【連載】『男のパスタ道』第2回 パスタをゆでる時の塩とアルデンテの本当の関係について

現代ビジネス土屋 敦2014年08月25日 印刷向け表示
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「アルデンテ」の地位が上がったのはごく最近のこと 

※第1回はこちら

アルデンテという言葉は、イタリア語で歯を意味する「il dente」に英語の「to」にあたる前置詞「a」がついたもので、「アルデンテにゆでる」とは、「歯ごたえが残るようにゆでる」といった感じの意味になる。

しかし、一口に歯ごたえと言っても、どの程度の歯ごたえを意味するのか、あいまいなままだ。よく言われるのが、パスタの中心に絹糸1本、あるいは髪の毛1本程度の芯が残っている状態だという。なかには「木綿糸1本より細いが、絹糸1本より太いぐらい」と表現されることもある。

アルデンテを礼賛する人は実は少数派だった

イタリアでも、「パスタの都」とも言われるナポリでは、かなり芯のある状態が好まれるなど、地域差がある(ナポリより芯があるといわれるローマなど、個人的には都会ほど芯のある状態が好まれるような気がしている)。もちろん個人差も大きい。

アルデンテという言葉に、パスタのもっとも理想的なゆで方、侵されざる奥義のような響きを感じる人がいるかも知れないが、実はそれほど明確ではないのである。「固すぎて食べられないと誰もが思う状態」と「完全に芯がなくなった状態」の間に横たわる、ある程度の幅を持った概念と考えたほうがいいだろう。

実は、アルデンテを礼賛する人は、歴史的に見ればごく少数派であったと思われる。アルデンテが美味だという「観念」が広まるまでは、芯がなくなるまでパスタをゆでるほうが自然だったのだ。

日本人が広くスパゲッティを食べるようになったのは第二次世界戦後だが、それから長きにわたって、芯がなくなるまでゆでたパスタが好まれていた。イタリアからの移民がパスタを広めたアメリカでも、多くの人がやわらかいパスタを好んだ。ヨーロッパでも同様だ。ドイツのパスタは基本的にやわらかいし、イタリアと同じく地中海に面したフランスも、その隣のスペインも、イタリア人から見ればゆですぎのパスタを食べていると言っていい。

そして、当のイタリアでさえ、中世にはパスタを1時間、場合によっては2時間もゆでていたのだ。イタリア人はそもそも、小麦の粒や小麦粉をどろりとするまで煮たお粥を食べていた。パスタも当初は粥状に近くなるまでくたくたに煮込んだものが好まれたのも自然なことだ。

人々がパスタをやわらかくゆでてきたのは、実に自然なことだ。やわらかい食物は、よく咀嚼しなくても飲みこむことができ、消化もいい。あまりエネルギーを消費することなく、効率的に栄養を取り込むことができるからだ。

ハーバード大学人類進化生物学部のリチャード・ランガム教授は、こういう仮説を唱えている。火を使いはじめた人類の祖先は、加熱調理によって植物や木の実などをやわらかくし、デンプンを効率的に摂取できるようになった。それが消化器官などを小さくし、結果として、大量のエネルギーを消費する大きな脳を機能させることができるようになったのだと(『火の賜物』NTT出版)。この説が正しければ、「動物としての人間」は生来的にやわらかいものを求めるはずだ。

そう考えると、やわらかいパスタは人類が先天的に持っている志向であり、アルデンテは後天的に獲得された嗜好だということになる。生存を心配する必要のない時代に、「口内への触覚的な刺激」として求められるものがアルデンテなのかもしれない。

「理想的なアルデンテ」とは?

これは私個人の経験からも納得できる。私は会社を辞したあと、新潟県佐渡ヶ島の山奥、限界集落と呼べるだろう農村でしばらく暮らした。そこに住む人たちはやわらかいものを好み、野菜や山菜もクタクタに煮る。餅や饅頭のような白くてふんわりとやわらかいものこそ、何よりのご馳走だった。

一方、都会から私を訪ねて来る友人の多くは、煮すぎた野菜や山菜をいやがり、「これだから田舎は……」とバカにすることもあった。田舎で農耕にいそしむ人は、効率的なエネルギー摂取を優先し、都会の人は、食事により刺激を求める。私は漠然とだが、やわらかいもの=田園的、歯ごたえのあるもの=都会的と考えている。アルデンテも都会の文化ではないかと。

実際、硬いパスタはナポリという大都会で生まれた。『パスタの歴史』(シルヴァーノ・セルヴェンティ/フランソワーズ・サバン著 原書房)によれば、柔らかくしすぎないナポリ風のゆで方が広まるのは、実に19世紀である。こんなふうにアルデンテとは、現代的、都会的なものと解釈できるのである。

アルデンテとは、実はつい最近生まれた概念であり、また、とてもあいまいな表現である。にもかかわらず、自らの信ずるアルデンテの食感を絶対のものとする人も多く、「理想的なアルデンテ」をめぐる論争は絶えないのだ。

細く残った含水率40%以下の芯がアルデンテを生む

とはいっても、「アルデンテはあいまいなもの」で済ますわけにはいくまい。上記をふまえたうえで、まずは、パッケージに書いてある指示どおりに乾燥パスタをゆでてみよう。

メーカーによって差はあるが、ゆであがりの重量はだいたい乾燥時の約2.3〜2.4倍となる。パスタの硬さは主として水分含有量で決まるので、パスタの重量の1.3〜1.4倍の水分を吸収したときが、メーカーが推奨するパスタの適切な食感の目安と考えていいだろう。

水はどんなふうにパスタに吸収されていくのか。それを考えるにはパスタの70〜75%を占めるデンプンに注目する必要がある。

まずは小学校で習った光合成を思い出してもらいたい。小麦は太陽の光エネルギーを使って、二酸化炭素と水からグルコースを作り出し、酸素を放出する。小麦が体内に蓄えたグルコースがつながったものがデンプンだ。体内の限られたスペースにできるだけ多く収納したいので、デンプンは密でしっかりした構造になっている。

よりくわしく言えば、デンプンは、グルコースが枝分かれした形でつながったアミロペクチンと、まっすぐ枝分かれせずにつながったアミロースに分けられる。このアミロペクチンが密な結晶構造を作り、そのすきまをアミロースが埋めるような形で「デンプン粒」として存在している。

パスタをゆでると、アミロペクチンのしっかりとした構造は熱でゆるみ、デンプン粒にできたすきまに水分子が入り込み膨らむ。一方のアミロースは溶けはじめるが、デンプン粒からは完全に流出してしまうのではなく、アミロペクチンと離れないまま、親水基という、水とくっつきやすい部分が水分子と結合した形になる。しかし、水が熱せられるとともに、この構造の内部にも水がどんどん入り込み、やがて壊れ、アミロースは溶け出し、アミロペクチンもデンプン粒の外へと分散していくことになる。

この一連の過程をデンプンの「糊化」という。文字通り、糊のようになること。中華料理や和食では、片栗粉や葛粉を使ってとろみをつけることがあるが、あれはジャガイモやクズのデンプンが糊化する現象を利用しているのである。

パスタをゆでるとき、糊化は、時間とともに中心に向かって徐々にすすむ。水にずっと触れていた外周に近い部分はデンプンの構造が大きく崩れてたっぷり水を吸っていても、中心に近い部分には水はまだ少ししか到達していない。その過程でデンプン粒は水を吸って膨張し、重くなってゆく。そして、標準的なゆで時間をむかえたとき、その重さは乾燥時の2.3〜2.4倍となるわけだ。

つまり、ゆで上がったパスタには、外周部から中心に向かって、徐々に含水率が低くなっていくグラデーションがある。これを「水分勾配」という。
水分も中心に向かってゆっくり浸透する。

日清製粉と独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所がミクロMRIを用いて、国内で初めて、糊化によるパスタ内部の水分勾配を可視化したのは2002年のことだ。

より最近の日本食品科学工学会誌 第59巻 第9号(2012年9月)に掲載された「食品の物性に影響を与える水分分布をMRIで観る」(吉田充、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所)からは、外周から中心に向かって同心円状に含水率が低くなっていく様子が観察できる。ほどよくゆでられたスパゲッティの外周部の含水率は80パーセントで、中心部に細く含水率40パーセント以下の部分がある。

そう。この含水率40パーセント以下の細く残った芯こそが、アルデンテの硬い食感を生み出すのである。

アルデンテを正確に定義するなら、「含水率40パーセント以下の芯の直径が○ミリである状態」と記述できるかもしれない。前述のようにアルデンテをめぐってはさまざまな論争があり、残念ながら私には○に入る数字を提示することはできない。しかし、その論争自体を定義することは可能だ。すなわち、世のパスタ好きたちは、含水率40パーセント以下の中心部がどの程度の割合を占めるべきかをめぐって議論を続けているのである。

塩が多いほど「アルデンテ」に!?

さて、このアルデンテはゆで汁に入れる塩の量の違いで、どんなふうに変化するのだろうか。「塩を入れないでパスタをゆでると、柔らかくなってアルデンテにならない」なんていう意見も散見されるが、はたして実際はどうなのか。

まずは塩なしと、パスタのパッケージに、書かれている一般的な塩の量である、水1リットルに塩小さじ1を加えてでゆでたものとを比べてみる。バイアスを避けるため、塩なしでゆでたものは塩を振ってだいたい同じぐらいの味付けにし、どちらが塩なしかわからないよう、ブラインドテストで食べ比べると、食感に違いを見つけるのはは非常に難しい。実際、機械で計測しても差は出ないという。

ところが塩を増やしていくと食感に大きな違いが出てくる。1リットルに対して30グラム以上を入れると、明らかに中心部の芯が硬く、太く見える。

50グラムでは芯がかなり太く、つまんだときに、パスタの芯に針金でも入っているような感じであまり曲がらない。塩辛すぎてとても食べられたものではないが、食感に関しても硬すぎると言っていいレベルだった。

ただし、塩分濃度に比例して直線的に硬さが増していったり、糊化が抑制されていったりするようには感じなかった。私の体感では塩の量が6~20グラムでは差がよく分からない。ただし、それ以上になると、差が徐々に明確になっていく感じだった。

これはどういうことだろう? 推測の範囲を出ないが、私はこんなふうに考えている。水に塩が溶けると、水中にはナトリウムイオンや塩化物イオンが生じる。これが、パスタのデンプン粒に入り込むことで、デンプンはよりふくらみ、糊化が促進される。となれば塩が多いほど、糊化が進むはずだが、実は、イオンは水分子とも強く引き合う。そのためデンプン粒は糊化に必要な水分子をイオンに奪われてしまう。

つまり、ナトリウムイオンや塩化物イオンは、一方ではデンプン粒をふくらせる作用を持ちつつ、もう一方で糊化を抑制する作用も持っている。塩の量が少なければ、イオンの数はさほど多くなく、水分子は十分にあるので、糊化を抑制することはない。しかし、塩分濃度が高くなると、水分子を奪うイオンの量が、糊化を抑制するほど多くなる。イオンが一定量を超えたことろから、糊化の抑制が一気には生じるのではないだろうか。

つまり、パスタをゆでるときの一般的な塩の量である、1リットルに対し6〜10グラムでは、パスタの物理的な味に影響はない。しかし、塩分を強めにして、25グラム程度以上入れれば、デンプンの糊化を抑制し、その物理的な味をはっきりと変化させることができるのである。

第3回に続く

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作者:土屋 敦
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土屋敦(つちや・あつし) 料理研究家、ライター。1969年東京都生まれ。慶應大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集ののち寿退社。京都での主夫生活を経て中米各国に滞在、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡島で半農生活を送りつつ、情報サイト・オールアバウトの「男の料理」ガイドを務め、雑誌等の書評執筆開始。現在は山梨の仕事場で畑仕事をしながら執筆活動を行う他、書評サイトHONZの編集長。自称「書斎派パスタ求道者」。著書に『なんたって、豚の角煮』(だいわ文庫)他。近著『男のパスタ道』(日経プレミアシリーズ)が革命的(あるいは偏執的)レシピ本として各メディアで評判に
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