【連載】『男のパスタ道』第3回パスタをおいしくする「ゆで方と塩の入れ方」3つの正解

土屋 敦 2014年8月25日 印刷向け表示
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パスタの「コシ」を調べてみた。右がゆでたグルテン、左が生。

※第2回はこちら

前回、アルデンテの食感が、パスタの主成分であるデンプンの糊化の進行によってもたらされることを見た。もう一つの主成分(全体の11~14パーセント)であるタンパク質がもたらす食感について考えてみたい。

パスタの「コシ」は、なぜうどんの「コシ」と違うのか

そのためにパスタのタンパク質の大部分を占めるグルテンを取り出して、その性質を探ってみる。パスタの原料であるデュラム小麦のセモリナ(粗挽き粉)に水を加えてよく練り、生地にする。その生地をボウルに移し、水を加えて揉む。生地中のデンプンは水の中に流れ出て、水はミルクのように白く濁る。水が白く濁ったら、その液体は別の容器に移し、生地には新しい水を足して揉む。これを繰り返す。

すると最後に、よく噛んだガムみたいにプニュプニュとした感触の、黄色い塊が残る。これが「グルテン」と呼ばれるタンパク質だ。パスタのタンパク質の大部分はグルテニンとグリアジンという物質だが、それらを練り合わせると、グルテンが形成されるのである。

グルテンについては、その網目状の構造においても、その役割においても、筋繊維をイメージするとわかりやすい。パスタに使われるデュラム小麦のグルテンは網目が太く、よりランダムで複雑にからまっている。普通小麦のグルテンよりも弾性が高いのだ。より伸びにくい硬い筋肉を持っていると言えるかもしれない。

これは実際にデュラム小麦のセモリナで生地を作ってみると体感できる。引っ張ると強い抵抗を感じ、手を離すとすぐに元の状態に戻ろうとする。無理に引っ張ると、それほど伸びずにブチンとちぎれてしまう。筋断裂、いわゆる肉離れのようなものである(実際、肉離れを起こしたとき、体の中からブチン! と音が響いてくるそうだ)。

実は、この特徴が食感に関係している。パスタは例えばうどんなどに較べて、コシがありつつも、プツンプツンと歯切れがいい。うどんとは明らかに異なる食感は、デュラム小麦のグルテンならではの特徴がもたらしているのだ。

さて、このグルテンをゆでることで、パスタのコシについて探っていこう。まずは先の方法で取り出したグルテンを小分けにし、沸騰させた1パーセント程度の食塩水でゆでてみる。

お湯の中でグルテンはふくらむ。グルテンが空気を包み込むことでできた気泡が、熱によって膨張するからだ。しかし、ゆで続けるとグルテンは徐々に硬くなり、伸びにくくなってくる。

食べてみれば、1分ほどゆでたものはクニュクニュとした食感で噛み切りにくい。もう少し長くゆでると、歯ごたえが増す一方、心地よく噛み切ることができるようにもなる。10分ほどゆで続けるとかなり硬くなり、引っ張ってもあまり伸びず、すぐにちぎれる。グルテンはデンプンと違って水をよく吸う。水を吸ったグルテンに熱が加わると、グルテンの中の分子同士の結びつきが強くなって、より強固な弾力が生まれるのだ。

もう少しくわしく説明すると、グルテンを構成するグルテニンはアミノ酸でできているが、アミノ酸には水と結びつきやすい親水性のものと、逆に水とは混ざりにくい疎水性のものがある。分子同士を結びつけやすいのは疎水性のアミノ酸だが、それらは普段は分子の内部に埋もれている。しかし、加熱によって水分子が振動すると、分子の構造が崩れて疎水性アミノ酸が表面に露出し、分子同士が結びついてグルテンが硬くなるのだ。

パスタがゆであがったかどうかを判断するやり方として、鍋からパスタを1本取り出して親指と人差し指でつまんでみる、というのがある。力を入れたときにネチッとつぶれるような感じだと、まだゆでが足りない。力を入れたときにプチッと切れるようになったら、ちょうどよいゆであがりだ。

ゆであがるまでのネチッとつぶれるような感触は、デンプン由来のものだ。それが時間とともにグルテンの弾力が増すことによって、プツンと切れるようになるのである。

パスタの「アルデンテ」と「コシ」は違う

さて、これをふまえて、ゆでたパスタの食感を4つに分けてみる。

1 パスタ表面の食感(パスタを作るときの表面加工技術によって変わる。またパスタ表面のデンプン粒が糊化し、水中へと崩壊する過程でできた薄い糊のようなものを麺がまとうことで、ぬめりのある食感が生まれる)。

2 噛んだときに押し返すような弾力をもちつつも、歯にネッチリと粘りついてくる食感(糊化して水を吸ったデンプン粒の食感。含水率は中心にいくほど減るので、その弾力と粘りも平板な感じではない)。

3 パスタ中心部に残ったポリポリと硬い芯を、歯で折り、噛んでつぶすような食感(含水率40パーセント以下の、糊化していないデンプン粒が生み出すアルデンテの食感)。

4 噛んだときに弾力がありつつも、力を入れるとプツンと切れるような食感(水を吸ったグルテンが加熱で硬くなることで生まれる)。

1から3まではデンプン、4はタンパク質=グルテンがもたらす食感である。1の食感は、麺が唇や舌、口腔内に触れるときは「ツルツル感」とでもいうべきものとなり、また飲み込むときには、「のどごし」となる。ただし、パスタの製法によってこの感触は変わり、また、ゆであげたパスタをそのまま食べない限り、オイルやソースの食感と一体化してしまうので、直接この食感を感じることはない。また、パスタが乾いてしまうとこの食感はベタつきとなり、ゆであげたパスタがくっつく原因にもなる。

そして、すでにこの連載の第2回でくわしく見たように、3の食感がアルデンテだ。

さらに、パスタのみならず、うどんやラーメンなど、小麦で作られた麺全般について、噛んだときに感じられる弾力を「コシ」という言葉で表現することがあるが、このコシにあたるのが、2と4の食感が合わさったものだろう。

アルデンテとコシについては、両者を混同した記述もよく見られるが(私も本書を書くまで、ずいぶんと混同していた)、少なくとも私の本『男のパスタ道』では、このように定義することで区別している。アルデンテとコシは、まったく違う概念なのである。

ゆで汁にどれぐらい塩を入れるか

さて、前回解説したアルデンテについてと、ここまでのコシについての説明をふまえたうえで、今一度パスタのゆで汁に塩をどれぐらい入れるべきか、考えてみよう。

この連載の第1回で紹介した、オールアバウトの私の記事では、食感については、ゆで汁に塩を入れなくても、1パーセント程度の塩水でゆでても、違いは見いだせなかった。さらに、プレジデントオンラインで東京家政大学の長尾慶子教授による「スパゲティをゆでるときは塩なしでOKです」という記事が出て、こちらにも塩が食感に影響しないと書いてあった。

当時、私は、塩はパスタに塩味をつけるためのもので(長尾教授とは違い、味付けの意味でパスタのゆで汁に塩を加えるべきだと考えていた)、食感にはさしたる影響はないと思っていたが、しかし同時に、果たして本当にそうなのか、という疑念を抱えてもいた。

その理由のひとつが、私自身がライターとして関わっていた雑誌「男子食堂」(ベストセラーズ)の「パスタ特集号」(2011年7月号)の記事だった。他のシェフたちがだいたい1%前後の塩水でパスタをゆでているなか、山形の名店・アルケッチァーノの奥田政行シェフだけが、濃い塩水でパスタをゆで、さらに別鍋に沸かしたお湯で洗って塩分を落としてから供する、という手法も採っていたのだ。加えて、イタリア人の知人が作った、塩をたっぷり入れたゆで汁でゆでられたパスタが、実にプリプリとしていたことも頭にひっかかっていた(味はすごくしょっぱかったが)。

それもあって、『男のパスタ道』の執筆を開始した当初から、さまざまな濃度の塩水でパスタをゆでる実験を繰り返していたのだが、そんな折、タイミングよく、パスタのゆで方を取り上げたテレビ番組が放映された。「うまっ!次世代パスタ」と題されたNHK「ためしてガッテン」の2013年10月09日放送分である。この番組はパスタ好きの間でも話題になったので見た方もいるかもしれないが、番組内では、機械でも測定したうえで、真水でゆでたパスタと約0.6パーセントの食塩水でゆでたパスタの歯ごたえにはほとんど差がない、と結論づけていた。この約0.6パーセントの食塩水というのは、日本でメジャーなパスタのパッケージによく書かれている「1リットルの小さじ1杯の塩」を入れたものだ。これは、私の実験や長尾教授の結論とほぼ同じと言えるだろう。

しかし、「ためしてガッテン」では、真水と0.6パーセント食塩水では、パスタに差が出ないとしながらも、アルケッチァーノの奥田シェフのゆで方を引用しつつ、2.5パーセント程度の食塩水でゆでると歯ごたえが非常によくなる、ともしていたのだ。番組では、この方法で歯ごたえがよくなる理由を、濃い食塩水でゆでると糊化が遅くなるからだとしていた。これは、前回紹介した、私の実験結果とも一致する。

しかし、ゆで汁の塩分濃度とグルテンとの関わりの記述はなかった。そこで、冒頭に書いた手法で取り出したグルテンを使って比較してみた結果が以下である。

パスタに突然「コシ」が出てくる、ゆで汁の塩分濃度

デュラム小麦から取り出したグルテンを、同じ重量、そしてほぼ同じ形状に分ける。そして水1リットルに対し、塩0グラム、6グラム、10グラム、15グラム、20グラム、25グラム、30グラム、40グラム、50グラムの9種類の塩分濃度でゆでてみるのである。その結果、塩0グラム=真水と、塩を加えたものを比べると、硬さに違いが感じられたが、6グラムと10グラム、15グラムを比較してもはっきりと区別がつかない。しかしこれが20グラムになると、食感の違いを区別できた。20グラムのほうが歯ごたえがあり、歯切れもよいのだ。

この差は25グラムだとさらに明確で、30グラムではゆであがったグルテンを手で触った時点でもう硬さを感じる。40グラム、50グラムはさらに硬い。
塩分が濃いほど、明らかに弾性が増していくのが感じとれた。

また食感については、真水や、低い塩分濃度のものは噛みすぎたガムのようなクニュクニュした感じだが、徐々にそれがなくなっていく。グッと噛みごたえが増し、歯切れよくプチップチッと噛み切れるようになる。

なぜグルテンは塩分濃度が高くなるとより硬くなるのか。それは食塩水の電解質がグルテニン同士の結合部分を増やすからだと考えられる。グルテニンを構成しているアミノ酸のなかには、荷電しているものがある。したがって、隣接するグルテニンが近づいても、極が同じなら反発しあい、離れてしまう。しかし、食塩水のなかでは、イオンが荷電部分に引き寄せられて電荷を打ち消し、アミノ酸が反発しあうのを防ぐことができる。特にグルテニンにはマイナスに帯電したグルタミン酸が多い。グルタミン酸の負電荷を、食塩水のナトリウムイオンが中和することで、グルテニン同士が反発せずに結合できるようになる。

また、グルテンの網目構造が強くなれば、膨潤してふくらんだデンプン粒をしっかり抱え込むことができるだろう。となれば、水やイオンが入り込んでパンパンに膨らんだデンプン粒も崩壊せずにそのまま保たれる可能性も高くなる。グルテンの弾性が増すことで、デンプン粒の弾性も増すという相乗効果もありそうだ。

なお、これらの比較は火力も一定でない家庭のキッチンでの比較であり、また、家族を動員しての適当な二重盲検法による比較なので、正確ではないだろう。ただ、適当であるがゆえ、誰でも家庭のキッチンで簡単に調べられる。ぜひ読者の方もぜひ検証してみてほしいと思う。自分で体感してみれば、バイアスや迷信から自由な状態で料理を理解する一助となるはずだし、そもそも実験のサンプル数が増えるのはいいことだ。もし私と違う結果が出たら、ぜひとも知らせてほしい。

さて、前回と今回を踏まえたうえでの結論はこうだ。塩を入れれば必ずパスタのコシが強くなるというわけではない。しかし、ゆで汁の塩分濃度が2.0〜2.5パーセントを超えるあたりから、パスタにははっきりと心地よいプリプリとした食感が生まれ、アルデンテの状態も実現しやすくなる。ただし、同時にパスタはかなりしょっぱくなってくる。前回にも書いた「化学的な味」である塩味と「物理的な味」である食感のトレードオフが生じるのだ。

パスタをゆでるとき、塩をどれだけ入れるか? 3つの正解

さて、じゃあ、どんなふうにパスタをゆでるのが正解なのか。『男のパスタ道』のなかでは、水の量、パスタと塩の銘柄を指定し、私なりの明確な答えを事細かに示したが、それはあくまで「アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ」というパスタ料理のためのゆで方であり、また、使用するパスタの特徴との関係を考慮したうえでのもの。そこでここでは、より普遍的な3つの答えを示す。これらは、いわば「化学的な味」と「物理的な味」のトレードオフの落としどころである。

1. 水1リットルに対し、塩25〜30グラムを入れてゆでる。

「化学的な味」としては、かなりしょっぱいが、パスタには弾力があり、食感は素晴らしい。例えば暑い夏、汗をたっぷり書いた後、ペペロンチーノを作って、白ワインをがぶ飲みしながら食べるのであれば、最高のゆで方だろう。塩の量が40グラムになるとさすがにしょっぱすぎて、食べるのに苦労する。

2.アルケッチャーノの奥田シェフのように別鍋に真水を沸かしておき、水1リットルに対し、塩25〜30gを入れてゆでる。ゆであがったら、沸騰した真水でパスタを洗う。

これはプリプリの食感を残したまま、塩味を薄くする手法。「化学的な味」と「物理的な味」のぶつかり合いを見事に止揚する。当然ガス代などがよけいにかかり、手間も増える。はっきり言えば面倒くさい。そこで、例えば、来客時、食べ手に絶対おいしいと言わせたいときになど、ハレの舞台で活用するのがいいと思われる。

3.水1リットルに対して、塩8〜10グラムを入れてゆでる。

1のゆで方とは対照的に、こちらは「物理的な味」の向上を捨て、「化学的な味」のほどよさを選んだゆで方。もともとコシの強いパスタ銘柄を選べば、食感についてもフォローできる。

また、このゆで方の利点は、ゆで汁を味付けに使う場合に最適な塩分濃度になっていることだ。イタリア料理店の多くがこの濃度でパスタをゆでているのは、ゆで汁を料理の味付けに使う機会が多いからではないかと思っている。尚、よくパスタのパッケージに書かれている水1リットルに対して小さじ1(約6グラム)では、味は薄すぎる。

以上が私の結論だが、「化学的な味」と「物理的な味」のトレードオフの関係を理解すれば、もしかしたら別の落としどころも見いだせるかもしれない。「他にもっといいゆで方があるよ」という方がいたらぜひ教えていただきたい。

なお、連載第1回で書いたように、パスタのゆで方については、さまざまな言説がネット上に氾濫している。

「沸騰するのに時間がかかるから、塩は水が沸騰してから入れろ」

「塩は岩塩を使え」

「塩を入れると沸点が上がってコシが出る」

「塩水でゆでると塩析という現象でパスタのタンパク質が固まる」

「パスタに塩を入れないでゆでると浸透圧の関係でソースが水っぽくなる」

さて、これはすべて正しいのか?

明日、連載第4回で、お答えしたい。

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土屋敦(つちや・あつし) 料理研究家、ライター。1969年東京都生まれ。慶應大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集ののち寿退社。京都での主夫生活を経て中米各国に滞在、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡島で半農生活を送りつつ、情報サイト・オールアバウトの「男の料理」ガイドを務め、雑誌等の書評執筆開始。現在は山梨の仕事場で畑仕事をしながら執筆活動を行う他、書評サイトHONZの編集長。自称「書斎派パスタ求道者」。著書に『なんたって、豚の角煮』(だいわ文庫)他。近著『男のパスタ道』(日経プレミアシリーズ)が革命的(あるいは偏執的)レシピ本として各メディアで評判に
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