ビッチとうまくやっていくための、たったひとつの冴えたやり方。『あそびあい』

永田 希2014年08月19日 印刷向け表示
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あそびあい(1)
作者:新田章
出版社:講談社
発売日:2013-11-22
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あそびあい(2)
作者:新田章
出版社:講談社
発売日:2014-07-23
  • Amazon Kindle
あそびあい(3)<完> (モーニング KC)
作者:新田 章
出版社:講談社
発売日:2015-04-23
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もしあなたの好きになった人が、あなたのこと「だけ」を好きになってくれる人ではなかったら、あなたはどうしますか。この問いをストレートに、かつライトに突きつけてくるのが本作品です。

本作の主人公である男子高校生「山下くん」は、同じ学校の「ヨーコさん」が好きで、作品の冒頭からセックスしてます。けしからん。いや、けしからんというか、ここでヨーコさんが「山下のは後ろからがいい」と言うわけです。

山下くんは、「のは」ってどういうことだよ、と思います。他の人のはどうなんですか、と。ヨーコさんはそんな山下の動揺を意に介しません。山下くんのヨーコさんに対する好き、と、ヨーコさんの山下くんに対する好きとはだいぶその性質が違うようです。同じ「好き」という言葉で指し示されるはずの感情が、ふたりのあいだでずれています。

山下くんは、ヨーコさんに他の人とセックスして欲しくないという種類の好き。

ヨーコさんは、他にも好きな人はいて、山下くん1人には絞りたくないというタイプ。

山下くんは好きな人たちのなかでは「1番の方」とヨーコさんは言います。「1番の方」ってなんだよ…と山下くんは思うわけなんですが、この山下くんの苦悩をヨーコさんはわかってくれません。

ヨーコさんも、山下くんのことをそれなりに好きならば、彼に付き合ってあげて、他の男とするのをやめれば良さそうなものを、他の人との関係を断つのはもったいない、という理由でなかなか山下くんに絞ってくれないのです。

この作品で衝撃を受けるのは男性だけ、女性にとってはなんでもない話だ、という感想を最近知りまして、またその感想に衝撃を受けたわけなのですが。その衝撃はさておき、その感想の真偽もまたさておき、今回は山下とヨーコさんとの、それぞれにとっての「好き」という感情を、恋愛とセックスのどちらを重視してるか、という表現で区別して考えてみたいと思います。

恋愛感情と、セックスしたいという気持ちとは、セットにして語られがちです。それでありながら、別々のものだと考えられてもいます。このふたつは、近年ますます「関係ないのでは?」「いや、断固関係あるし、分けて考えるべきではない」という議論を巻き起こしています。この議論の発端になっている、恋愛感情と、セックスしたいという気持ちに関係があるのかないのか、という問いは無論のこと愚問です。問いの立て方が間違っている。恋愛とセックスに関係があるのかないのか、ではなく、恋愛とセックスは「どう関係あるのか」を問うべきなのです。 

恋愛とセックスはどう関係があるのか。ふたつを切り離して向き合おうとする人ほど揺り戻しで過剰に関係させて考えたり、恋愛なしでセックスするのはあり得ないという人ほど愛のないセックスに走ったりセックスレスになったり。そういったケースを見聞きした人は多いのではないかと思います。 

人それぞれなんだから、恋愛とセックスとの関係のさせ方についても人それぞれ都度都度考えていけばいい、というのが無難な考えになるわけなのですが、それはあまりに理想主義的で面白くありません。それができたら苦労しない、というやつです。他人のことはとりあえず忘れましょう。

第一、都度都度考えようにも、事と次第によっては嫉妬心や自信の無さなどで気持ちが掻き乱されてしまい、考えてる場合ではなくなってしまったりしませんか。

他人と自分を比べることは誰にも出来ない、その時々の体験だけが真実であり、嫉妬心や不安は忘れて目の前の相手に向き合うべきだ。それはまあ頭ではわかりますし、そこを実践して楽しんでる人はえらいと思いますが、出来ない人だっているんです。

さてここで今回のタイトルです。ビッチとうまく付き合うたったひとつの方法、それは、よく言われるように「自分もビッチみたいに振る舞う」ことでもないし、なおかつ「自分はすべてに耐え、相手を許す」というつらい選択でもない、と僕は思います。では、たったひとつの冴えたやり方とは何か。それは、本作のような「ビッチの気持ち」「ビッチの考え方」を描いた物語を楽しんで読み、相手の状況を推察できる想像力を手に入れる、ということです。

どうせ他人の状況です。あなたが想像する相手の状況は、必ずどこか間違ってる筈です。あなたは相手の状況を正確に想像することは絶対にできません。ですが、それをしないよりも遥かに良い。人と人の関係は、都度都度異なります。だから、より良い関係の作り方も都度都度違う筈です。

都度都度違う相手とより良く付き合うためには、より良い関係を作るための抽象的なモデルやパーツを学ぶ必要があります。学ぶと言えば難しい話に聞こえますが、どんな関係の仕方があるのか、それをフィクションで知ることは可能でしょう。それが楽しければなお良い筈です。

人それぞれ、と先ほど書きましたが、ビッチとひとくちに呼ばれる人たちも千差万別。ビッチとうまく付き合いたい人にも様々な状況があるでしょう。本作は、複雑な心理劇を驚くほどシンプルに描いています。そのシンプルさは、ひるがえって読者が知っていたり、今後出会うであろう状況へと、予め似ることを可能にします。「あのとき、あの人はこういう感じだったのかも知れない」とか「そうか、こいつはいま『あそびあい』のアレみたいな感じなのかもな」と想像することができるのです。

あらゆる優れた物語は、このように現実に「予め似る」 という側面を持っていると言われます。今回は『あそびあい』について、そのような側面があるから傑作なのだ、と言いたいわけではありません。傑作のなかにあって、さらにより優れた作品であるためには、この「予め似る」という性質が問われるということになります。『あそびあい』はそのレベルに達している傑作だと思うのです。「これ、進研ゼミでやったやつだ!」的な「あるある」が、どれくらいの密度と再現度で表現されているかというレベルに。そう、テクニックが問題になるレベルです。

恋愛やセックスにおいて、相手との体験を「その時々の体験」そのものとして考えることは果たして可能でしょうか?それが可能であるとしたら、それはどのような体験なのでしょう。過去や未来、あるいは在りえた別の相手との体験に、その都度の現在の体験を比較しないで「その時々の体験」を考えることは、可能なのでしょうか?それは不可能でしょう。個々の体験は互いに違っていながら似てきてしまう。つい似ているところを探したくなってしまうものなのです。違うのに似ている、似ているのに違う。だからこそ切ない気持ちや、安心する気持ちがそこに生じてくる。

過去や未来の、あるいは仮想的な、別の相手との体験との比較によってしか、「ぞの時々の体験」を考えられないとしたら。むしろその「比較」の結果、より良い体験であるようにするしかありません。もしくは、考えるのをやめるしかない。より良くしようと努めるか、考えるのをやめようと努めるか。あるいは、実際に「考えない」でいるか。『あそびあい』の魅力は、こういった「体験」の多様な在り方をまるで論理ゲームのようにシンプルに作品化しているところにあると言えるでしょう。

あそびあい(1)
作者:新田章
出版社:講談社
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あそびあい(2)
作者:新田章
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 なお、今回は「ビッチ」という単語を特に説明なしに使っていますが、もともとは極めて暴力的なニュアンスの罵倒語であり、正直あまり積極的に使わないほうがいい言葉ではあると思います。しかしその暴力的なニュアンスが『あそびあい』のような作品によって少しずつでも摩耗していくのだとしたらそれに越したことはないとも思っており、敢えて記事のタイトルに選んでいます。

まあ、僕は相手の状況の想像力なるものが足りなくて離婚したようなものなので、今回提案している理路にどれくらいの説得力があるのか、やや謎なわけですが(笑)。

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