『チェイサー』神様「手塚治虫」をライバル視した男

菊池 健2014年07月29日 印刷向け表示
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チェイサー 1 (ビッグコミックス)
作者:コージィ 城倉
出版社:小学館
発売日:2013-09-30
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その時代のナンバーワンを目標にすることは簡単だが、ライバル視することは難しい。

今の時代に、スティーブ・ジョブズを本気で嫉妬する事は、相当な覚悟が必要だ。
『チェイサー』の海徳光市は、昭和30年代に生きる、特攻隊生き残りのプロ漫画家として、今となっては神にも近い存在である手塚治虫を本気でライバル視している。

これまで『まんが道』や『ブラックジャック創作秘話』等、多くの作品においても、半ば神格化され、伝説の存在となった手塚治虫を、同時代の同業者から見た視点は面白い。

[ 引用:『チェイサー』第1巻(小学館)8-9ページ]

時代は昭和30年代、戦後間もない日本において、マンガのマーケットはどんどん広がっていった。当時のマンガ制作現場は、昭和の雰囲気漂う畳の間。揃ってタバコを吸う編集者たちに囲まれて、海徳もまたくわえ煙草で黙々とマンガを描き続ける。

ちなみに、今現在こういう現場はあまりない。100%禁煙とは言わないが、漫画家の現場も禁煙が増えたし、デジタル全盛の現状、畳の部屋のちゃぶ台でマンガを描く人もかなり減った。制作方法から、原稿を送付や新人賞の応募まで、デジタル化は現場に浸透している。実は高齢な作家ほど、老眼対策に現場をデジタル化したりもしている。

特攻隊帰りという経歴から、戦記ものマンガで一目を置かれる海徳が、この時月間に連載しているマンガは3本。一方手塚は、連載作品10本を抱え、医学博士の免許を取りながら、アニメ制作会社に通い詰めてアニメまで自分の手でつくろうとし、半ば神がかり始めている。

その、神様手塚治虫を指して、海徳光市は編集者に強がる。


[ 引用:『チェイサー』第1巻(小学館)15ページ]


まぁマンガですからね、好き嫌いは色々ありましょうが、昭和30年代当時の手塚作品が面白くないわけがない。主観の問題ではなく、多くのファンが手塚を支持しており、制作量的にも内容的にも、キレッキレの時代であり、つまり、間違いなくこれは嫉妬である。(本人はもう、とにかく手塚が気になって仕方ない状態:笑)

時には、編集者から聞いた手塚の噂話を、色々と真似もしてみる。冒頭の画像にある「各社のマンガを1ページずつ並行して仕上げる方法」や、「仕事部屋で意味も判らずクラシックを聴く」果ては「編集者から逃げ出すために、2階の窓から脱出する。」など、強面男が節操もなく手塚を真似てみる姿がまた微笑ましい。

同時代に生まれたが故に、神と同じ場で戦うことを強いられる海徳は、3歳年上と思っていた手塚が実は同い年であることを知ったとき、手塚と自分の間にある差を、益々現実のものと思えなくなっていく。時には、手塚が医師免許を持っていることを疑ったり、忙しすぎて結婚も出来ないだろうと高を括ったりする。(後に手塚は結婚するが)
 

最強のライバルがいる幸福 

ある日、打合せ中の編集者がたまたま持っていた手塚治虫の生原稿を見せてもらった海徳はおののく。技術的に作品を分析し、最後にはライバルの作品を「セクシー」とまで心の中で賛辞し、した瞬間に後悔する。

[ 引用:『チェイサー』第1巻(小学館)83-84 ページ]

しかし、私から見れば、海徳は幸運の持ち主である。自分以上の実力を持つライバルと言うのは、明確な目標となり、日々しんどいことも事実だが、人の成長を大きく促す。

過去記事でも、原哲夫さんの言葉として紹介したが、目に見える近距離に目標を置いてしまうと、なかなかそこには到達しない。一方で、遠くはるかに目標を設置したもののみが、ナンバーワンの座に近づくことが出来る。

今の時代の漫画家(クリエイター全般)も、手塚治虫を、日光東照宮に収まる神君徳川家康のような神格化した位置に留めず、一人のプロとして見た場合、自分に引き付けてどう評価出来るのか、一度考えてみて欲しい。

作家のコージィ城倉さんも、著者インタビューで「まずは手塚治虫作品をリアルタイムで読んだオールドファン向けに描いていますし、若い読者は想定していない。」と書いている。節々にある昭和の描写は、私のような世代でも本当に楽しめるが、その本質は、昔の話と言う事に留まらず、クリエイターであれば誰でも響く話だと思う。もし、自分の時代にこんな天才がいたら?と想像しながら読んでみて欲しい。海徳の気持ちも、少しは判るかも知れない。

チェイサー 2 (ビッグコミックス)
作者:コージィ 城倉
出版社:小学館
発売日:2014-07-30
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2巻では、海徳の家庭環境周りに大きな変化が。これがまた面白い。奥さんとチーフアシはナイスキャラと思います。

チェイサー 3 (ビッグコミックス)
作者:コージィ 城倉
出版社:小学館
発売日:2015-07-30
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名作『ブラックジャック』に限らず、手塚本の集大成のごとく、様々なエピソードが載る「手塚治虫マンガ」
ノンフィクションで、昔の話ですが、手塚治虫本人から周り人まで、胸を打たれるエピソード目白押しです。近日発売の5巻で完結予定とのこと。

  

まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)
作者:藤子 不二雄A
出版社:中央公論新社
発売日:1996-06
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もう、マンガHONZで何度リンクを貼ったか判りませんが、漫画家を目指すなら全巻必読。
今回で言うと、手塚治虫がトキワ荘グループに与えた影響は、良く描かれていると思います。

*: 本文中において「手塚治虫」の表記は、常用文字の「手塚」と統一させていただいていますが、実際は「塚」の文字の中に一本棒が入ります。
リンク先例:手塚治虫ミュージアム(Book Live)

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