『日本の聖域 アンタッチャブル』文庫解説 by 田原総一朗

新潮文庫2014年07月24日 印刷向け表示
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日本の聖域 アンタッチャブル (新潮文庫)
作者:「選択」編集部
出版社:新潮社
発売日:2014-06-27
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私は、毎月「選択」が届くのを待ちかねる思いで、袋の封をあけるとまっさきに読むのが「日本のサンクチュアリ」である。新聞や他の雑誌では触れていない〝日本の聖域〟の実態にメスを入れ、いわば闇の構造を暴きつづけている。

その〝サンクチュアリ〟シリーズが、『日本の聖域 アンタッチャブル』というタイトルで文庫本になった。本書に収められた記事の中から特に興味を引かれたものを紹介しよう。

まずは、「偽装農家 日本の農業を蝕むしばむ元凶」である。

あまりにも長すぎる保護農政の中で、農業技術の目覚ましい発展と徹底した機械化により、日本の稲作は週末の片手間作業だけで生産が可能な、極めて特異な営農形態として独特な進化を遂げてきた

これが〝サンクチュアリ〟流で、厳しくぶった切る入口は、まるで〝光〟の部分の紹介のような書き方をするのである。

そして「偽装農家」の既得権益を支えているのが、「農地」と「コメ」と「農協(JA)」だと決めつける。

「偽装農家」がはびこる最大の要因は、彼らが手にする利権、つまり「農地」の存在だ。固定資産税は軽減され、相続税もゼロに近い「農地」は、驚くほど保有コストがかからない。農業を営む意志の有無にかかわらず、偽装農家にとって決して手放せない利権である。

「農地」を営農以外の目的に「転用」すれば巨額の利益が得られるが、その農地の実態は農地基本台帳でも掴つかめない曖昧な状態になっているのだという。

そしてこうした農地を取り仕切っているのは、農水省でも自治体でもなく、市町村に設けられた農業委員会だが、委員の資格もきわめて曖昧であり「偽装農家」でさえない人間たちが入り込んでいる集団なのだということだ。

ところで稲作農家の平均年収は31万円で、これだけみれば稲作農家の生計は非常に苦しいと思えるのだが、彼らが稲作に投下する時間は、何と年間に26.39時間であり、いずれも学校、自治体、企業などに勤めていて、週末に、ほんのわずかな時間、稲作に手を掛けているだけなのである。かつて衆院議員だった加藤紘一氏が「東北地方で一番豊かな生活をしているのは、農家の長男で県庁か東北電力の課長級、奥さんが地元の小学校の先生という家庭だ」といったそうだが、夫婦の年収を合計すると2千万円になり、老父母がいれば自動車は2台、3台持っているというのである。そして「偽装農家」を持続させ農業の近代化を阻止しているのが農業委員たちなのだという。

次は「原子力村 解体は至難」である。

東日本大震災、特に福島原発の深刻な事故は〝第二の敗戦〟といわれているが、事故が起きた後も「原子力村」の実態はきわめて不透明で「知れば知るほど『見えない部分』の巨大さに気付かされる世界」だと、原発取材を続けている記者たちが半ばあきれながら困惑しているようだ。

制度の上で、原子力村を司つかさどるのは内閣府の原子力安全委員会で、規制監督官庁を監視する立場である。だが、実情は東京電力が日本の原発を主導し、規制監督官庁の方が電力会社に仕切られて来て、事故が起きた後もその構造は変わっていないのだという。

しかも、原発を仕切っているはずの東電のOB幹部が次のように洩もらしている。

日本の原発稼働率は65%しかない。しかし、そこで何が起こっているのか、本当のところは私のようなポストにいても見えない

日本の商用原子炉の危険性を誰よりも知り尽くしながら、『無謬の安全性』の偽装に加担してきた(電力会社や原子炉メーカーの)技術者の罪は重い。人材を送り込み、陰に陽に支えてきた大学、特に東京大学原子力工学部門の人間も批判を受けるべきだ。しかし、原子力村の肥大化は、彼らの与あずかり知らぬところで進行したのも事実だ

そして新聞や雑誌がまるでタブーであるかのように、まったく手をつけない「川下」、つまり原発立地の自治体にも容赦なく切り込んでいる。

福島原発の立地自治体には「電源三法交付金」をはじめとする多額のカネが舞い込んでいる。さらに東電から「漁協組合員1人当たり5千万円とも、6千万円ともいわれるカネ」が「漁業補償」として支払われたようだ。

そして、ある中堅ゼネコン元会長の次のような発言をひき出している。「ダムなら2千億、空港は5千億、原発なら1基で6千億だ」とすると福島第一原発は六基なので3兆6千億のカネが支払われたことになる。すさまじい原発利権である。こうした巨大な利権の上を〝安全神話〟なるものがおおっていたわけである。

「新聞休刊日 『一斉は偶然の一致』で押し通す」も読ませる。

新聞配達員の福利厚生の意味で、新聞休刊日があることは理解できるが、なぜ全国紙が同じ日に一斉に休刊するのか。これは談合にはならないのか。こうした疑問は誰もが持ちながら新聞はもちろん、どのテレビも雑誌も触れなかった。文字通り「聖域」だったのである。そこに厳しく切り込んでいるのだ。それにしても、どうやってすべての全国紙の一年間の「休刊日」が決まるのか。

毎年、秋口におこなわれる全国紙の販売局長会議で、その年の幹事が「独り言のように」「1月から12月までの休刊予定日を」つぶやくのだという。勝手に、独り言のように「つぶやく」。これで翌年の全国紙の休刊日が決まるのだという。冗談のような話だが、つぶやきだから「談合」ではないという理屈になるのだそうだ。公正取引委員会は、このような理屈で、なぜ納得しているのか。公取委も全国紙には弱いということなのだろうか。

本書では、やはりタブー化している「世論調査」や「記者クラブ制度」にも痛快なほど切り込んでいるが、スペースに限りがあるので、強く引かれた「『宝くじ』の闇」を最後に紹介しておこう。

宝くじの売り上げは、9千110億円(2010年度)に上っている。それだけ多くの国民が夢を求めて宝くじを買っているのである。

宝くじを買う人は、仮に当たらなくても地方の財源として有効活用されると思っている。しかし、いまだに様々な名目をつけて、総務省関連の法人に宝くじマネーが侵奪されている

総務省を担当していた全国紙記者がこう語っている。これはどういうことなのか。

宝くじの売り上げのうち、46.2%(2010年度)が「当せん金」として還元されて、「収益金」として自治体に回るのは39.1%となっている。そして残りの14.7%が〈印刷経費・売り捌き手数料など〉に使われている。金額にして約1千3百億だ。これが「経費」なのだが、実はこの「など」こそが曲者であり、総務省はまずここに巣くっているのだという。

このルポルタージュによれば「など」の総額は267億円で、「日本宝くじ協会」と「自治総合センター」が、普及宣伝費などの名目で、さまざまのイベントなどを行なっているのだが、とくに自治総合センターが総務官僚たちの恰好の天下り機関になっているのだという。

さらに「全国市町村振興協会」、「財団法人地域活性化センター」、「地域社会振興財団」など、目的の不明な天下り機関が次から次へと紹介されている。そして「宝くじ制度は、総務省による地方支配の縮図であり、それ自体が『第二の予算』として機能する装置でもあるのだ」ときめつけている。

そのほかにも「日本赤十字社」、「公安調査庁」、「在沖縄海兵隊」、「米軍『横田空域』」などの「聖域」を取材して、その実態を見事に露呈させている。「選択」の「日本のサンクチュアリ」シリーズが今後とも続けられ、出版されることを強く願っている。

(平成26年3月、ジャーナリスト)
  

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