、『割烹学校』を開いていた岳父に薦められ、フランス料理を学ぶ。といっても、自分で作るわけではない。仏文出身であった辻は、文献を渉猟し、フランスへ渡り、本物を食べ歩く。そして帰国。辻調理師学校を創設する。

辻の活躍はきわめて多岐にわたるので、ひとことで言い表すのは難しい。食の文化人類学者として名高い石毛直道がいうように『料理とそれを食べる人々の文化の関係を考える』という意味においてのガストロノミー界の巨人、というのがいちばんしっくりくるのかもしれない。(これについての石毛の講演内容はこちら

そういう基礎知識をもってこのムックを眺めると、辻をめぐるエッセイの執筆陣が、大岡信、開高健、阿川弘之、中村紘子などと超豪華であることがわかろうというものだ。あの口うるさい丸谷才一が『辻静雄を現代日本人の代表と考へてゐる』とまで書ききっていることも。

鹿島茂の『辻静雄の前に辻静雄なく、辻静雄の後に辻静雄なし』、玉村豊男の『私が垣間見たカリスマの横顔-先駆者の孤独を偲んで』、息子である辻芳樹と石毛の対談『辻静雄と食文化研究』、教え子たちが書いた辻の思い出、などなど。いかに辻が多くの人に敬愛されていたかがわかる。

私だけかもしれないが、特定の人物についてのムックというのは、買ってもなかなか全部読み切ることはない。このムックは違った。どの記事も読み応えがある。なかでも『料理人はエロチックであれ』と題された、伊丹十三+種村季弘+辻 静夫の鼎談が出色だ。もちろんフランス料理をめぐる話題が中心なのだが、その中で、辻はこのように語っている。

知らないということは幸福なんですよ。情報を与えられるということが人間の不幸の始まりなんです。

『美味礼賛』で興味をもち、辻静雄の本をしばらく読みあさっていた。どの本にあったか、どのような表現であったかは忘れたが、二つ、心に刻み込まれた内容があった。ひとつは、食事についての話だ。辻には、トップレベルの店から最高のものが供される。しかし、どれだけ美味しいものであっても、批判的な舌で味わってしまうというのだ。

連日、最高に美味しいものを食べるというのは、うらやましいことだ。しかし、こういう姿勢で食べねばならないとなるとどうだろう。それも連日である。幸福とは何かを考える時、いつも、このことが頭をよぎる。そして思う。他人のものであれ自分のものであれ、幸福とは何かなど、ほんとうの意味で『わかる』いうことなどないのではないかと。これは自分の生き方のひとつの指針になっている。上にあげた辻の言葉、このエピソードを知ると、いっさい味わいが深くならないだろうか。

もう一つは、まともに修行もせずに2~3年で腕前をあげた料理人と、必死でがんばって5年でようやく一人前になった料理人のどちらを雇うか、という問いに、迷うことなく前者を選ぶ、と書いてあったことだ。

若い自分には強烈な違和感があった。努力と能力、どちらが尊いのか、どちらを優先すべきか。いまの年齢になれば、前者を選ばざるをえないかとは思う。しかし、このことを思いうかべるたびに、はたして自分は成長したのか、はたまた、すり切れたのか、苦い笑いをうかべてしまう。

この程度の二つのことでお世話になったと思われたら、辻静雄には迷惑なことかもしれない。しかし、いつまでも記憶に残る強烈なインパクトのあるエピソードを二つも供してもらえたら、勝手にお世話になったと思ってもいいような気もしている。
 

美味礼讃 (文春文庫)
作者:海老沢 泰久
出版社:文藝春秋
発売日:1994-05
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最初に刊行されてから20年。ノンフィクションの寿命というのは決して長くないけれど、絶版になっていない。このことからも人気のほどがうかがえる超オススメの一冊です!
 

世界の食べもの――食の文化地理 (講談社学術文庫)
作者:石毛 直道
出版社:講談社
発売日:2013-05-10
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 石毛直道の本はどれもおもしろいけれど、とりあえず一冊だけ。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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